書き下ろしSS
悪役貴族が開き直って破滅フラグを"実力"で叩き折っていたら、いつの間にかヒロイン達から英雄視されるようになった件2
将来
「アリス、何やってんの?」
山小屋で暮らし始めてすぐのこと。
イクスは山小屋の前にあるベンチにて、本を読んでいるアリスへ声をかけた。
すると、アリスは愛らしく、端麗すぎる顔立ちをイクスへ向け、見せるように本を前へと出す。
「経営学の本! 暇してるし、現場にも行けないからお勉強しとこーかなって思って!」
「へぇー」
イクスは暇していたからか、アリスの横へと腰を下ろす。
好奇心が煽られマジマジと見つめていると、アリスは小さく吹き出してイクスへ本を渡した。
「ふふっ、読んでみる?」
「読む読む」
この世界の経営学など、どのようなものなのか? 転生する前は別に経営学を学んでいたわけではないが、かなり興味がそそられる。
もしかしたら、ゲーム特有の何かがあるのかもしれない。それか何世代か遅れていて、よく読んでいた漫画みたいに実は現代知識で改革だってできるかも。
なんてことを思いながら、イクスは早速一ページ目を開き―――
「…………………」
―――何書いてあんの分かんねぇよこんなの。
「暗号か、これ?」
「ごく普通に広がっている見慣れた文字だと思うんだけど」
そんなに難しいかな? と。アリスはギブアップしたイクスから本を返してもらい、可愛らしく首を傾げる。
「ちなみにさ、その本ってそこら辺に売ってあるもんなの?」
「ううん、売ってない。お父さんが私のために書いてくれたやつ」
「なるほど、道理で読めないわけだあいつ馬鹿だもん頭おかしいもん」
「あははは……一応、かなり頭がいい枠だとは思うけど」
そうだろうか? イクスは目を瞑って記憶にあるアリスの父親の姿を思い浮かべる。
脳裏に浮かぶのは、侯爵家の屋敷で、応接室で、娘のアリスに羽交い絞めにされている―――
「阿呆だろ」
「そんなキッパリと言わなくても」
どうしても、イクスの瞳には頭がよさそうには見えないらしい。
「っていうか、やっぱりアリスは将来商会を継ぐのか?」
イクスは頬杖をついて、横のヒロインへふと尋ねる。
すると、アリスは少しだけ困った顔を見せて、
「んー……継ぎたいとは思ってるんだけど、自分で一から立ち上げてみたいとも思ってるんだよねぇ」
「ほぅ? 向上心溢れるご解答だな」
「といっても、後者はあんまり現実的じゃないかな? 継がないからって簡単に潰せるほどうちの商会って小さいわけじゃないし、後継者を育てるってならないと厳しいと思う。現に、今は教育を受けているのは私だけだろうし」
継ぐ人がいない、だったら潰してしまおう。
なんて簡単に言えないのがアリスの父親が持つ商会だ。
今はもう多くの人が関わっており、勝手に身内問題だけで潰してしまうと色んな人へ迷惑をかけてしまうだろう。
「それに、放任主義とは言ってもやっぱり私は貴族だからさ、商会じゃなくて家のことも考えなきゃいけないもん」
「なるほどなぁ」
イクスとは違って、アリスには貴族の娘としての側面と商会長の娘としての側面もある。
確かに、自由を望むにしてはあまりにも縛りが多すぎるかもしれない。
「アリスも色々大変だな……見よ、俺を! 長期のバカンスに向かったとしても誰からも怒られも心配もお声がけすらないぞ!」
「それはそれでどうかと思うけどね」
「それはそれでいいんだよ、俺にはやりたいこともやらなきゃいけないこともあるんだし」
だから、と。
イクスはアリスに向かって笑いかける。
「こんな奔放な人間ですら許されてんだ、アリスも自分がしたいことを好き勝手にやってもバチ当たんないよ」
その言葉を受け、アリスは少しばかり固まってしまう。
しかし、すぐさま吹き出したように笑い―――
「あれ、もしかして励ましてくれてる?」
「こう見えても、俺って意外と優しい子なんだよ実は」
「ふふっ、知ってるよ」
アリスというヒロインから向けられる笑み。
流石は本作で人気を博したキャラクターだからか……イクスは思わずドキッとしてしまった。
「まぁ、って言ってもお父さんの商会を継ぐのは全然嫌じゃないし苦でもないから。今だっていくつかお店持たせてもらってるわけだし、お父さんの下で新しい商会だって作れないわけじゃないしね」
「なんだい励まし損かい」
「そんなことないもん、嬉しかったのは事実だし」
アリスは大きく背伸びをして、澄み切った空を見上げる。
「やりたいこと、かぁ……といっても、全部全部学園を卒業してからだねぇ」
学園を卒業しなければ、各々の進路へは迎えない。
家督を継ぐにしろ、結婚するにしろ、新しく紹介を立ち上げるにしろ、まずは学び舎で勉強してからだ。
ただ―――
「……俺達の場合、ちゃんと卒業云々の前に進級できるか問題があるがな」
「うん、本当に出席日数足りないことになったら私は全力で土下座するよ」
「そこまではせんでいいから親父さんを殴らせてくれ」
この人気のない別荘にいつまでいなければならないのだろうか?
将来やりたいことがあっても、目下その問題があるわけで。
イクスは脳裏に浮かぶオッサンへ「マジで今度殴ろ」と、内心で密かに決心するのであった。
