書き下ろしSS

生先は北の辺境でしたが精霊のおかげでけっこう快適です ~楽園目指して狩猟開拓ときどきサウナ~ 2

北方辺境のサウナ飯

 何日か続けて多くの魔獣とやり合うことになり……多くの肉が手に入り、これ以上は食べ切れないというのと、疲れがたまってきたというので俺達は、今日一日を休日とすることにした。
 狩りにいかず鍛錬もせず、グラディス達の世話だけをして後はまったりと。
 俺のコタに集まって焚き火を見つめながらダラダラ過ごすことにし……俺、ユーラ、サープの男三人で、毒にも薬にもならない会話をし……その流れでユーラがこんなことを言い出した。
「なぁ、ヴィトー……元の世界のサウナに関連する話で、何か面白い話はねぇのか?」
 面白い話。そんな雑な振り方をされてもなぁと頭を悩ませた俺は、焚き火に薪を足しながら言葉を返す。
「んー……そうだな、向こうだとサウナ飯とかが結構話題になってたかな? 本屋でサウナ飯の特集本とか見かけたし」
「サウナ飯? なんだぁそりゃぁ?」
 と、ユーラに問われて俺は、聞きかじりの範囲でのサウナ飯についてを語っていく。
 サウナに入ると味覚と嗅覚が鋭敏になり、空腹感も増す。
 その状態での食事は、普段ならなんでもないものでも特別美味しく感じられて……サウナ後の食事には強いこだわりを持っている人もいる。
 そういった人達が選びだした食事、サウナに食べるならこれしかないという料理、サウナ後に特別美味しく感じられる料理、サウナ後の体調を整え更に気持ちよくなれる……それらを総じてサウナ飯と言う。
「はぁー……なるほどね、サウナの後に食べるからサウナ飯か。
 ……それならオレはアレだな、肉スープだな……脂たっぷりの肉を煮込んでよ、野菜をたっぷり入れて……脂が浮いているのがまた良いんだ。
 それを飲むと脂の中に閉じ込められた熱さが喉を通って……すっげぇ美味しいし気分もよくなるんだよな」
 と、ユーラ。
「んー……自分はやっぱ串焼きッスかね、ハーブや野菜を刻んだものをたっぷり揉み込んで良い焚き火でじっくり焼いて……中から肉汁が溢れてきたのをがぶり、最高ッスよ」
 と、サープ。
 それから二人の視線はこちらに向けられ、俺からも何かないのか? と、表情で問いかけてきて……俺は首を傾げて悩みに悩んでから、言葉を返す。
「俺は……まだサウナ飯とかはよく分からないかな、前世でもサウナには入ってなかったしねぇ。
 ただ……サウナ後に食べてみたい、これなら美味しく食べられるんじゃないかなって料理はあるよ」
「へぇ……どんな料理だ?」
「そこまで言ったからには、ちゃんと発表しないとダメッスよ」
 俺が一旦言葉を区切るとユーラとサープがそう言ってきて……それを受けて俺は、前世へと思いを馳せ、懐かしいある味を思い出しながらその料理の名前を口にする。
「カレーライス……たっぷりの野菜と美味しい肉を煮込んで、そこにたくさんの……驚くほどの香辛料を混ぜ込んだものを入れて、じっくり煮込んで……煮込んだものを穀物にかけて食べる料理。
 辛かったり甘かったり、野菜と肉の旨味がしっかり味わえて、そして穀物がその味を更に上のレベルへと高めてくれて……前世でも多くの人に愛されて、ある種の完成形とも言える料理だね」
「そ、それはまた……すげぇな」
「香辛料を驚く程って……とんでもねぇことするッスね」
『ごくり……美味しいよね、カレーライス』
 ユーラとサープがそう言って、そしてそれに続いていつの間にかコタの中にやってきていたシェフィがそう言って……そしてユーラ達の視線が俺へと突き刺さる。
 その視線はこうなったら作るしかないだろうと、ポイントを消費してでも作るしかないだろうと、そう語りかけていた。
「えぇっと……シェフィ、カレーライスを工房で作るとしたら、どれくらいのポイントになるかな? 
 出来たら……村人全員分と精霊全員分欲しいんだけど」
 美味しくて良い香りがしまくるカレーライス、それをここにいる面々だけで独占するのは申し訳なくて、それで俺がそう言うと……シェフィは手を広げて『5』と数字を示してくる。
「んん? 50ポイントってことはないよね? なら500? 違う? え? 5000? ご、5000ポイントもいるの? カレーに??」
『まぁね、美味しいカレーとなるとそれなりの技術とかが必要になる訳だし、量が量だからそれくらいはね。
 安く出来なくはないけど……そうなるとやっすいレトルトカレーみたいになっちゃうよ?
 そんなの嫌でしょ? だから最高の野菜と最高のお肉と最高のルーを揃えての……格安、大盤振る舞いでこのお値段さ! 
