書き下ろしSS
没落令嬢のお気に召すまま ~婚約破棄されたので宝石鑑定士として独立します~ 2
『カフェのケーキについて』
今日はレックスさんとアトリエで仕事の打ち合わせをしたあとカフェに誘われたので、以前から気になっていた王都西側にある喫茶店へと足を伸ばした。
新型のスフェーン式懐中時計をポケットから出して時間を確認すると、ちょうど午後三時だった。
『お腹がすいたよ〜』
反対側のポケットから水晶精霊のクリスタが顔を覗かせて、上目遣いをしてくる。
私はこっそりとうなずくと、隣を歩いているレックスさんへ視線を移した。
「パンプキンチーズケーキが有名なお店だそうですね」
輝くような黄金の金髪とサファイアブルーの碧眼を持つレックスさんは、粛々と懐中時計の蓋を開けて、自身も時間を確認した。
「午後三時か。甘味を取るにはいい時間だ」
無表情で一見不機嫌そうだけれど、ケーキの注文にどうやら付き合ってくれるようだ。心根が優しい男性だといつも思う。
ヘリンボーン柄で統一された木製の外壁がオシャレなカフェに入り、ブレンドコーヒーとパンプキンチーズケーキを二つ注文する。
レックスさんは王都でも右に出る者のいないくらいの美形なので、店内でも目立っている。特に女性からの視線が熱い。ついでに私にも品定めされるような視線が送られるのが常だ。
これについてはまったく気にしないようにしている。
私がどう逆立ちをしても彼と釣り合うとは思えないし、私はひどい婚約破棄をされたので一生独身と心に決めている。よって、私とレックスさんは男女の関係になることは未来永劫ない。そう考えると気楽なものだ。
『美味しい〜!』
クリスタが勝手にパンプキンチーズケーキを食べ始めたので、私も急いでフォークを手に取り、あたかも私がケーキを食べているように見せる。
そうしないと、他人には見えず認識もされないクリスタがケーキを食べることによって、私の眼前にあるケーキが独りでに消えているように見えるからだ。
「美味しいです」
クリスタに食べる速度を落としてと目で訴えながら、ケーキを一口運ぶ。
ものの数十秒でケーキが消えてしまった。
テーブルを挟んで前に座っているレックスさんはまだ一口も食べていない。
『これは絶品だよ! もう一個食べよう!』
キラキラとした瞳でクリスタに見られると、ノーと言えないのがつらいところだ。
そして、食い意地の張った取引相手だと思われるのも痛いところだ。
レックスさんが無表情にコーヒーを一口飲み、空になった私の皿をちらりと見る。
すると彼は黙って自分と私の皿を入れ替えて店員さんを呼び、
「パンプキンチーズケーキをおかわり」
と言った。
「頭脳労働には糖分が有効らしい。鑑定士の仕事は集中力を要するからな」
「……申し訳ありません。小腹が空いていたもので」
彼のフォローはありがたいが、やはりちょっと恥ずかしい。
『金髪はいいやつだねぇ〜』
ケーキのおかわりをもらったクリスタは嬉しそうだ。
次回からお出かけする際はクリスタのおやつを持ってこようと心に誓った瞬間だった。