書き下ろしSS

生先は北の辺境でしたが精霊のおかげでけっこう快適です ~楽園目指して狩猟開拓ときどきサウナ~

サウナにて思いを馳せる

 丸太小屋に男3人で入り、服を脱いで体を洗い……そうして向かう先はサウナ室だ。
 鉄製で立派な作りのサウナストーブを置いて、その上にサウナストーンを置いて、ストーブにたっぷりと詰め込まれた薪に火を入れ、サウナストーンを熱する。
 そうして熱々となったサウナストーンに香り付きの水をかけ、吹き上がった蒸気でいっぱいにしたのがサウナ室で……大体90度くらいの室温となっている。
 室温だけでなく湿度も物凄い、一歩入っただけで汗が噴き出るそこには、階段のような作りの腰掛けがあり、そこにタオルを敷いた上で座ったなら、砂時計を逆さにし……その砂が落ちきるまでの間、俺達はこのサウナ室で全身を熱することになる。
 あっという間に血行が激しくなり、どんどん汗が噴き出して、暑くて暑くてたまらなくて、暑さから逃げるために外に出てしまいそうになるが、それをどうにかぐっと堪えて静かに息を吐きだし、サウナの中で目を閉じ……己と向き合う。
 ここで暑いからと言って逃げてはいけない、ここを耐えてこそあの爽快感を味わえるのだから……。
 それだけではない、サウナは血行を良くしてくれるし、肌艶を良くしてくれる、アレを味わえたならストレスの緩和や食欲増進なんかもあるし……ただ苦痛を味わうだけの場所ではないのだ。
 サウナはここでの生活に欠かせない、前世で言う風呂みたいなもので衛生にも関わってくるし……コミュニケーションや様々な儀式の場でもあったりする。
 目を閉じそんなことを考えて……そろそろ砂時計の砂が落ちきったんじゃないか? なんてことを考えて目を開けてみると、砂時計の砂はまだまだ一割も落ちていなかった。
 そんな馬鹿な……なんてことを考えるが、サウナではよくあることでもあり、再び目を閉じ……時間と暑さを忘れるためにあれこれと思考を巡らせていく。
 そうする中で俺はかつての思い出を……あの日以前の、覚醒した日以前のことを思い出していく。


 森で拾われた捨て子……と思われていた子供、ヴィトーと名付けられた俺のことを村の皆は温かく迎え入れてくれて、色んなことを教えてくれた。
 この極寒世界で生きていくにはどうしたら良いのか、どんな知識や技能が必要なのか。
 敬うべき精霊とは何なのか、生活に欠かせない恵獣とは何なのか……俺達がいるこの世界がどんな世界なのか、自然がどうやって成り立っているのか……などなど、本当に色々なことを教わっていった。
 そうするうちに俺は、この厳しい極寒世界の中で、俺という一人の人間を養うことがどれだけ大変なことなのかを理解していき……自然と村の皆の仕事を手伝うようになった。
 薪を拾い集めて積み上げ、凍る寸前かと思うような冷たい水での水仕事をし、恵獣や家畜の世話も一生懸命に頑張り……そんな中で大人達の愚痴に付き合ったりもした。
 ある日、放牧地で恵獣のブラッシングをしていた時には……、
「昔はもっとトナカイがいたんだ、今は恵獣様ばっかりになったが……もっともっと、たくさんのトナカイがいたんだ。
 トナカイがいてくれたらいつでも肉が手に入る、いつでも肉が手に入るから飢えに怯える必要もなく……だから笑顔で毎日を過ごすことが出来た。
 ……だってのにどんどん土地を失って、トナカイを養えなくなって……かと言って恵獣様を減らすなんてことも出来ねぇしなぁ……」
 なんてことを言われたりもした。
 この村でトナカイを買う理由は主に食肉を手に入れるためだ、角とか毛皮とかミルクとか、他にも色々な品が手に入るのだけど、それらよりも肉が重要とされていた。
 だけども狩人が減り、魔獣に土地を奪われ、放牧地を失い……餌が足りなくなってトナカイの数を減らさざるを得なくなってしまった。
 昔は数百頭のトナカイがいたそうだが、今は十数頭しかいなくなっていて……そんなにトナカイを減らしてしまうくらいなら、恵獣も減らしたらどうか……なんて話も出たそうだが、それも難しかった。
 トナカイによく似た姿で、真っ白でふわふわな毛に覆われた恵獣ラン・ヴェティエルは、様々な恩恵を村に与えてくれていた。
 その角は薬に、その蹄は栄養剤……のようなものに、毛皮の質感の良さは凄まじく、絹以上なんて話もあり……タオルや衣服に恵獣の毛を欠かすことは出来ない。
 それらの品は村で使うだけでなく、村の外の人々に売ることも出来て……村にとっては大きな収益源であるそれを失う訳にはいかなかったのだ。
 何より恵獣は賢く、こちらの言葉を理解する程で……そんな恵獣を粗末に扱ったなら、恵獣と俺達の信頼関係は崩れ去ってしまうことだろう。
「だったら魔獣をいっぱい狩らないとだね、魔獣を狩れば放牧地だけじゃなくて肉も手に入るし……」
 子供ながらに俺がそんな言葉を返すと、その大人はにっこりと微笑み、俺の頭を力強く撫でてくれて……、
「ああ、そうだな、真面目なヴィトーならきっと良い狩人になれるだろう。
 魔獣を狩って狩って、汚染された土地を浄化して取り戻してくれ……そうしたらトナカイを増やせて肉がいっぱい、毎日のように手に入って、皆が笑顔になるし、腹いっぱい飯を食えるようになるぞ」
 と、そんなことを言ってその大人は、大きくなるためだと自分のために用意したはずの干し肉を俺に分けてくれた。
 他にも色々なことを手伝い、皆が嫌がるようなことも手伝い……いつしか俺は、精霊様が寄越してくれた愛し子に違いない、なんてことを言われるようになっていた。
 今思うとなんとも言えない話だが、子供ながら賢明に働く俺を見て大人達は、そうに違いないと本気で思っていたらしい。
 俺からすると世話になっているお礼をしたかったのと、嫌われたくなくて必死だっただけなのだけども……まぁ、結果オーライなのだろう。
 今思うとそんなことがあったからこそ、あの時に皆を助けられた訳だしなぁ……。
 そして魔獣を狩れるようになって皆の力になれるようになって、村が少しずつ豊かになっていって……。