 今のヴィトーなら余裕で支払えるだろうけど……どうする?』
 と、そう言ってシェフィはニヤついた笑みを浮かべる。
 ご、5000ポイントか……漢方薬や他の食材とは比べ物にならない高額……だけど、それだけ本気で作った価値のあるものでもあるってことだよな。
 余裕で支払えはするけど、結構躊躇しちゃう金額で……いや、うん、久しぶりのカレーライスだ、ここは支払ってしまっても良いだろう。
 なんてことを考えてから俺が力強く頷くと、答えは聞くまでもなく分かっていたといった様子でシェフィは、大きく口を開いて俺達に指示を出す。
『全員分となったらそれなりの鍋いるよ! 出来るだけ大きいのをたくさん! この村では皆一緒に食事をする関係で、大鍋がたくさんあるはずだから……それ全部用意してもらって!
 それと炊きたてご飯は鍋に入れたら残念なことになるから、こっちでお櫃(ひつ)を用意するからね! それ込みでの5000ポイントさ!』
 そんな指示を受けて俺達はすぐに行動を開始する。
 まずアーリヒに精霊様が作る特別な料理を食べられると報告をし、食事係の女性達に声をかけ、それから各家長にも声をかけ……皆に協力してもらっての準備開始だ。
 食堂コタの掃除をし……いくつもの大鍋を用意し、必要な食器も用意し、それらを綺麗に洗って清潔な布で水気を拭き取る。
 そうやって準備が終わったなら、言い出しっぺである俺達から順番にサウナに入り……サウナから出た所で、シェフィに頼んでカレーと炊きたてご飯を作ってもらう。
「こ、これがカレーライスか? な、なんか茶色いな? 茶色くてアレで……匂いが凄く良いが……」
 と、ユーラ。
「おぉ~~~、匂いが凄く良いッスねぇ、見た目はちょっとアレッスけど……なんで茶色なんスか??
 ま、まぁまぁ、見て分かるくらいに具だくさんで、野菜もたっぷりで……真冬で野菜と縁遠い自分達にはありがたい料理ッスね」
 と、サープ。
「……こ、これがヴィトーの世界の料理……これが……??」
 と、アーリヒ、婚約者の世界の料理と期待して、出てきた茶色の料理に少し怯んでしまっているようだ。
「まぁまぁ……美味しいから安心してよ、この見た目も慣れれば食欲が湧くものだし、俺のお腹はもう早く食べろと唸っているくらいだよ」
 少しだけ怯んだ様子の皆にそんな言葉をかけながら、用意した食器に盛り付けて……準備完了、自然の恵みと精霊に感謝をしてから、もう何年振りかも分からないカレーライスを口に運ぶ。
「……うまいっ、前世でもこんな美味しいカレーは食べたことなかったな……」
 と、俺がそんな感想を口にすると、それをきっかけに他の皆もカレーを口に運び、それぞれ感想を口にし始める。
 まずはシェフィ、ドラーの二精霊。
『うんうん、張り切って作っただけあって美味しく出来たね、これなら毎日でも食べられちゃうな』
『うっまぁー! こっそり香辛料足して辛くしたが、辛い方が良いかもしれねぇ! 辛くしたいやつはいつでも声かけてくれ!』
 そしてアーリヒ。
「これが……これが精霊様が作った、異なる世界の料理……こんなに不思議で美味しい料理があったなんて……。
 久しぶりの新鮮な野菜も本当にありがたいです、体全体が喜んでいるようで、特にこのホクホクした芋がたまらないですね……」
 表情をほころばせうっとりとし……どこか感慨深そうでもある。
 そしてユーラとサープ。
「なんだこの肉!? 肉もうめぇし脂もうめぇ!? いや、ほんとどんな魔獣ならこんな味になるんだ!? こんなにも美味い肉に香辛料のスープをかけるって発想がぶっ飛んでるな!!」
「おぉ~~~……これが異世界の食事……世界が違うと、こんなにも味が違うんスねぇ。
 元がどんな食材なのか想像もできない味だらけでたまんねぇッス」
 そうした俺達の感想は、興味津々過ぎて、俺達のすぐ側までやってきている村人達の好奇心を激しく刺激したようで……カレーのたまらない匂いとのダブルパンチを食らった村人達は、カレーを食べるためにサウナだ! と、ばかりに一斉に駆け出す。
 サウナはそんな風に焦って入るものではないし、サウナに入らずに食べて良いとも思うのだけど……それでも皆はサウナへと駆けていく。
 ……まぁ、その方が美味しく食べられるし、良いのかな……なんてことを考えながら目の前のカレーを食べ上げた俺は、シェフィに問題ないかとの確認を取ってから……二杯目、久々のカレーのおかわりを食べるため、まだまだたっぷりのご飯が入っているお櫃へと手を伸ばすのだった。

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