書き下ろしSS

族と移住した先で隠しキャラ拾いました 2 もふもふ王子との結婚

「アンネリーエのお楽しみ」

 わたくし、アンネリーエ・エックホーフは、先ほど手に入れた本を胸に抱きしめて、うっとりと息を吐き出した。
 本を抱えて本屋から出たわたくしは、その足でいそいそと近くのカフェに入る。
 わたくしのあとを侍女が黙ってついてくるが、その表情は「またか」というもの。あら仕方がないでしょう? だって、推し作家の新刊が出たんですもの!
 先に言っておくが、別にわたくしはそれほど読書家、というわけではない。ただ、あるジャンルの本をこよなく愛しているだけだ。
 そう、わたくしが愛してやまないのは、一人の男性を取り合って女性二人(場合によってはそれ以上)がバチバチと激しくやり合う泥沼愛憎ロマンスファンタジーだ。
 何ならヒーローは影が薄くても構わない。わたくしが読みたいのは女同士の熱き戦いなのだ。「泥棒猫!」「白豚!」と口汚くののしり合いながら掴み合いのバトルに発展すれば尚よし。もちろん、陰湿な知能バトルもいい。
 そして、この手の物語でわたくしが絶対に譲れないのは、守られヒロインでないことである。ヒーローに守られ庇われて、いつの間にか悪役令嬢たちが退場するような物語はお呼びでない。ヒロイン自らライバルを蹴散らしていくのがいいのだ。
 それをヴィルヘルミーネ様に言ったらあきれ顔で「わたしは平穏がいいわよ。恋人を誰かと取り合いたくないわ」なんて言っていたけど、わたくしは確信しているわよ? ヴィルヘルミーネ様はもしも愛するライナルト殿下を奪おうとする女が出たら応戦するってね。あの方が泣き寝入りするはずなんてないもの。絶対に腕まくりして「いい度胸だ、やられる覚悟はできてるんだろうな」と言わんばかりに戦いに行くタイプだわ。
 実を言うと、ヴィルヘルミーネ様がマリウス殿下をラウラ・グラッツェルに取られた時に、ちょっと期待したのよね。女同士の熱き戦いを。だけど、考えてみたらラウラは卑怯だからヒーローに告げ口して庇ってもらうタイプでしょうし、ヴィルヘルミーネ様もそこまでしてマリウス殿下を奪い返そうと思っていなかったみたいで、結局面白い展開にはならなかった。ま、ヴィルヘルミーネ様はマリウス殿下にはもったいないから、それは別にいいんだけど。
 今はライナルト殿下に愛されて幸せそうだし。
 ただ一つ不満を言うのなら、ライナルト殿下はほかに目もくれないほどヴィルヘルミーネ様を溺愛しているから、たとえライバルが現れても泥沼バトルには発展しそうにないのよね。あーあ、残念。ヴィルヘルミーネ様が相手を蹴散らして高笑いする様を見たかったんだけど。
 ……こんな本音を口にしたらヴィルヘルミーネ様に怒られそうだから言えないけどね。
 今日ゲットした新刊も、もちろんヒーローを取り合う女性同士の泥沼バトルだ。
 到着したカフェで紅茶とケーキを頼んで、わたくしはいそいそと本を開いた。
 侍女は黙ってテーブルを挟んでわたくしの向かいに座っている。読み終わるまでわたくしが動かないことを知っているから、何も言わずに紅茶を飲んでいた。
 しばらく夢中で本を読み進めていると、何やら店内が騒がしくなってきた。
 わたくしは本を読んでいるときは周りの音が気にならなくなるタイプだけど、侍女に軽く腕のあたりを叩かれて顔を上げる。
「どうしたの?」
「お嬢様、あれを」
 いったい何事だろうかと思って首を巡らせると、カフェの入り口で二人の女性がバチバチと睨みあっていた。
 ……まぁ♡
 そこにいたのはイングリット・ゲーゼ伯爵令嬢とリゼロッテ・イェシュケ伯爵令嬢である。
 あの二人はカールハインツ様を巡って前々から熱きバトルを繰り広げているのだ。
 お美しいお顔立ちのカールハインツ様はわたくしの最推しである。わたくしの部屋にはこっそり描かせたカールハインツ様の肖像画がたくさん飾られていた。だけど、あの麗しいご尊顔よりなによりわたくしをときめかせるのは、彼を巡ってリアル恋愛小説劇場が繰り広げられることである。
