書き下ろしSS

騎士団長様がキュートな乙女系カフェに毎朝コーヒーを飲みに来ます。……平凡な私を溺愛しているからって、本気ですか? 1

リティリアのおもてなし


 本日カフェ・フローラは定休日。
 いつもならアパートの一室でレシピを考案してみたり、クマのぬいぐるみを抱きしめたり、マルシェに出掛けたりとのんびり過ごしているけれど、今日はいつもお世話になっている三人をおもてなしすることにした。

 気合いを入れて店内に入るとすでにこの日のためのテーマが完成していた。
 おもてなししたい相手であるオーナーに魔法を掛けてもらうのは申し訳なかったけれど……。
「なんて幻想的なのかしら」
 店内はまるで暁の空みたいな淡い紫に染め上げられ、割れることのないシャボン玉がふわふわと浮かんでいる。
 意思を持っているかのようにたまに近くまで飛んでくるシャボン玉をのぞき込む。
 そこにはあの日の銀色の薔薇、思い出のドングリ山、二人で見上げた星空、そっと頭にのせられた花冠が閉じ込められていた。
 ――すべてが騎士団長様との思い出の品と景色だと気がついて頬を染める。
 本日のテーマは『あの日見た景色とシャボン玉』だ。のぞき込んだときに見える景色は人によって違うらしい。
 そして今日の私は髪を下ろしてモブキャップを被っている。リボンとハートとフリルいっぱいのワンピースにやっぱりフリルいっぱいのエプロン。
 テーマによって変わる制服には毎回感動しているけれど、今回は見た瞬間『なんて素敵なの!』と叫びたくなるくらいだった。

 着替えをしているうちに、もう全員が揃ったようだ。大切な人たちが待つ席へと向かう。
 いつもだったら店内の目立たない席に座っている騎士団長様も、今日は真ん中のテーブル席に座っている。その姿は騎士の白い正装だ。
騎士団長様にはきらびやかな装飾の王立騎士団の正装が、誂えたかのようによく似合う。
あまりの格好良さに一時見惚れて、続いて騎士団長様の隣に座っているオーナーに視線を移す。
暮れかけてまだ少し明るさを残す空のような紺色の髪、そして一番星みたいに輝く金色の瞳をしたオーナーは、珍しく王立魔術師団の正装を身につけている。
 二人の周囲だけ光り輝いていて別世界のようだ。その横をフワフワと通り抜けていくシャボン玉、どこから紛れ込んだのかそれを楽しそうに追いかける妖精たち。
 そしてもう一人。私と同じ暁の空を切り取ったような淡い紫の瞳をしたエルディス。彼は私の可愛い弟だ。
 魔鉱石の商談のため王都に訪れている弟は胸元にとっておきの魔石の飾りを身につけている。
「本日はご来店いただきありがとうございます」
 見知った顔ぶれのはずなのに、三人揃って座っている姿があまりに麗しいものだから少しだけ声がうわずってしまった。
「本日はおまかせコースでよろしいですか?」
「……楽しみにしている」
 騎士団長様がそう口にして微笑んだ。職務中は厳しくてときに鬼騎士団長なんて呼ばれているらしい。
 でもきっとそれは王都の平和に真面目に取り組みすぎた結果なのだろう……。だって私の知っている騎士団長様はとても可愛らしいのだから。
 そんなことを思いながらバックヤードに戻り、今日の飲み物とデザートを用意してトレーにのせる。

 席に戻ると三人は何やら真剣な面持ちでテーブルを囲んでいた。
「次はエルディスの番だ」
 オーナーが机の上の何かを指し示した。
「これほど密度が高いのに、これ以上どうやって魔力を注げば……」
 エルディスの困惑した声。おそらく無理難題を押し付けられたに違いない。
「この部分にはまだ余裕がある」
「確かに……! さすがヴィランド卿」
 騎士団長様の指示を受けてエルディスが掴んだのは、通常の三倍くらいある魔鉱石だ。
 淡い紫色の魔力がエルディスの手からあふれた。その光が大きな魔鉱石に吸い込まれていく。
 けれど次の瞬間、バキンッと音を立てて魔鉱石が三つに割れた。
「不純物が混ざっていた部分か……」
 オーナーが興味深げに欠片の一つ、といっても通常よりかなり大ぶりな魔鉱石を指先でつまみ上げる。
 魔鉱石は淡い紫色に染まっているけれど、時々淡く金や銀に発光している。
 恐ろしいほど価値が高い代物ができてしまったことが私ですらわかる。
 粉々になった破片を妖精たちが嬉しそうに拾い上げ、ご機嫌でトレーの上でグルグル飛び回る。
 まるで金色の粉雪みたいに貴重な妖精の粉が舞い散った。氷結ベリーを使った紫色のクマのパフェはキラキラ輝いて金箔をのせたようだ。
「こちら新作の氷結ベリーのクマさんパフェと本日のコーヒーです」
「これは人気が出そうだ」
「ふむ……可愛らしいな」
「わあ! 久しぶりに姉さんの作るデザートが食べられる!」
 三人がそれぞれの感想を口にする。喜んでもらえたようで良かった。
「ところでもう一つあるようだけど?」
「ええ、実はクマさんパフェの案は魔女様から頂いたのでお礼に持っていくんです」
「そう、それなら対価は釣り合うか」
 オーナーが少しだけ心配そうに私を見つめる。
 三人をもてなしたいと新しいデザートに頭を悩ます私にアイデアを貸してくれた魔女様も対価は釣り合うと言っていた。だから大丈夫に違いない。