「……ヴィトー、あともう少しだぞ、寝るんじゃねぇぞ」
「……サウナで寝るってのは気絶と同義ッスからね、そうなったら即サウナ中止ッスよ」
 そんな風にあれこれと考えていると一緒に入った二人の男……狩り仲間のユーラとサープがそう声をかけてきて、俺は、
「大丈夫、ちょっと考え事をしていただけだから」
 と、そう返し……安堵の表情を浮かべた二人に「ありがとう」と、そう言いながら軽く頭を下げ、それから砂時計へと視線をやる。
 後少し……後少しで砂が落ちきる、そうしたらここを出て外の……と、そんなことを考えているうちに砂が落ちきり、俺達はほぼ同時に立ち上がりサウナ室の扉を開け放ち……外にある桟橋へと足を進めていく。
 その先にあるのは大きな湖だ、冬の今は分厚い氷が張っていて……その氷を割ることで作り出された氷水プールの伸ばした手ですくって体に何度かかけたなら……桟橋を蹴ってプールへと飛び込む。
 すると0度近い氷水が俺達の……サウナでこれでもかと熱された体を包み込み、一気に冷やしてくれる。
 一気に冷やされ過ぎて吐く息や体の中心は熱いのに表面は冷たいという、不思議な状態が出来上がり……体の表面を薄い膜が包み込んでいるような、独特な感覚が全身を包み込む。
 それはなんとも心地良く……熱くて冷たくて心地良い、サウナと水風呂でしか味わえないそれらを存分に堪能したなら、水風呂から這い出てサウナ小屋の隣にある瞑想小屋に足を向ける。
 サウナ室の熱気が流れ込む作りになっている瞑想小屋は、程よい室温となっていて……そこには瞑想用の椅子があり、そこに腰掛けた俺達は目を閉じ……サウナ後の瞑想を開始する。
 呼吸は落ち着いているのに心臓は高鳴っている、頭は冷静なのに血が激しく巡っている。
 サウナ後の瞑想でだけ味わえる不思議な感覚は、これから始まるある現象の前触れで……それからすぐにそれが……ととのいが始まる。
 意識が溶け込んで体が浮かび上がっているようで、だからといって気絶している訳ではなく苦痛とかでもなく、ただただ心地よくて……頭の中がすぅっとして、何もかもが……意識や感覚が……聴覚や視覚、味覚や嗅覚までがハッキリとして研ぎ澄まされて、まるで自分が生まれ変わったような、そんな気分になることが出来る。
 前世で呼んだ漫画曰く『ととのう』現象が起き……それが終わったなら俺達は立ち上がり、瞑想小屋を後にし着替えをしてから……村へと足を向ける。
 サウナに入りととのうと、感覚が……味覚や嗅覚が鋭くなる。ということはつまり食事を美味しく楽しめる状況にあるということでもあり……村に戻ったならすぐさま食堂として使われているコタ……この辺りの家、恵獣の毛で編まれた布を使った幕家へと向かう。
 今日は何体かの美味しい魔獣を狩ることが出来た、野菜やハーブの備蓄は十分にある、漁に向かった面々が多くの貝やエビを持ち帰ってくれてもいて……思わずごくりと喉を鳴らしてしまうたまらない香りが食堂内に充満していた。
 今日のメニューは串焼き、バーベキューに近いそれはこの村の食事の中でもトップレベルのごちそうで……鉄串で刺し、塩コショウやハーブをたっぷりと使って味付けをされた食材が焚き火の周囲に立ち並び……なんとも良い具合に焼き上がっているようだ。
