書き下ろしSS
悪役令嬢の矜持3 〜深淵の虚ろより、遥か未来の安寧を。〜
四人のお茶会
「お茶にしましょう!」
ウェルミィの提案に、ヘーゼルが眉根を寄せた。
「そんなサボってるところ侍女長代理に見つかったら、怒られるわよ」
「あら、だって仕事終わったじゃない」
オルミラージュ本邸で『ミィ』として下働きをしているウェルミィは、最近は下働きの他二人、『アロイ』と名乗るお義姉様とミザリと協力して、四人で与えられている仕事を全て片付けている。
お陰で、割とスムーズに終わるのだ。
「自分の仕事が終わったら、別の仕事があるでしょう。どうせ押し付けられるのよ」
「それ、他の人の仕事でしょう? わざわざ貰いに行かなくて良いじゃない」
彼女はぶつくさ言いながらも働き者である。
与えられた仕事が終わった後でもヘーゼルが仕事するのなら、別の人間の手が空くだけだ。
「誰が休憩するかが変わるだけよ。本邸のスケジュールはきっちり回るように、御当主様は十分な人数を雇い入れてるんだから」
そう告げると、ヘーゼルは不思議そうな顔をした。
「え?」
「当たり前じゃない。貴女に仕事押し付けてる相手は、ただそいつがサボってるだけよ。仕事したいなら止めないけど、別にやらなくたって良いのよ」
自分の将来の為に、ウェルミィはきちんとチェックしている。
その人が過剰な仕事を押し付けられているのならともかく……押し付ける相手がいるからといって必要最低限の手も動かさないような人間は、評価を下げられて当然なのだ。
後々、きちんと評価に見合った給金にする予定である。
「さ、行くわよ! 薬草畑のイングレイお爺さんが、良い薬草茶をくれたのよ!」
※※※
……というやり取りをしたのが、つい数ヶ月前のこと。
「そんなに緊張することある?」
今目の前に座っている女主人、ウェルミィの呆れたような
そう、『お義姉様が王宮に戻る前に、お茶をしましょう!』と言われて、庭のテーブルを囲んでいる面々は変わっていない。
ミィ、アロイ、ヘーゼル、そして元・グリンデル伯爵家の義理の妹、ミザリである。
ただ場所は、希少な花ばかりが咲く特別な温室で、目の前にいるのは、正体を知った御当主様の婚約者と王太子殿下の婚約者である。
顔触れが変わらなくても、お互いの立場と居る場所が全然違うのだ。
「ミィ、今日のお茶も美味しいねぇ〜」
「そうでしょう?」
緊張感とは無縁のミザリはいつも通りニコニコとしており、その無神経さが今は心底羨ましい。
すると今度は、アロイ……イオーラが話しかけてきた。
「ヘーゼル。立場が違っても、別にわたくし達は何も変わらないわ。貴女が気になるなら、薬草畑の箱テーブルで立ち飲みでも良いわよ」
「未来の王太子妃殿下に、そんなことさせられる訳ないでしょう!?」
いつものように突っ込んでから、慌てて口に手を当てるが、イオーラはふふ、と笑うだけだった。
「そういう貴女が良いわ。こういう機会はあまりなくなるでしょうし、楽しく過ごしたいのよ」
いつも通りに優しい笑顔の彼女は、優雅に手元の茶菓子を摘むと、そっと口にする。
「そうよ。別にエイデスもいないし、気にせずにお菓子でも食べたら? 美味しいわよ!」
言われて、ヘーゼルは諦めて開き直る。
確かに、高級なお茶菓子を口にする機会なんてそうそうないのは事実だ。
マドレーヌというらしいお菓子を半分くらい一気に口に含むと、とんでもない甘さが口に広がる。
―――甘ッ!?
砂糖を使ったお菓子なんて久しぶり過ぎて、慌ててヘーゼルはお茶を口に含む。
サッパリして少し苦いそれは、マドレーヌの甘ったるさにちょうど良かった。
「フィナンシェよりも甘いんだから、そんな一気に食べたらそうなるに決まってるじゃない」
「先に言いなさいよ!」
「貴女がどのくらい食べるかなんて、私が知ってる訳ないでしょう」
どうやら全部見ていたらしいウェルミィと言い合いをしていると、ミザリが口を挟んでくる。
「え〜? ミザリは大丈夫だったよ〜?」
「アンタは甘過ぎるとか分からないだけでしょ!?」
「えー? そうかなぁ、アロイ」
ミザリの問いかけに、イオーラは首を傾げた。
「それはどうか分からないけれど、誰も取らないから、ミザリも落ち着いて食べたらどうかしら」
「アロイが言うなら、そうする〜!」
特に何もない……いや、ヘーゼルからすると全然何もなくないが……本当に、ただのお茶会。
そんな平和で、特に何もなく話すだけの機会が、貴重で幸せなものだったとヘーゼルが気づくのは、もう少し先のこと。
本格的に覚えることや、やらなければいけないことが押しかけてきて、息つく暇もなくなってしまった時のことだった。