 バックヤードの裏口の横にできた魔女様の家に繋がる赤い扉を開く。
「待っていたわ」
 魔女様はいつもよりけだるそうだ。
 体調でも悪いのだろうか。魔女様はこの場所にいつも一人でいるのだから倒れてしまったら大変だ。
 体調を気遣う言葉を口にしようとしたとき、魔女様が笑みを浮かべ口を開く。
「ふふ、リティリア……困るわ」
「え?」
「対価でお返しできない類いの気遣いは魔女相手には不要なの」
「……魔女様」
 ほんの少し切なさで痛くなった胸の奥。
 けれど魔女様を困らせたくはないから、黙ったままコーヒーと氷結ベリーのクマさんパフェを魔女様の前にある小さなテーブルにのせる。
「可愛らしいこと」
 魔女様は嬉しそうにクマの形のシャーベットを一口食べ、あからさまに眉根を寄せた。
「……っ、何か問題がありましたか!?」
 もしや氷結ベリーの種でも入っていたのだろうか。
 心配しながら見つめていると魔女様が小さくため息をついた。
「……妖精の粉がかかっているわ、それに王国でも五本の指に入る三人の魔力まで含まれている」
「え?」
「これでは対価が釣り合わないわね。実は魔力を使いすぎてしまっていたの……でもこのパフェを食べたら完全に回復したわ」
 まさかクマさんパフェにそんな効果が付与されているなんて、いったい誰が想像するだろう。
「少し待っていて」
 魔女様はそう言うと赤い屋根の小さな家へと消える。
 そしてほどなく籠に山盛りの氷結ベリーを抱えて戻ってきた。
「これで対価が釣り合うと良いのだけれど。さあ受け取って」
 渡された籠はものすごく重かった。氷結ベリーはとても貴重だから貰いすぎだと思ったのに、魔女様の表情は浮かない。
「……少し、ほんの少し足りないわ」
「ほんの少し……? それなら感想をいただければそれで十分です」
「そうね、それが対価になるかはともかく、いくら魔女でも美味しいものを作ってくれた相手にはお礼が必要ね。……とても可愛らしくて美味しかったわ。今度は他のフルーツのパフェも食べてみたい……あら不思議ね、対価が釣り合ったようだわ」
 魔女様の感想はとても嬉しかった。私は思わず笑顔を浮かべ、ぺこんっとお辞儀をした。
「またお届けしますね!」
「ええ、待っているわ」
 赤い扉を開き中に入れば、そこは見慣れたカフェ・フローラのバックヤードだ。
 そのままテーブル席に向かうとなぜか騎士団長様しかいなかった。
「あれ? オーナーとエルディスは」
「ああ……あとは俺たち二人で楽しむようにと」
 テーブルの上は片付けられて、二人分のカフェラテが湯気を立てている。
「隣に座ってくれないか」
「はい!」
 ふわふわとたくさんのシャボン玉が飛んでくる。
 騎士団長様にはシャボン玉の中に何が見えるのだろうか。私は聞いてみることにした。
「アーサー様、シャボン玉の中に何が見えますか?」
「――銀色の薔薇、レトリック男爵領の山、屋敷のテラスから見上げた星空、花冠」
「わ! 私が見たものとまったく同じです!!」
 私の言葉に騎士団長様は幸せそうに微笑み、そして再び口を開く。
「……それから、恥ずかしがったり、笑ったり、感動して目を潤ませているリティリアの姿」
「私の姿……ですか?」
「だが、本物の君には敵わないな」
 赤くなった私の頬に優しい口づけが落ちてくる。
 そのあと私たちは二人の思い出話に花を咲かせて、幸せな時間を過ごしたのだった。

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