書き下ろしSS
[小説版]包帯公爵の結婚事情 1
再会の夜会
美しい旋律に合わせて、声を乗せる。
音楽に身を任せれば、どこまでも行けそうな気がしてくるから不思議だ。
(この声が、歌が、あなたに届きますように)
シエラは歌いながら、初恋の人を想う。
かつて自分の心を救ってくれた少年を忘れたことはない。
また会いたいと願いながらも、無理だと分かっていた。
だって、シエラは少年の顔も名前も知らない。
知っているのは、声だけ。
多くの夜会に参加しているが、どこにもいなかった。
声だけで人を探すなんてできっこない。
それでも、もしかしたらという希望がシエラの中にはずっとあった。
あの日、恋を知ってから七年が経つ。
十四歳になったシエラは、クルフェルト楽団の一員として立派に歌えるようになっていた。
女神の加護も得て、【盲目の歌姫】として夜会に引っ張りだこの毎日だ。
(わたしが今こうして歌っていられるのは、あなたのおかげです)
シエラは今日も心を込めて歌を歌う。
ヴァンゼール王家主催の華やかな夜会。
クルフェルト家は国王の依頼で夜会のために曲を作る。
今回父が書き下ろした曲は、切なくも美しい旋律が魅力的だ。
もう会えない大切な人に向けた曲で、たとえ離れていても心はつながっているのだと優しく包み込んでくれる。
(もし、もう一度会えたなら……わたしはあなたにちゃんとお礼を伝えたい)
泣いてばかりで、何も言えなかった幼い自分。
どれだけ少年の存在に救われたのか、伝えたい。
「きゃーっ!」
シエラが心を込めて歌っていると、突然悲鳴が聞こえた。
人々のざわめきと恐怖の声が耳に届く。
演奏も止まり、大広間の空気は一変する。
(一体、何が起きたの?)
シエラの視界は真っ暗で、何も見えない。
そんな中で、ある人が核心をついた言葉を放った。
「ほ、【包帯公爵】よ……なんて恐ろしいの!」
【包帯公爵】の異名を持つのは、ベスキュレー家当主アルフレッド。
〈ベスキュレー家の悲劇〉唯一の生き残りで、包帯に身を包んだ姿は皆から恐れられている。
シエラはとても辛い経験をされた方だという認識だったが、皆は見た目と悪い噂に怯えてばかり。
人前に出ることを嫌っていると聞いていたが、今日は珍しく夜会に出席しているようだ。
(……実際は、どんな方なのかしら?)
シエラは興味津々で耳をすませる。
「邪魔だ。用があるのはお前たちではない」
感情もなく冷たく言い放った彼の声に、シエラの心臓は跳ねた。
信じられないが、自分の耳は嘘をつかない。
(よ、ようやく見つけたわ……!)
ずっと探し求めていた初恋の人。
あの時シエラを救ってくれた少年の声で間違いない。
たとえ七年経ち、声色がほんの少し変わっていても分かる。
恐怖に怯える人々の中、シエラだけは歓喜に震えていた。
急がなければ、彼がどこかへ行ってしまう。
シエラは思わず声がした方へと足を踏み出すが、誰かに阻まれる。
「シエラ、危ないだろう!」
「お、お父様、離してください! ……わたしは、あの方に話が」
目の見えない娘がいきなり一人で歩き出そうとしたので、心配性の父が止めたのだ。
けれど、シエラは止まれない。
「ベスキュレー公爵様と、お話がしたいのです」
「何を話すというんだい? あんな恐ろしい方がお前の話を聞いてくれるはずがないだろう」
「でも……っ!」
ようやく見つけたのに、また何も言えないままで終わってしまう。
そんなのは嫌だ。しかし、父の腕を振りほどこうとして、はたと気づく。
(いきなり出て行って、何と声をかければいいの? あの日のことを忘れているかもしれないのに……)
忘れている。いや――忘れたいかもしれないのに。
〈ベスキュレー家の悲劇〉は、ベスキュレー家の人々と職人たちが大勢亡くなった悲惨な事故だったという。
幼かったシエラは自分のことで精いっぱいで、彼が何故あの場所にいたのかを考えたこともなかった。
(自分も辛い状況だったはずなのに、わたしを救ってくれたのですね……)
どれだけの哀しみと傷を抱えて生きてきたのだろう。
【包帯公爵】という異名で人々から恐れられ、心無い言葉を向けられて。
アルフレッドという人間を知らないまま、あの日の礼だけ伝えるなんてしたくなかった。
(わたしは、アルフレッド様とちゃんと知り合って、お話がしたい)
どこの誰だか分からなかった初恋の人の正体が分かったのだ。
それだけでも、一歩前進だ。
これまでずっと初恋の記憶を大切に持ち続けてきたけれど。
(……これからは、ちゃんと片想いができるのね)
記憶の中の彼ではなく、今存在している彼に恋ができる。
あの日のお礼を伝えるのは、そのあとでいい。
「演奏を再開しよう」
父の合図で、再び会場内には音楽が鳴り響く。
【包帯公爵】の姿はもうない。
(待っていてください。いつか、わたしはあなたに想いを伝えますから)
シエラは、彼にも聞いてもらえるよう張り切って歌った。
――この時はまさか、アルフレッドと三年後に結婚することになるなんて思ってもみなかった。







