書き下ろしSS

女の姉ですが、妹のための特殊魔石や特殊薬草の採取をやめたら、隣国の魔術師様の元で幸せになりました! 2

からかってはいけない人

 師匠はエルフなのだけれど人間の生活に馴染んでいる。
 昔は、エルフとは人間とは基本的に交わらないのだなんてことを語っていたと思うのだけれど、考え方が変わったのだろうか。
 ただ、やはり寝る場所は森の中の方がいいのか、王城管轄の王城裏の森を拠点地にして生活している。
 そしてふらりと魔術塔に来ては、私達が仕事をしているのを横目に窓辺のお日様がたくさん当たる位置で鳥ちゃんと共に日向ぼっこをしながらお茶を飲んでおり、なんともほのぼのとした光景である。
 鬼のような形相で私に山や谷を乗り越えろと言っていた人と同一人物だとは思えない。
「はぁ。お前とこうやって茶を飲むのも、久しぶりだなぁ」
「ふわぁ。そうらったかな?」
 鳥ちゃんが欠伸をして目をこすりながらそう呟くと、眠たくなったのか、私の頭の上へ鳥の姿に戻って飛んでくると、そこでうとうととし始めた。
「シェリーの頭が寝床とはな」
「鳥ちゃん。可愛いけれど、お家のクッションの方がよく眠れると思うよ?」
「ぴよぴよ」
 鳥ちゃんは仕方ないとばかりに自分のお家まで飛んでいくと、ふわふわのクッションの上でうとうとと眠り始めた。
 可愛らしいレースの付いたクッションは、先日ミゲルさんがこっそりと購入して鳥ちゃんに貢いでいた。
 最近魔術塔のみんなが同じように鳥ちゃんに貢いでいるのを私は知っている。
 生地も良い品物で、きっと寝心地も最高だろうなと思っていると、師匠が大きく背伸びをしてから、何を思ったのか突然呟いた。
「こうしていても体がなまるな。小童。手合わせしないか?」
 仕事の書類を確認していたアスラン様は顔をあげると、ちらりと時計を見た。
 ちょうど昼の鐘がゴーンゴーンと鳴り響き、アスラン様はうなずいた。
「休憩の時間であれば。ちょうど私も机仕事に疲れてきたところなので体を動かしたかったのだ」
「鍛えてやろう」
「ご教授願おう」
 二人は笑顔でそう会話をすると、私へと視線を移す。
「シェリー、昼食はそれからでもいいだろうか?」
「昼食はその後でもいいか?」
 二人の言葉が重なり合い、話を振られた私は笑った。
「もちろんです。でも、終わったらぜひ私も一戦お願いします」
 その言葉に師匠が少し考えると、ふむとうなずいて言った。
「では、二対一でかまわん」
 私とアスラン様は顔を見合わせて笑顔で師匠に告げた。
「ははは。さすがはロジェルダ殿。自信がおありだな」
「ふふふ。師匠ってば、余裕ですねぇ」
 師匠は肩をすくめると、すまし顔で告げた。
「いつ私を超えていくか。楽しみだな」
 余裕のある言葉に、私は絶対に一撃入れてみせると思い、訓練場へ向かったのであった。
 昼休憩の時間には、自主練習を行う騎士の姿も見受けられる。
 そんな中、私達は師匠と向かい合う。
 すると、すぐに人だかりができ始めた。
「ロジェルダ・アッカーマン殿と、魔術長アスラン殿と採取者シェリー殿で鍛錬するらしいぞ!」
「やった! 見たかったんだ!」
 私達は最近よく手合わせをすることがあり、こうした人だかりにも慣れているが、やはり見世物になるのは何となくいい気分がしない。
 そう思っていると、アスラン様が小さく呟いた。
「専用の訓練場を作るか」
「え? ですが、魔術塔の裏側にも訓練場はありますが」
「あそこは、狭いだろう? もう少し広げようかと思ってな」
 確かに、師匠と手合わせするとなると、この訓練場ほどの広さは欲しいところだ。
 すると師匠が笑い声をあげる。
「はっはっは! 訓練するならば森の中ですればいい。別にこんな場所じゃなくてもいいだろう?」
 確かにそれはそうなのだけれど。
 森での戦闘となると、師匠は数倍に有利になるのだ。
 最近になってやっと、二対一でも同格程度に戦えるようになってきた。だけれど、師匠という壁は想像以上に大きくて、未だに勝利できたことがない。
「とにかく、十分を一戦として戦い、それから昼食へ向かおう」
「勝利条件は、私に一本でも入れられたら、そちらの勝ちにするか。小童、シェリー。励めよ」
「師匠。今日こそは勝たせてもらいますよ!」
「シェリー。さぁ、行こうか」
 私達と師匠は向かい合い、戦い始める。
 師匠は腰が痛いなんて言いながらも、そんなこと微塵も感じさせない動きである。
