書き下ろしSS

小世界の英雄叙事詩 1 “世界”を救えと言うが、別に他の“世界”も救って構わんのだろう?

しりとりはたまに本音が漏れる

「エトくん、しりとりしよう」
「え」
 お世辞にもいい天気とは言えない曇り空。
 冒険者としての一歩を踏み出した銀髪の青年エトラヴァルトは、隣で一緒に荷車で揺られる少女、同じ冒険者なイノリの突飛な提案に首を傾げた。
「急にどうした?」
 怪訝な表情を浮かべたエトに、イノリは真剣な表情で静かに問う。
「私たち、一応この商隊の護衛じゃん」
「だな。代わりに相乗りさせてもらう約束だし」
 現在、馬車は緩やかな山道を登っていて、二人は積荷に混ざって荷台に乗っている。
「護衛って、要するに危険からみんなを守るってことじゃん」
「だな。野生の獣とか、野盗とか、色々から」
「でも、今のところめちゃくちゃ平和じゃん?」
「平和なのは良いことだろ」
「それはさ、そうなんだけどさ……」
 平坦な胸元にかかる濡羽色の髪を指で弄りながら煮え切らない返事をするイノリ。
 彼女のアンニュイな声色と仕草から、エトはおぼろげにその心情を察した。
「……護衛、飽きたのか」
「………………」
 露骨に逸らされた黒晶の瞳から確信を得る。
「イノリ」
「……ぐう」
「先回りでぐうの()を出すな」
「だってえ……!」
 敗北前提な少女の醜い足掻きに嘆息しながら、エトは諭すように口を開いた。
「今の俺らは雇われの身だから、対価のぶんはきっちり働かなきゃだろ」
「うう……エトくんが正論で殴ってくる」
「まあ、気持ちはわかるけどさ」
 イノリの集中力の無さを咎めながらも、エトはある程度は仕方がないことだと理解を示す。
「こういう何もない時が一番しんどいのは事実だからな」
「冒険者の護衛をつけるくらいだから、もっとバンバン危険なことが起こると思ってたのに——」
「蓋を開けたら、平和すぎて気が抜けたと?」
「ぐう」
 ズバリ心情を言い当てられ、イノリはせめてもの抵抗にまたぐうの音を出した。
「ま、慣れてないうちは仕方ないな」
「そういうエトくんは?」
「俺は騎士として見張りとかしょっちゅうやってたし」
「ずるい! 私にもその忍耐ちょうだい!」
「無茶言うな」
 頬を膨らませて駄々をこねるイノリに、エトは仕方がないと、ため息をひとつ。
「……まあ、そうだな。退屈なのは事実だし、しりとりするか」
「え、いいの?」
 まさか承認されるとは思っていなかったのか、イノリは意外そうに瞬きをした。
「周囲の警戒は続けるのが条件な。お題は何にする?」
「当然続けるよ! 時間潰しだし、縛りは特になしで!」
「わかった」
 あからさまに元気になったイノリに苦笑しつつ、エトは一度周囲の安全を確認してから始めた。
「俺からな。しりとり」
「じゃあ、りんご」
「ゴーレム」
「む……蒸し焼き」
「筋肉」
「串焼き」
「……。キツツキ」
「きびだんご」
「……なあ、イノリ」
「なに?」
「腹、減ったのか?」
 エトの問いに——ほんのりと。イノリの頬が赤くなった。
 つつう……と、ぎこちなく目を逸らす。
「な、なんでわかったの」
「お題を縛ってないのに食べ物関連しか出てこないからだよ」
「はっ——!?」
「まさかの無意識」
 蒸し焼き、串焼きの流れでは“き”で攻めてくるのか? と推測したエトだったが、間髪入れずに“きびだんご”が返ってきた時点で一気に確信を得た。 ——コイツ食欲に支配されてやがる、と。
「昼まで我慢な」
「耐えられるかなあ……」
「耐えてくれ。しりとりで紛らわせるから」
「お願い。それじゃあエトくんから、きびだんごで」
 二人して、気を取り直してしりとりへ。
 エトは念の為周囲の安全を再確認してから再開した。
「ご、だよな。んじゃあゴリラ」
「ら……ライ(むぎ)
「ギルド」
「ドーナツ!」
「つ、……(つえ)
「エビ!」
「いや食欲よ。び、貧乏(びんぼう)
「ウミウシ」
「それ食い物なの?」
「わかんない」
「そうか……収入(しゅうにゅう)
「う……(うし)!」
支出(ししゅつ)
「……ねえ、エトくん」
「なんだ?」
「お金、心配なの?」
 イノリの労るような眼差しに、エトはそっと目を逸らした。
「……食費が、嵩みそうだなって」
「私そこまで食いしん坊じゃないよ!?」
 “食費”というあからさまに狙い撃ちな心配事に、イノリはカッと顔を熱くした。
 衝動でエトに掴み掛からなかったのは、辛うじて残っていた護衛としての責任感ゆえか、空腹ゆえか。
「おかしいなー。私の想定だともっとのんびりしたしりとりになるはずなのに……。なんでこう、遠回しに悩みが反映されるゲームになってるのかな?」
「反射的に答えると無意識に思考が引っ張られる疑惑があるな」
「なんか真面目な考察になってる……」
 しりとりから思考のからくりに話が逸れるのは提案者のイノリも予想外だった。
「でもそっか。お金の問題はちゃんと解決しなくちゃいけないよね」
「そこで足踏みするのは時間のロスだからな」
 冒険者の頂点、第一級の金級冒険者になるという志を共にする二人にとって、金銭面はあくまで冒険のための準備段階。懐事情の安定は手段であって目的ではないのだ。
「冒険者やりながらでも片手間に稼げる仕事が欲しいな」
「不労所得ってやつだね」
「理想は、な」
 実際のところ、そんな収入を得る方法はないに等しいことをエトは理解している。
 冒険者はその性質上、一つの場所に留まることが殆どない。よって、候補に上がりやすい不動産などとは管理問題の側面から相性が悪い。あとそもそも初期投資の資金が足りない。
「まあ無理な話だよなあ」
「結局は魔物を倒して生計立てるしかないよねー」
 だから、届かないとわかった上での戯言だ。
 が、ふと。
「でもさエトくん」
 何かピンと来たように、イノリは胸の前でポンと手を叩いた。
「本を書けば良いんじゃない?」
「本を……?」
 突然何を言い出すんだコイツは、と。エトは本日二度目の怪訝な表情を浮かべた。
「そう、本!」
 そんなことは意に介さず、イノリは会心の発想だとドヤ顔で案を述べる。
「ほら、たまに『これが私の半生です』って書いてるやつ、あったりするじゃん」
「ああ、回顧録ってやつか。昨日行った本屋にもあったな」
「そうそれ! 私たちの冒険者としての活動を本にすれば、活動実績を損なわずに出せてお得じゃない!?」
「なるほど、それで回顧録……」
 全くもって不可能な展望とは言い切れないとエトは考える。なにより、イノリの言うとおり冒険者稼業に邁進すれば必然的にネタが集まるのがいい。
「……いや、キツイだろ」
 しかし、エトはすぐに難色を示した。
「やっぱり伝手とかないとダメかな?」
「それもあるけど……伝手とか色々クリアしたとして、俺らみたいな駆け出しの自伝、読む奴いないだろ」
「それは………………………うーん。案外いるんじゃない?」
「そうか?」
 エトの懐疑的な声にイノリは軽く頷く。
「だってほら、私たちってこれから金一級を目指すワケだからさ。波乱万丈は確定してるようなものじゃない?」
「…………」
 エトは静かに顔を覆った。なお、護衛をサボるわけにはいかなかったので指の間で視界は確保していた。
「そうか……そうなるのか…………」
 嫌な納得をしてしまったと、エトは苦い表情を浮かべる。
 エトは故郷の財政難を解決するために。
 イノリは生き別れの兄と姉を見つける手掛かりを得るために。
 最速最短で成り上がるために過酷な道を歩むことを決めたのだ。
 仮にこの誓いの通りの道を進むのであれば、二人の回顧録は、それはもう波乱万丈の体現となるのは間違いなかった。
「……でもさイノリ。仮に書けたとして、デカい問題があると思うんだ」
「なに?」
「そんなもの書けるようになって、あまつさえ売れるようになってる頃にはさ——」
「あっ……」
 その先を察したイノリから明らかに元気が失われ、エトも『そう上手くはいかないよなあ』とため息をついた。
「俺ら、冒険者として金一級……とまでは言わなくても、そこそこ良いとこまでいってそうなんだよな」
 ——生き残っていればって前提になるけど。
 そう付け足して、エトは少しだけ立ち上がって周辺の状況を把握。差し迫った危険がないことを前後の御者に伝えてから荷台に座り直した。
「そっかあ……良い案だと思ったんだけどなー」
「冒険者と並行できるって点は有りだったんだけどな」
 残念ながら二人が理想とする結果には繋がらなさそうだった。
「妄想してないで地道に稼げってことか」
「そうなるねー。……そういえばエトくん、しりとりってどこまでやったっけ?」
「そういや元はしりとりだったな……」
 暇つぶしで始めたゲームから不労所得の皮算用を始めるなど、現実逃避ここに極まれり。
 が、本来の意図とは違うが暇をつぶすという意味では成功と言えなくもなかった。
「どうする? 続けるか?」
「うん。せっかくだしお昼まで続けよ」
「ならイノリから、支出だから“つ”だな」
「よし! それじゃあ、つくね!」
「間を挟んでも食欲よ。(ねこ)
「小麦粉!」
「きっちり“こ”で返すのか。えっと……」

