書き下ろしSS

役貴族が開き直って破滅フラグを"実力"で叩き折っていたら、いつの間にかヒロイン達から英雄視されるようになった件 1

「宣伝?」

「ご主人様、宣伝だそうです」
 周囲からの評判最底辺、『カレイドリリィ・アカデミー』というゲームにおける生粋の悪役———イクス・バンディール。
 その彼の自室にて、艶やかな銀の長髪を靡かせる美しいメイドの少女がいきなりそのようなことを言ってきた。
「君は一体、なんの話をしているんだ?」
 突然の発言に、ソファーに座るイクスは書物片手に首を傾げる。
「いえ、何やらそのようなことをしろと『上』からの指示がありまして。私もなんの話をしているのかサッパリなのですが、とりあえずご主人様に丸投げしようかと」
「こらこら、分からないものを丸投げするんじゃありません。返球先が分からないのよ、こっちも」
 メイドの少女———セレシアは持っていた淹れたての紅茶をイクスの前に置く。
 そして、並ぶようにイクスの横へ腰を下ろした。
「っていうか、その『上』ってまずどこよ? うちの親父?」
「そういう細かいところは拾わなくてもいいんですよ、ご主人様。乙女に秘密が多いなどいつものことではありませんか」
「ただ不明確なだけだけどな」
 まぁ、いいけど、と。イクスは顎に手を当てて考え始める。
 とはいえ、なんのなにを宣伝すればいいのか分からない―――ということで、とりあえず紅茶を一口含む。
「……このカップ、見栄えがいいよな。きっとお茶の間の主婦達もデザインが気に入って購入すること間違いなし。今なら定価、銀貨三枚……」
「ご主人様、多分違います」
「じゃあ、この茶葉はセレシアのお気に入りで、最高級品質を―――」
「恐らく違うかと」
「……なんかメタな流れになってきたような気がするぞ」
 こっちの世界でもこういうのあるんだ、なんて思い始めたイクスであった。
「一応、私もなんのことかさっぱり分からなかったので、適当に考えてはきましたが……」
「もうそれでいいんじゃね? 言うことないよ、っていうか何が正解など分からんよ普通に」
 よく分からないものに付き合うほど暇じゃない。
 そんなオーラをプンプンに醸し出すイクスは、そのまま書物に視線を落とす。
「では、『この物語は美少女なメイドとかっこいいご主人様がお送りするイチャイチャ♡新婚生活』ということで―――」
「ごめん、悪かった真剣に考えるから次の案だ」
「ちなみに、十八歳以上推奨です」
「俺達十八歳にもなってないんだが!?」
 登場人物以上の年齢が推奨される作品もこれまた珍しい。
「そうなると『ご主人様が今まで恨み辛みを買って来たであろう相手から背中を刺されないよう、相手に実力を知らしめていく物語』などはいかがでしょうか?」
「よく分からんけど……なんとなくそんな感じでいいと思った。マジでなんとなくだけど」
 ここにプラスで『転生×悪役』みたいなワードを付け加えたら意外と文句なしだなと、イクスは思ったがあえて口にはしなかった。
 何せ、そういうワードを口にしても首を傾げられる世界だからだ。
「それでは、宣伝という話はこれにて終了ということで」
「うん」
「ご主人様、イチャイチャをしましょう♪」
「その発言だと、初めの推奨案の方で勘違いされないか?」
「私としてはそれで充分なのですが……」
「よろしくはねぇよ!?」
 転生してまだ十数年。学園にも通っていないお年頃。
 これまでピンクっぽい話どころか汗滲む努力しかしてこなかったイクスとしては、その勘違いは色々と問題があるようだ。
「では、仕方がないので妥協をします」
「そっくり丸ごと譲る気はないのか……」
「その代わりといってはなんですが、膝枕を要求します」
「そして俺は何故要求されなければいけないのか……」
 イクスは大きく溜め息をつき、そのまま膝を手で叩く。
 すると、あどけなさの残る美しい少女は嬉しそうな顔を浮かべ、イクスの膝の上へ頭を乗せた。
(……こんなのほほんとした話だったっけ?)
 なんて疑問を覚えながら、イクスはセレシアの頭を優しく撫でるのであった。

TOPへ