 さすがはエルフ。その身体能力と、植物を意のままに操る術を身に着ける師匠は私達をまるで子どもの相手をするかのように戦う。
 だけれど、私とアスラン様もいつまでもやられっぱなしではない。
 魔術具を効率よく使いながら、一本入れるために連携を取りながら戦っていく。
 実際に、以前よりもアスラン様と魔術具を使っての戦闘がかなり向上したように思う。
 私自身は、基本的に戦闘状況になることは採取者ゆえに少ない。だけれど、アイリーンの一件もあったことで、戦えるに越したことはないと身をもって知った。
 そもそも師匠には鍛えられていたので、腕力と戦闘力には自信があった。
 そこに魔術具が加わったことで更に動けるようになったような気がする。
 だけれど、やはり師匠は強い。
 時計の針がちょうど十分に差しかかったところで、私とアスラン様は大きく息を吐くと、緊張の糸が切れて、その場に座り込んだ。
「はぁぁぁぁぁ。強い……さすが師匠です」
 私がそう呟くと、アスラン様も呼吸を整えながら言った。
「普通の騎士とは戦い方が違う。このように戦われると、こんなにも苦戦するのだな」
 師匠は私達のに笑みを浮かべる。
「はっはっは! まだ若人には負けんわ!」
 そう言った次の瞬間、師匠は腰に手を当てた。
「う……うぅ。腰が……シェリー。後でマッサージを頼む……」
 その言葉にアスラン様が口を開く。
「マッサージなら私が」
「小童……お前……シェリーにマッサージをしてもらったことがあるか?」
「え?」
 首を傾げるアスラン様に、師匠は言った。
「シェリーの腕は一流だ。一度してもらうといい」
「いや、私は」
「アスラン様! ぜひ! 私、かなり自信あります!」
「あ、いや、だが」
「大丈夫です。痛くしませんよ? それとも、私の腕が信じられませんか?」
「いや、そういうことでは……なく……」
 しどろもどろになるアスラン様の肩を、ぽんっと叩いて師匠がにやにやと笑う。
 アスラン様は、慌てた様子で言った。
「と、とにかく、今は昼食に行こう!」
「あ! アスラン様、待ってください!」
「ははは! 小童め! ははは」
 私達の一戦が終わると同時に、今まで息を吞んで見ていた人々が口を開きだした。
「はぁぁぁ。すごい迫力だったな」
「人間業じゃない」
「いや、だが、魔術具を戦闘に組み入れているのは本当にすごいな」
「シェリー殿が、採取者だというのが、信じられん」
 そうした声が聞こえてくると、すごい、のだろうかと少し考える。
 私はそもそも騎士や魔術師の戦闘をあまり見たことがない。
 戦闘力における自分の立ち位置とはどのくらいなのだろうかと思いながら、私は自分のことについても、もっと目を向ける必要があるかもしれないなと思った。
 ただ、今は自分のマッサージ能力についてアスラン様にも伝えたいという思いが強かった。
「アスラン様! 私の腕前信じてください!」
「あ、あぁ! わかった。さて、今日はどこへ食べに行こうか」
 焦るアスラン様の様子に、師匠はケラケラと笑い声をずっとあげている。
 こんなに笑う師匠も珍しいなと思いながら、その後、私達はマスターのところへ昼食を食べに向かったのであった。
 昼食後、師匠のマッサージを魔術塔で行おうとすると、アスラン様がやってきて私と交代をする。
 大丈夫かなと思っていると、アスラン様は言った。
「大丈夫だ。ちゃんと勉強してきた」
 師匠はまたケラケラと笑っていたのだけれど、アスラン様のマッサージが始まると、笑うのをやめて、もがき苦しむ。
「お前、小童! ちょっと待て! それは、マッサージではなく! ツボ押しだ! ぐえ」
「足ツボが一番効くらしい」
「うぉぉぉ」
 師匠のうめき声というものを私は初めて聞いた。
 そして、アスラン様が良い感じの笑顔をしていた。
「ははは」
「小童あぁぁ」
 なんだかんだと二人共楽しそうだったので、私はまぁいいかと思ったのであった。
 その後、何度かアスラン様にマッサージを試みたけれど逃げられてしまった。
 私の腕前をいつか披露したいものだと、私はそう思っている。
 ちなみに、アスラン様にツボ押しマッサージをしてもらった翌日、師匠はすこぶる体調が良いらしく、腰が痛くないと大層喜んでいた。

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