 その後のしりとりは変な邪念が混ざることなく、時間潰しとしての役割を存分に発揮した。
 そうして暫く。
 昼にかけて雲が晴れ、照りつける日差しに目を細めるようになった頃、先頭を行く荷馬車から後方に声が飛んだ。
「おーい! ここ抜けたら一旦止まって飯にするぞー!」
 その報せに、真っ先にイノリが目を輝かせる。
「だってエトくん! あ、ゴマね」
「ようやくか。んじゃ麻痺(まひ)で」
「ひ、ひ……昼ごはん! ——あ」
「あ」
 弾む心のままにイノリが口走った単語は、“昼ごはん”。見事に“ん”を踏んでしまったイノリの文句のつけようがない敗北だった。
 しかも、食欲としりとり、どちらにも負ける完敗だ。
 敗者の少女は自分の迂闊さに頭を抱えた。
「やっちゃった……!」
「自分から飛びつきにいったな。まあちょうどよかったんじゃないか? イノリ、準備」
 エトは自分の防具の留め金などを確認しながら、イノリにも同様の仕度を促した。
「止まる前に周辺の安全確認だ。何かあった時のためにいつでも戦えるようにするぞ」
「わかった!」
 先頭が減速したことで、波及して徐々に隊列の速度が落ちていく。
「雇われた分はしっかり働くぞ!」
「うん! こういうとこからきちんと稼がないとね!」
 頷きあって、二人は頃合いを見計らって荷台から飛び降りた。

 過酷な冒険と冒険の幕間を繋ぐ、ほんの少しの休憩時間。二人の新人冒険者は、明日の食費を稼ぐために、金級冒険者になるために、目の前の護衛の仕事に邁進した。

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