書き下ろしSS

飾りの皇妃? なにそれ天職です! 2

「皇妃様は旦那様の観察日記をつけたい」

 私の旦那様の生態は、結構謎だ。
「ねぇねぇリュカオン、学園に通う子達は長期休みの宿題として自由研究をするらしいよ」
「ほう、シャノンも学園に通いたいという話か?」
「いいえ違います」
 フルフルと首を横に二振り。
「違うのか」
 では何の話なのだ? とリュカオンが視線で促してくる。
「フィズの生態って結構謎だと思わない?」
「そうだな。人間の中でも読めない方だとは思うぞ」
「でしょ? そこで! シャノンちゃんは考えました! フィズの観察日記をつけようと!」
「……」
 素晴らしいアイデアを宣言したけれど、返ってきたのは無言の半眼のみだ。
 予想してたリアクションじゃないな……。
「反応悪いねリュカオン」
「逆に皇帝の観察日記に我が興味を持つと思ったか?」
「いつの間にかフィズと仲良くなってたし、もしかしたらあるかなって」
「仲が良くなったら観察日記を書きたくなるわけではないだろう」
「それはごもっとも」
 私はリュカオンの観察日記なら毎日でも書けそうだけどね。ただ、うちの使用人達の観察日記をつけたいかと問われれば否寄りなのでリュカオンの気持ちも理解できる。
「この前ノクスの尾行をしたでしょう? だから尾行のノウハウはバッチリだよ!」
「あの杜撰な張り込みで自信を持ったのか。そして尾行する気なのか……」
「密着だよ!」
 シャノンちゃんはやる気満々なのです。
 フィズの観察日記用のノートも新品の一冊を用意したよ。
 リュカオンの眼前にズイッとノートを見せつけた。その表紙には『フィズレスト観察日記』と書いてある。フィズとしか呼ばないから忘れがちだけど、本名はフィズレストなんだよね。
「……期間はどのくらいなのだ」
「あんまり長くても迷惑をかけちゃうので、密着は一日だけにしておこうと思います」
「シャノンの良識あるところ、我は好きだぞ」
「私もリュカオン大好き」
 もさっとした首にギュッと抱きつく。
 今から観察を始めるには時間が中途半端なので、決行は明日にする。

 そして翌朝。
「シャノンシャノン、皇帝が起きたようだぞ」
 リュカオンに体を揺すられて目が覚める。そして時計を見てギョッとした。
「え、まだ五時台だよ……?」
「奴は日の出と共に目覚めるようだな」
「そんな野生動物みたいな……」
 確かに野生動物的な勘の持ち主ではあるけど。
 なにはともあれ、寝起きのいいシャノンちゃんは急いで着替え、皇城へと向かった。

「――リュカオン、フィズはまだ部屋にいる?」
「いや、部屋を出たようだな……」
 どうしてリュカオンがフィズの動向を把握しているのかは分からないけど、何かしらの魔法を使ってるんだろう。
 というか、私の尾行能力を披露しようと思ってたんだけど気づいたらリュカオンに頼りっぱなしだね……? まあ、リュカオンと私は一心同体だから実質私の能力みたいなものか。
「……む、皇城の屋根に移動したようだな」
「なんて?」
 フィズさん、なんでそんなところにいるんですか?
「行くか?」
「う、うん」
 朝から私の旦那様は何をしているんでしょうか。
 とりあえず、リュカオンの背中に乗って私も屋根に上った。そして物陰から様子を窺い見ると、シャツとスラックスだけというラフな格好のフィズが伸びをしているところだった。早朝の清々しい空気の中でするストレッチはとても気持ち良さそうだ。
 私もやってみようかな……。
 そう思ってリュカオンから手を離そうとした瞬間、「危ないから大人しくしていろ」という声が飛んできた。
 リュカオンの危険察知能力が抜群すぎる……。
 大人しく頼りになる狼さんにしがみつき直す。すると、フィズのストレッチが終わったようだ。
 一つ深呼吸をしたフィズは、トンッと屋根を蹴って宙に飛び出した――
 ――かと思えば、お城の壁を走ってどこかへ消えていく。
「……あれは、なに……?」
「朝のランニングじゃないか?」
「らんにんぐ……」
 私が知ってるのと違う……。
 多分魔法なしで壁走ってたんですけど……まあフィズだしな。
「……シャノン追うか?」
「今はやめておこっか」
「だな」
 とても追いつける気がしないもん。というかもう姿が見えないし。
 あ、そうだ、日記に記録をつけなきゃ。『朝は日の出と共に起き、屋根の上でストレッチの後、日課の壁ランニング』っと。
 後世の人が見たら困惑しそうな内容だけど、事実なんだから仕方ない。
 
