書き下ろしSS
あなたのお城の小人さん ~空を翔る配管工~ 1
小人さんの置き土産
「これを一介の料理人が独占しているとは……っ! 由々しき事態ですぞっ!?」
カトラリーを両手に戦慄く男性。彼は、皿に載せられた果実を忌々しそうに睨み付けた。
これはジョルジェ伯爵が王宮に持ち込んだ食材。超貴重な高級果物として一部の王侯貴族にだけ振る舞われている料理。
和栗と呼ばれる物を煮込んだ艶やかで黄色いグラッセや、フロンティアの物とは違うソフトな食感のリンゴのコンポート。
なんでも、『むつ』とかいう品種だそうで、固く実の締まったフロンティアのリンゴのように強い酸味もない。
ひたすら甘く軟らかいソレは、生で食べても同じだった。
歯に繊維が挟まることもなく、歯茎しかない乳幼児でも咀嚼出来る驚異の軟らかさ。
「こんな上等な果実を、たかが料理人が所有するなんて……」
ぎりぎり歯噛みする彼は、第二側妃の宮を任された官吏の一人。名をグスタフスベリという。
記憶を失って幼児退行してしまった薄幸の王女ファティマを、いたく敬う貴族だった。
彼の家は牧畜を司る家系で、記憶消失前のファティマから多大な恩恵を受けている。
それこそ、文字通り世界がひっくり返るだろうほどの恩を。
だから何とかして彼女の力になりたかった。彼女が手にしていたであろうモノを取り戻したかった。
そんな義憤に駆られたグスタフスベリは、周囲の悪意に踊らされる。
『製菓事業は、ファティマ様のものでしょうに……。しがない孤児院には過ぎた代物だ。正しく、王女殿下に返して差し上げねば……』
『他の特許もです。各種料理や甘味のレシピ。ポケットコイルなんて、今では無くてはならない部品ですよ? それを無償で提供など。……小さな子供を騙して契約したのでしょうが、あまりに酷すぎますな』
……などなど。色々憶測が飛び交う魔窟王宮。グスタフスベリの義侠心に火がつくのも早かった。
彼の忠義ぶりを知る貴族達は、こぞってジョルジェ伯爵の悪態を垂れ流す。
あわよくば利権の一つにでも食い込もうと。それが思わぬ未来を招くとも知らずに。
耳にした噂を信じて、グスタフスベリは毎日のようにジョルジェ伯爵邸へと押し掛けた。
「ジョルジェ伯爵っ! ファティマ様のあらゆる物を取り上げて、貴方は恥ずかしくないのかっ!」
「……何のお話でしょう?」
寝耳に水なドラゴはグスタフスベリの説明に耳を傾ける。そして得心顔で頷いた。
「よろしいですよ? 御返ししましょう。……が、教会に出された契約は、娘自身が行ったこと。私には何ともならないので」
呆気なく了承され、グスタフスベリの顔からするりと表情が抜け落ちる。
「あ~…… では、伯爵邸にある果樹園の譲渡は?」
「あれは我が家の敷地です。譲ることは不可能ですが、実りを持っていくのはかまいませんよ?」
すんなり受け入れるドラゴに毒気を抜かれ、……そうか。と呟きながら、グスタフスベリは王宮に戻っていった。
…….噂と違う御仁だな?
