書き下ろしSS
社畜剣聖、配信者になる 〜ブラックギルド会社員、うっかり会社用回線でS級モンスターを相手に無双するところを全国配信してしまう〜 3
社畜のグルメ
その日は腹が減っていた。
仕事の終わりは早かったけど、始まりも早かった。
朝の三時からぶっ通しで働いていたので、とにかく腹が減っていた。
会社の近くは居酒屋は多いけど、ランチをやっている店は少ない。普段働いている人は行きつけとかもあるのだろうが、俺はいつもこの時間はダンジョンに潜っているのでそんな店はない。
「空腹で死ぬ……」
飲食店が少ないと言っても、チェーンの牛丼屋やハンバーガーショップはちょこちょこ目に入る。だがせっかく久々に外でランチを食べられるんだ。そういうとこじゃなくて少し『冒険』がしてみたい。
別に奇抜なものが食べたいっていうんじゃない。入ったことのない店に入り「お、これ意外とおいしい」「うーん、これはあんまりだな」というような、ごく普通で平和な驚きを享受したいんだ。
変わっただけのものならダンジョンでいくらでも食えるからな。
「もっと色々見て回りたいけど、さすがに限界だな……」
だが背に腹は代えられない。
もう少し見て見つからなかったら、牛丼でも食うか……と思っていると、一軒の定食屋が目に入る。少しボロい外観に、くたくたの
こういった庶民的なザ・定食屋はあまり入ったことがない。なんていうかこう、地元の人のコミュニティになってそうで気まずく感じるからだ。
しかし今の空腹度ならそれを気にする余裕すらない。俺は意を決して暖簾をくぐる。
「いらっしゃい。テーブル座って下さい」
料理を運んでいる店員に促され、席に座る。
無造作に置かれたメニューにはランチメニューが五つほど書かれていて、壁にも料理名が書かれた紙がたくさん貼られている。
結構料理の種類は豊富そうだ。客も地元民ってより、近くで働いているサラリーマンが多い感じで居心地は悪くない。ここで正解だったな。
「すみません。注文を」
「はーい」
「えー、定食を五種類、全部ください」
「え?」
「それとサラダも貰えますか?」
「いや、えっと、はい、サラダはこちら三種類ありますけど……」
「じゃあそれも全部で」
「えっ」
「『今日のデザート』はなにがあるんですか?」
「えっと、杏仁豆腐と季節のフルーツとアイスです」
「それも全部ください」
「えっ」
「あ、豚汁もください」
「えっ」
「お願いします」
店員さんは困惑しながらも注文を取ってくれる。
一息ついた俺は店内を見渡す。みんなやっぱりランチメニューを食ってるな。
「からあげ弁当五つよろしく」
「はーい」
客が入ってきて注文している。なるほど弁当、そういうのもあるのか。
俺は須田のいるところで飯なんか食いたくないが、会社が居心地いい人にはいいな。俺も今度持ち帰って家で食っても良いかもしれない。
「お待たせしました」
店員さんがやって来て、俺のテーブルがギチギチになるまで料理を並べる。
しょうが焼き、トンカツ、チンジャオロースに焼き魚、それと唐揚げ。そしてサラダ三種に白米五杯。トドメの大盛り豚汁とごきげんなランチだ。デザートは後から来るみたいだな。
「あの、本当に全部食べられるのですか? お連れの方とか……」
「大丈夫です。お腹空いてますので」
「はあ……」
不思議そうな顔をしながら店員さんは去っていく。気づけば他の客もチラチラ俺の方を見てくる。やはり普段来ない俺は浮いているんだろうか。
まあ気にしてもしょうがない。割り箸をパキリと割り、並んだ料理に手を付ける。
「いただきます」
まずは豚汁をすすり、お腹を温める。
「ふう……うまい」
ホッとする味だ。具材も多くて満足感が高い。
次に俺はしょうが焼きを一気に三枚すくい、一口で頬張る。濃いめの味付けで疲れた体に沁みる。あつあつのご飯と一緒に食べると日本人であることを感謝する気持ちになる。
特別な味付けはないけど、欲しかった味だ。荒んだ心が癒やされる。
「こういうのでいいんだよなあ」
その後も俺は並んでいる定食を次々腹の中に収めていく。
頼みすぎたか? と思いもしたが量はちょうど良かった。デザートも含め腹七分目といったところか。
「ふう、ごちそうさま」
「凄い……全部食べちゃった」
「お会計いいですか?」
「あ、はい! えっと、五千六百円です」
「はい、これで」
外で食うとやはり値が張るな。
薄給なので外食はしばらく控えるとしよう。
「ありがとうございました!」
「ごちそうさまでした」
店員に見送られ店を出る。
うーん、やはり店員と客からめっちゃ見られていた。よそ者が珍しかったんだろう。
いい店だったけど、もう行くのはやめておくか。
店を出て少し歩くと、工事現場でさっきの定食屋で買った弁当を食べている作業員の人を見かけた。みんな楽しそうにお喋りしながら食べている。きっと彼らは仕事を楽しくやっているんだろう。羨ましい限りだ。
「今日は……歩いて帰るか」
電車に乗るには、少しセンチになり過ぎている。
自販機で烏龍茶を買った俺は、ゆっくり歩きながら帰路につくのだった。