 カールハインツ様は老若男女問わず女性に大人気だけど、一番熱い戦いをしているのはイングリットとリゼロッテである。もう最高。手元にうちわがあったら振り回して喝采を送りたいくらいよ。
「今日はどっちが勝つかしら?」
「仲裁に入らないんですか?」
「入らないわよもったいない。それに、わたくしはか弱いから喧嘩の仲裁なんて無理よ無理」
「……か弱い」
 侍女が半眼になったが、嘘は言ってないわよ? わたくし、腕力ないし、魔術も使えないもの。雌の肉食獣のごとき鋭い爪を隠し持っているようなあの二人の間に入ったら傷らだけになっちゃうわ。だから見る専門なの。
 聞き耳を立てていると、どうやらあの二人はこの店のケーキを持ってカールハインツ様に会いに行こうと企んでいるらしい。
 ヴィルヘルミーネ様は現在、瘴気溜まりの浄化のためにロヴァルタ国の王都に向かっているけれど、カールハインツ様はお留守番なのよね。カールハインツ様のお見合いパーティーの前に、彼の気を引こうってそういう魂胆ね。そして、タイミングがばっちりかぶっちゃった、と。
 ……なぁいすタイミ~ング!
 こんなおいしい場面を見逃すなんてあり得ない。わたくしは本に愛用のしおりを挟むと、わくわくと拳を握り締めた。
 あの明言は出るかしら? そう、「泥棒猫!」「白豚!」というあれよ、あれ。リアルで聞きたいわ~!
 わっくわっくしていると、二人はケーキのショーケースを指さして「これはわたくしのよ!」「いいえわたくしのよ!」とケーキの取り合いをはじめた。お土産にと狙っていたケーキがかぶったらしいわね。
「お嬢様お嬢様」
「今いいところなのよ」
「いえ、そうではなく」
 夢中になっていたわたくしは気がつかなかったが、いつの間にか二人の侍女がわたくしたちのそばまでやってきていたらしい。
 何かしらと顔を上げると、イングリットとリゼロッテのそれぞれの侍女が、二人の喧嘩をどうにかしてほしいとわたくしに訴えかけた。
 ……え? 無理ですけど?
 だが、伯爵令嬢の戦いに、カフェの店員はおろか、この場にいる誰も口が挟めない様子。この場にいる中で彼女たちに近しい身分であるエックホーフ伯爵令嬢であるわたくしに何とかしてほしいってことらしい。
 ……え~、今からがいいところなのに。
 と思ったが、カフェの店員やお客さんたちがとっても困った顔をしているのを見て、わたくしは仕方なしと諦めた。
 あの二人の中に割って入るのは怖いが、彼女たちを落ち着かせる方法がないわけじゃない。
 わたくしは立ち上がり、そそそっと二人のいるところまで歩いて行くと、騒いでいる二人の耳元で囁くように告げた。
「最近のカールハインツ様のお気に入りは、ザルデルンのオランジェッタですわよ」
 ザルデルンとは、ここから馬車で十分ほどの場所にあるチョコレートのお店だ。そこで売られているオランジェッタは絶品で、カールハインツ様は頻繁にお取り寄せしている。この情報はヴィルヘルミーネ様から聞いたものだから間違いないはずよ。
 二人はぐるんと血走った眼でわたくしを見たのち、我先にとカフェを飛び出していく。
 ふぅ、これで静かになったわね。
 え? この後ザルデルンが大変なことになるんじゃないかですって? 大丈夫よ。だって今日は、定休日だもの。ほほほほほ。
 さ、静かになったし読書の続きをしようかしらね。
 二人の侍女はわたくしにお礼を言って主人を追いかけて慌ただしくカフェを出て行く。
 リアル恋愛小説の泥沼バトルが見られなかったのは残念だけど、カフェの店員から騒ぎを収束してくれたお礼にって新作ケーキをサービスしてもらったから、まあ、今日のところはよしとするわ。
 ふふふ、だって機会はまだあるもの。
 カールハインツ様のお見合いパーティーという機会がね!
 ああっ、た・の・し・み♡

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