一抹の悪意もないグスタフスベリ。悪意満載なのは、そんな彼を唆した他の貴族。
そして恐怖は、後からやってくる。
《チヒロ様にお届けしていた蜂蜜を掠め取ろうなど言語道断。二度と王宮に蜂蜜はやらぬ。巣の譲渡も取り止めよう》
ドラゴから事情を聞き、さらにはグスタフスベリ本人にも裏付けを取ったロメールは、にんまりほくそ笑んでメルダに託けた。結果はお察しだ。
激昂したメルダによる蜂蜜ストライキが始まり、王宮を震撼させる。
馬鹿な王侯貴族に脅しをかけるため、メルダやモルトはもちろん、ツェットやジョーカーまでが御説教に加わった。
雁首揃えて正座させられ、長々と御説教を食らう被害者の国王御一家。
……この後、元凶たる愚かな貴族や、当事者なグスタフスベリに国王から雷が落とされるのも御約束。
何がどうなったのか分からないグスタフスベリは国王に厳しく叱責され、項垂れたままジョルジェ伯爵邸を訪れた。
以前、孤児院の製菓事業にも口出ししたことのある彼だ。今回は、国王陛下も容赦なくグスタフスベリに雷を落とす。
それを思いだして、グスタフスベリは酷く落ち込んだ。
「……ジョルジェ家に関することは手を出すなと。国王から厳命されてしまったんだ」
「そうですか……。あ、柿が食べ頃なんです。お持ちになりますか?」
熟れて甘い香りをはなつ柿。それの入った籠を受け取ったグスタフスベリの顔が、ハっと閃く。
「これの種を植えて新たな果樹園を造るのはどうだろうか? それなら国王陛下も許してくださるのでは?」
如何にも名案とばかりに呟くグスタフスベリだが、その言葉を耳にしたドラゴは、微妙な顔で眉を寄せた。
「……出来ますかな。キルファンの果樹は、えふわんとかいう、繁殖の難しい果樹だと聞きます。ここの管理も、専任なキルファン人がやっておりまして。私は、よく知らんのですよ」
小人さんの植えたキルファンの果樹。それは掛け合わせた品種改良によって生まれた植物だ。
そういったモノは己の遺伝子を正しく次代に残せないことが多い。三代も過ぎると、親株の変異種みたいなモザイクの株になってしまう。
掛け合わせでしか生み出せない品種は通称F1と呼ばれ、一代限りなのだ。
小人さんの果樹園に植わる植物の殆どは、そのF1だった。
そうとも知らず、喜び勇んで駆けていくグスタフスベリ。
またもや結果はお察しである。
苦労して芽吹かせた種は、元の果物と似ても似つかぬ物となり、さらにはその育成方法を知らなかったため、無残な枯れ木に成り果てた。
「……どうして」
がっくり項垂れつつ、またもやジョルジェ家へと向かうグスタフスベリ。
「そうですか。上手くいきませんでしたか」
「はい……。なので、今日も譲っていただきたく」
意気消沈したグスタフスベリに頷き、ドラゴは季節の果物を沢山籠に入れた。
今の季節は春。苺が旬で、たわわに実っている。赤く熟れたソレをぷちぷち収穫しつつ、ドラゴは懐かしそうに目を細めた。
「これはチィヒーロ……。いえ、ファティマ様の大好物です。きっと喜ばれますよ」
「ほう……」
籠の中に柔らかな布を敷き、たっぷり摘まれた苺を受け取りながら、グスタフスベリはあらためてドラゴを見つめる。
「私は……。ファティマ様に恩がございます。だから。……喜ばせて差し上げたくて」
「ありがとうございます。きっと喜びますよ」
これまで色々あった二人だが、なぜか御互いを憎めないドラゴとグスタフスベリ。
……悪い人間ではないな。うん。
両人似たような感想を抱き、厨房の熊さんと王宮官吏の不可思議な交流は続いた。
ちなみにグスタフスベリへ姑息な毒を注ぎ込んだバカな貴族どもは、ロメールによって要職を逐われている。
小狡い貴族どもに踊らされたグスタフスベリだが、彼のファティマに対する忠誠は本物だ。
その真摯さはドラゴやロメールにも伝わっていた。
「来ました。今日のおすすめは何でしょう」
「さくらんぼですな。もうじき、李や桃も熟れてきます」
「良い匂いですね。この庭は、とても気持ち良い」
吹き抜ける風が通わせる甘い香り。それを堪能しながら、二人は果樹の間を見つめる。
そこには、よちよち歩きの子供たち。
後宮深くにいるだろう愛娘に想いを馳せるドラゴは、目の前の子供たちに面影を重ねた。
まさか、その本人が我が子の中に眠っているとも知らずに。
こうして、小人さんの置き土産を巡る騒動は落ち着き、しばらくして帰還する愛娘様。
そんな未来の用意されたフロンティアは、今日も明日も平和です♪







