書き下ろしSS

まぁ後の王子様もらいます〜だって顔が良いから!〜

アデル村の演奏会

 アデル村で毎晩開かれる演奏会。
 誰もが各々の楽器を手に、好き勝手に、想いのまま、なんの知識もなく音を奏でる。まさに自由であり、むしろ自由しかない演奏会。
 そんな中、ユベールだけは知識と技術を持ち合わせていた。それも高等とさえ言える知識と技術だ。かつて王族として音楽を習っていた名残である。
「……なんだか俺の方が間違えている気がしてきたなぁ」
 そうユベールがヴィオラを奏でながら呟けば、隣でバイオリンを弾いていたキャンディスが「間違え?」と首を傾げた。
 彼女の持つバイオリンは今夜もぎににににと不可思議な音を発しているが、それを指摘する者は居ない。似たり寄ったりな音があちこちの家からあがっているのだ。同じくリビングに居るリアもフルートでぺぇぇぇと甲高い音を悠々と奏でている。
「どうしました、ユベール様?」
「いや、こうも多種多様すぎる音を聞いていると、俺のヴィオラの音の方が異音に思えてくるんだ」
「ユベール様の演奏、素敵ですよ。そもそもユベール様ほど顔の良い方が奏でる音が異音なわけありません。仮に異音だとしても、それは美を音に現したものであり、つまり神の音色。人間が理解しきれないだけです」
「またわけの分からない理屈を」
「顔の良いユベール様が奏でる音はどんな音であっても素晴らしい、つまり私はユベール様の奏でる音ならなんでも好きということです」
「そ、そうか……」
 キャンディスらしい直球の言葉にユベールが一瞬言葉を詰まらせ……、「今は演奏の時間だ」と照れ隠しでヴィオラへと向き直った。

◆◆◆

 そんなやりとりがあった翌日、ユベールは家の裏手でヴィオラを構えていた。
 ゆっくりと弓を引けば軽やかな音が流れる。調子を取り戻すために簡単な曲を奏で、終えるとふぅと一息ついた。
 感覚は鈍っていない。……はずである。少なくとも音は外れていなかったと思う。
「でもなんか昔と感覚が違う気がするんだよな」
 自分自身よく分からないがなんとなく昔とは違う気がする。
 それは技術的なものなのか、もしくは環境が違うからか。以前は整備を一級の技術者に任せていたのに対して、今は自分で行っているからかもしれない。それとも単に気分的なものなのか。
 なんとも言えない歯痒い気持ちで、それでももう一曲……と奏でようと弓を弦に添えた瞬間、「あー!」と高い声が聞こえてきた。
 村の子供だ。
「ユベール様、演奏してる!」
 高い声をあげ、パタパタと駆け寄ってくる。
 それに続くのは兄弟と友人達。一瞬にしてユベールの前に子供達が集まりだした。
「ユベール様、どうしたの? 夜じゃないのに演奏してるの?」
「あぁ、ちょっと練習しようと思ってな」
「練習? 私もやる!」
 一人の子供が提案すれば、私も僕もと賛同の意見があがる。
 次いで子供達は楽器を取りにいってくると各々の家に向かって走り出してしまった。その速さと言ったらない。ゆったりと時間が流れる長閑な村ではあるが、子供達はいつだって活気に満ち溢れて動き回っているのだ。
 そうして気付けばユベールの周りには楽器を手にした子供達が集まっていた。傍目にはユベールが開催する音楽教室とでも映るだろうか。なんとも微笑ましい光景だ。誰もがこの光景を見れば表情を和らげるに違いない。
 もっとも、アデル村以外の者が見ていた場合、子供達が演奏し始めるや和らげた表情を引きつらせるのだろうが……。
「さすがだな……、みんながみんな俺の知ってる楽器から俺の知らない音を出してる」
 思わずユベールが圧倒されてしまう。
 なにせ子供達はみな楽しそうに不可思議な音を奏でているのだ。手にする楽器は様々、奏でる音色も様々、それでいて共通して楽器らしからぬ不可思議な音である。ちなみに全員合わせる気がないのは言うまでもない。
 更には遅れて戻ってきた子供の手には楽器ではなく一枚の葉っぱが握られているではないか。曰く、楽器が大きくて家から持ち出せず、代わりに葉っぱを使うのだという。
「葉っぱ? それで何をするんだ?」
 なぜ楽器の代わりに葉っぱなのかとユベールが問えば、子供が「見てて!」と得意げに声をあげて葉っぱを丸めると己の口元に添えた。
 次の瞬間、甲高い音が葉っぱから発せられた。草笛というものだ。
 これに驚いたのはユベールだけである。アデル村の子供達にとっては当然の知識のようで誰も驚きもせず、それどころか自分も草笛の方が良いと楽器を置いて葉っぱを探しだす子供もいるではないか。