 皇城の食堂脇で待ち伏せをしていると、汗一つかいていないフィズが現れた。
 朝食はがっつり食べる派のようだ。とてもきれいな所作だけど、みるみるうちに食べ物が吸い込まれていく。
 あの細い体のどこに入るんだろう……。
 フィズのお皿が空になる頃、私はノートを取り出し、サラサラとペンを走らせる。『意外と健啖家』っと。
 朝食を終えると、フィズは食堂を出てどこかに移動し始める。多分執務室に行くんだろう。
 気づかれないよう、廊下を歩くフィズの後ろとテコテコとついていく私。すると、リュカオンが何やら動いているのが視界の端に入った。
「リュカオン何してるの?」
「ん? なんでもないぞ」
「そう? じゃあ行こっか」
「ああ」

 それから、私達はお仕事をするフィズを観察した。
 ……ただ、フィズがビックリするほど執務室から移動しない。昼食すら、この部屋で書類片手に取る始末だ。
 移動しないのはまだ分かるけど、休憩……しないの……?
 私なんて庭を歩くだけでも休憩を挟むレベルなのに、フィズってば仕事を始めてから今まで一度も休んでないよ? もうすぐ夕方になるっていうのに。
 ただ幸いなのは、フィズに全く疲れた様子が見えないことだろう。むしろ余裕そうで、鼻唄なんか歌いながら猛スピードで書類を捌いていく。すごい体力だ。
「シャノン様、紅茶をどうぞ」
「あ、ありがとうアダム」
 フィズの側近であるアダムから紅茶を受け取る。
 私の尾行は部屋を出入りするアダムには早々にバレてしまった。だけど、アダムはフィズに報告するどころか嬉々として協力してくれたのだ。
 執務室に繋がっているこの部屋に通してくれたのもアダムだし、今座っている椅子を持ってきてくれたのもアダムだ。
 こんな優雅な尾行があっていいのかな。
 それから約二時間後、ようやくフィズの仕事が終わったようだ。
 執務椅子で伸びをしたフィズが歩いてこちらにやってくる。
 え、出口はこっちの扉じゃ――
「ひーめ、今日はどんなかわいいことやってたの?」
 私がここにいることに全く驚いた様子がないフィズを見て、私も察した。
 ……ずっと、気づいてたんですね……。
 すると、フィズの後ろからクスクスと笑いながらアダムが歩いてきた。
「アダム、フィズに報告してたの?」
「まさか。そんな無粋なことしませんって。そもそも、シャノン様の尾行に、この恐ろしいほど勘の鋭い男が気づかないはずありませんって。シャノン様の気配がするってんで、今日の陛下は朝から上機嫌だったんですよ?」
 朝から気づかれてたんだ……。
「まあ、上機嫌だったのは陛下だけじゃないですけど。城の奴らも、今日はかわいいシャノン様のお姿を拝見できたって大はしゃぎでしたよ」
「え? でも誰にも声かけられなかったよ?」
 私の隠密行動は気づかれてないんじゃ……。
 すると、フィズがクスリと笑って言った。
「神獣様が声をかけないように周囲を牽制してたからね」
 リュカオンそんなことしてたんだ。いつの間に……。
「それで気づかないフリをしてくれてたんだ。みんなに迷惑かけちゃったね」
「いえいえ、皇妃様がおかわいらしいことをしていると、皇城の者は皆微笑ましげにしていましたよ」
 アダムがフォローをしてくれる。
「俺の生態なんて、聞いてくれればいくらでも教えてあげるのに」
「それじゃあなんか味気ないかなって」
「そういうもんか。じゃあ、この後軽くランニングに行こうと思うんだけど、姫と神獣様も一緒に行く?」
 フィズからのお誘いだ。
 もちろん、私達の答えは決まっている――
「「遠慮しておく」」
 目にもとまらぬスピードで壁を走るのは、私の辞書の中ではランニングとは言わないからね。
 今日の学びを活かし、私達は謹んで同行を辞退したのだった。

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