書き下ろしSS
鬼騎士団長様がキュートな乙女系カフェに毎朝コーヒーを飲みに来ます。……平凡な私を溺愛しているからって、本気ですか? 2
真珠と熱帯魚
魔法が作り出すパステルカラーの幻想的なアイテムと内装。
フリルやリボンがたっぷりとあしらわれた制服。
そんな乙女の夢を詰め込んだ夢空間、それがカフェ・フローラだ。
――本日のテーマは『真珠と熱帯魚』。
海のように青く染まったお店の中をユラユラ泳いでいるのは、キラキラ輝くパールピンクやブルーの鱗をもつ熱帯魚だ。
熱帯魚と一緒に働く店員の制服にはピンクや水色の真珠と大きなリボンがあしらわれている。歩く度に半透明の布を使ったリボンが熱帯魚のひれのようにヒラヒラと揺れて、海の中を優雅に泳いでいるようにも見える。
そんな可愛らしく幻想的なカフェ・フローラで働くちょっと平凡な店員――それが私、リティリア・レトリックだ。
* * *
「わ、わわっ! リティリア、避けてくれ!」
「えっ、オーナー!?」
魔法を使えば叶えられないことなどない、王国の筆頭魔術師シルヴァ様。この店のオーナーである彼は、魔法を使わないと少々おっちょこちょいだ。
シルヴァ様が躓いて、トレーにのせていたコーヒーカップが私に向かって飛んでくる。
私を助けようとしたクマのぬいぐるみたちが足の周りに集まってしまい、逆に身動きがとれなくなってしまった。
――頭からコーヒーを被るのを覚悟したそのとき、私の肩越しに手が伸ばされた。
その手は器用にカップの持ち手を掴み、コーヒーは一滴もこぼれることがなかった。
「――ヴィランド卿」
オーナーがホッとした様子でその名を呼ぶ。
「アーサー様?」
振り返ると、そこには騎士団長様がいた。
勤務中なのだろう、前髪を上げた姿があまりに凜々しくて思わず見惚れてしまう。
「ありがとうございます」
「それにしても、店に来た途端リティリアがコーヒーを被りそうになっているとは……やけどはしていないか?」
「おかげさまでこの通り大丈夫です」
「良かった」
「すまない、俺がカップをひっくり返してしまって……」
「そんなミスをするなど、シルヴァ殿はやはり具合が悪いのか?」
「いや……魔法を使わずに何かをすることにまだ慣れなくて」
オーナーが口ごもった。事実、オーナーは魔法を使わないとかなり不器用なのだ。
今月に入ってからも、すでにカップを何個も割ってしまっている。
……それでいて魔道具や魔法陣は器用に作ることができるのだから不思議なことだ。
「それにしても助かったよ」
「お安い御用だ。ところで、陛下からの伝達があるのだが」
「陛下から……もしや緊急事態か?」
「いや、王城にシルヴァ殿が過ごす部屋が出来上がったので、二人揃って来てほしいと」
「なるほど……だが、部屋が用意されたとしてもヴィランド卿から離れることができないし、基本的にはこの店の外では魔法が使えない。お役に立てるかどうか」
「陛下はすでにそのことを十分理解されている。その上で貴殿を呼び出したのだ、お考えがあるのだろう」
……お店に訪れたときの陛下の態度を見ていると、オーナーがそばにいてくれるだけで満足なのではないかしら。
口にはしないけれど、そんなことを思う。
それに時空魔法の力で大陸全土を飛び回っていたオーナーは、とても博識で魔術に関する知識だって右に出るものがいない。
オーナーは子ども姿だとしても得がたい人材に違いない。
「……では、準備をしてくるから少し待っていてくれ」
「承知した」
オーナーはいったん二階に上がった。おそらく魔法を使ったのだろう。天井から下がっていたピンクと水色のパールを使ったシャンデリアが消える。
しばらくして、オーナーは子ども姿に変身して降りてきた。
膝が隠れる半ズボンにシャツとチョッキを着ているオーナーは、とても可愛らしい。
「シルヴァ殿、その姿は?」
「今日はフェイセズがいないから、店を出た瞬間に子どもになってしまう。あらかじめこの姿になっておかないと着る物に困るじゃないか」
「なるほど。しかし、可愛らしいことだ」
「……ヴィランド卿は、案外子ども好きだよね」
「嫌いではないが、関わったことがほとんどないから好きかどうかはわからないな」
そう言いながら、アーサー様はオーナーのことをヒョイッと抱き上げた。
「いや、自分で歩けるけど」
「先ほどの様子を見ていてもやはり体調が心配だ。遠慮することはない」
「……うう、邪気のない笑顔でそんなことを言われると断りづらい」
「リティリア、ではいってくる」
「いってらっしゃいませ」
――見た目の年齢差があるから、二人はまるで年の離れた兄弟……もしかしたら親子に見えるかもしれない。面倒見が良い騎士団長様はきっと良い父親になるだろう。
そんなことを思いながら、私は出掛けていく二人を見送ったのだった。