 俺達が食堂に入ってきたことに気付いた食事係の女性はすぐに皿を用意してくれて、良い具合に焼き上がった串焼きをその皿に載せてくれて……ついでに水分補給用のハーブティのようなものも用意してくれて俺達の下へと持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
「うっはー! うまそうだ! ありがてぇ!!」
「あざーッス!! あ、お礼に今度、精霊谷に遊びに行くってのはどうッスか?」
 俺、ユーラ、サープの順でそんな声を上げ……サープが熱心にナンパする中、俺とユーラハーブティを一気に飲んでから串を手に取り、勢いよく串焼きにかぶりつく。
 まずは肉、焚き火でじっくり焼かれた肉の表面は少し硬くなっていたが、噛むとその硬さが良い食感になってくれる上に、たっぷりの肉汁が溢れてくるもんだからたまらない。
 味付けも最高で、ハーブの香りが食欲を皿に刺激してくれて、調理が完璧だから臭みなんかを感じることは一切ない。
 野菜も美味しいし、貝やエビも最高だ、ここにビールがあったなら大ジョッキ何杯でもいける美味しさで……うん、少しだけ寂しく思ってしまうが、こちらの世界の酒だって負けていない。
 ハーブとドライフルーツ入りの爽やかなワインや、スパイスたっぷりのホットワインなどがあり……これは高級品なのでほんの少しだけ振る舞われる。
 俺は爽やかな方を注文し、ユーラ達はホットワインを注文し……3人同時にそれをぐっと飲む。
 口の中に一気に爽やかかつフルーティな、たまらない香りが広がり、ごくりと飲み込むとそれなりに強いアルコール独特の熱さが腹の奥底へと沈んでいく。
 するとそれがまた食欲を刺激してくれて……串焼きへと手が無意識のうちに伸びる。
 そこからはもう言葉もなく夢中で食べて食べて食べ続けて……満腹となったことでようやく手が止まる。
「よく食べたね~~、元気でよろしい! 最近は食料に困ることもなくなって、あれこれと調味料やハーブが手に入るようにもなったし……うん、食事係としても嬉しいやら楽しいやらだよ」
 食事係の女性がそんな声を上げ、それに続く形で近くで食事をしていた10歳くらいの男の子とその父親からも声が上がる。
「最近はねー、お肉もいっぱいだしお菓子もいっぱいだから、どれ食べて良いのか分かんなくて困っちゃうんだよ」
「……ヴィトーと精霊様のおかげで、本当に楽になったよなぁ……ま、大工仕事は増えるばっかりで、大変だったりもするんだがな!」
 なんて声を上げた大工らしい父親の顔は晴れやかな笑顔となっていて、それに釣られてか、良い笑顔となっていて……なんとも気恥ずかしい気分になりながら、なんと言葉を返したものかと悩んでいると、白い毛玉を頭に乗せた女性が……村一番の美人であり族長でもあるアーリヒが食堂コタへとやってくる。
「ヴィトー、精霊様の新しい寝具についての話し合いが終わったので確認をお願いします、それから職人のコタに注文にいきましょう」
 アーリヒは凛々しくも美しい声でそう言ってきて、それに頷き返した俺はユーラとサープに別れを言い、食事係の女性や親子に簡単なお礼を言ってからアーリヒと精霊様……精霊シェフィの下へと足を向けるのだった。

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