 そうしてアデル村の長閑な昼過ぎに、軽やかなヴィオラの音色と、不可思議な楽器の音、そして草笛の高い音が調和することなく溢れた。

◆◆◆

 ユベールと子供達の昼間の演奏はその日以降も続いた。
 時間にすると三十分もない。それも毎日というわけでもなく、雨の日や風の強い日は行われず、牛や羊の世話で忙しい日も同様。そもそも約束をしているわけでもないのだ。
 だが時間を見つけたユベールがヴィオラを手に外に出ると、気付いた子供達が誘い合って楽器や葉っぱを手に集まるようになっていた。
 時には大人が加わることもあり、彼等も草笛だったりそれどころか手にしていた道具を叩いて鳴らすという自由さだ。

 そんなある日、毎夜の演奏会の最中……、

 ぎちっ、ぎににに、

 と発せられた不可思議な音色に、ユベールがピタと弓を持つ手を止めた。
 今の音はどこから聞こえてきた?
 ソファに座っているリアよりも近くから。むしろ隣に立つキャンディスよりも近かった気がする。
 まるで、自分の手元にあるヴィオラから発せられたような……。
「ついにこの日がきたのか」
 思わずゴクリと生唾を呑み、視線を落としてヴィオラを見つめる。どこからどう見ても一般的な楽器だ。
 試しにと再び弓を弦に添えて軽く引けば軽やかな音を奏で……、そして軽やかな音色の最中にみぎじじじと不可解な音を一瞬発した。
「キャンディス、今の聞いたか……?」
「えぇ、ユベール様の奏でる素晴らしい音ですね」
 緊迫した雰囲気を醸し出すユベールに対して、キャンディスは暢気なものだ。それどころか呼応するようにバイオリンをみぎじじと奏でている。そのうえ一緒に奏でようと誘ってくるではないか。
 だがついに不可思議な音色を発したとはいえ、ユベールの音色はたった二度だ。されど二度でもあるのだが。
「よし、とりあえず落ち着こう。大丈夫、ヴィオラなら幼い頃から飽きるほど演奏してるじゃないか……」
 そう己に言い聞かせつつ、ユベールは再び弓を握り直した。深呼吸をして己を落ち着かせ、意識を集中させる。
 かつて王族だった時代に培った技術を思い出すように。
 その仕切り直しが良かったのか、再び演奏を始めれば流れるのは軽やかな音色だ。ヴィオラらしい、そしてかつてとはいえ王族らしい上等の技術。
 もっとも、その音色の最中、まるで隙を突くかのように、

 みじぃいいいい、

 と奇想天外な音が発せられたのだが。
 これにはユベールも再び手を止め、見守るように眺めていたキャンディスと顔を見合わせる。
 次いでふっと軽く笑い、それだけでは抑えきれないと声をあげて笑い出した。
「聞いたか今の!? 凄い音がしたぞ!」
「えぇ、聞きました。ユベール様か奏でる音を私が聞き逃すわけがありません」
「みじぃっていったな。俺の知ってる楽器から、俺の知らない……、いや」
 話していたユベールが一度言葉を切り、指先で目元を拭った。笑いすぎて薄っすらと涙が滲んでいる。
 そうして再び嬉しそうな笑みを浮かべた。
「俺の知ってる楽器から、俺の知ってるアデル村の音がしたんだ」


…end…

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