書き下ろしSS

約破棄されたのに元婚約者の結婚式に招待されました。断れないので兄の友人に同行してもらいます。 3 アルベス編

観察と分析の結果 〜ある男の好みとは〜

「ねえ、リオル伯父さん。アルベスってどんな人が好きだと思う?」
 そう口にするアルロード王子は、整ったきれいな顔にまるで大人のような難しい表情を浮かべていた。その隣に座るとてもよく似た顔立ちのリダリア王女も、クッキーに手を伸ばしながらため息をつく。
「フィルに『絶対に手出しするな』と言われたけど、アルベスの好みは知りたいよねー」
 国王ロスフィールの子たちは双子。銀髪と紫色の目の、極めて美しい子供たちだ。ただし元気の良さは先祖返りと言われていて、脱走のたびに王国軍の騎士たちが本気で追いかけている。
 しかし優れているのは容姿と身体能力だけではない。大人顔負けの頭脳も持っていて、今はお気に入りの遊び相手アルベスのことで悩んでいるらしい。
 ドートラム公爵という地位より、王姉ハルヴァーリアの夫君として知られているリオルは、遊びに来ている双子たちを見ながら首を傾げた。
「君たちはアルベスくんとよく接している。何か気付いたことはないのかな?」
「んー、派手な格好の女の人は苦手みたいかなー?」
「もじもじする人より、元気な女の人の方が話しやすそうにしているよ!」
「流行のお洒落とかの話は、興味なさそうだったね」
「王宮薬師さんとは楽しそうに話をしていたかも。おばあちゃん薬師だけど」
「そうだね。何かの専門家と話す時は、相手が女の人でも楽しそう。あとは……たぶん、お化粧をする女の人の心理は理解できていないと思う!」
「あ、よく騎士にいるよね! 顔にそんなにベタベタ塗りたくらなくても、なんて言って振られるタイプ! でも……アルベスはそういう振られ方はしない気がする。なぜかな?」
 双子たちは腕組みをして悩んでいる。
 穏やかに微笑んだリオルは、お茶にミルクと砂糖をたっぷり入れて双子たちの前に置いた。
「アルベスくんは、相手の考え方を否定しないからね。お化粧で例えるなら、厚化粧にもきっと意味があるのだろうと受け入れようとすると思うよ」
「なるほど! アルベスって度量が大きいんだ!」
「でも、そうなるとお相手の範囲がすごく広がりそうだね!」
「すごい太っ腹!」
 双子たちはケラケラと笑った。でもすぐに真顔になって、また悩み始める。
「そこまで太っ腹なのに、なぜ結婚していないんだろう」
「絶対に結婚しなければいけない、とは考えていなかったからだろう?」
「そうなんだけど……」
 まだ悩んでいる双子たちに、リオルは声をひそめて囁いた。
「アルベスくんは、まだ運命の人に出会っていないだけかもしれないよ?」
 リオルの言葉に、双子たちははっとしたように顔を上げた。
「そうか、さすがハル伯母さんの運命の相手!」
「リオル伯父さんが言うと、すごく説得力がある……!」
「出会いというものは時期があるからね。だからアルベスくんは、これから運命の人に出会うかもしれない」
 ハルヴァーリアの結婚相手がなかなか決まらなかったから、二歳年下のリオルにチャンスが回ってきたように、今まで結婚していなかったことで、これから出会う人と恋ができるのだ。
 そう言外に語り、リオルは双子たちに片目をつぶってみせる。聡明な双子たちは顔を見合わせ、大きく頷いた。
「そうだね! きっとこれからだよ!」
「じゃあ、アルベスはどんなタイプが苦手だと思う?」
「派手なお洒落をしている人とー、興味の範囲が狭そうな人とー」
「あとはね、ハル伯母さんタイプは無理だと思う!」
「うん、絶対に無理だね! でもハル伯母さんにはリオル伯父さんがいるから、それでいいよー!」
 双子たちはまたケラケラと笑う。
 ドートラム公爵リオルはにこやかに見ていたが、ふとつぶやいた。
「しかし、君たちの分析は悪くない。とするとアルベスくんと相性が良さそうな女性は……」
 何かを考え込む様子に、双子たちは目を輝かせた。
 でも、手出し禁止の約束を破るつもりはないようで、自分の口を両手で押さえ、くすくすと笑っていた。

     ◇◇

 ラグーレン子爵夫妻がドートラム公爵邸に招かれたのは、結婚して一ヶ月が過ぎた頃だった。
 婚約中から何度もドートラム公爵夫人——王姉ハルヴァーリアに招かれていた二人だが、結婚後は初めてであるために多少緊張していたようだ。
 しかし、王姉ハルヴァーリアはいつも通りに親しげで、いつしかセシリアは若い侍女たちも交えた懇談を楽しんでいた。
 そんな様子を少し離れたところで見ながら、アルベスはふうっと息を吐く。向かいで葡萄酒を飲んでいたドートラム公爵は、おかしそうに笑った。
「アルベスくんは、相変わらずハルさんの前では緊張するようだね」
「……修行が足りず、お恥ずかしい限りです」
「仕方がないよ。ハルさんは王家の血がとても濃く出ているから」
 そう言って何でもないことのように笑うが、ドートラム公爵は圧倒的な気をまとわせる女性とごく自然に接している。
 アルベスは騎士時代と変わらない尊敬の念を向け、それからふと首を傾げた。
「……実は、閣下に伺ってみたかったのですが」
「何かな?」
「閣下は、セシル先生を騙す形でお茶会の席に送り出したことがあったと聞いています。悪戯好きな双子たちならともかく、閣下がそのようなことをしたのは、何か意図があったのでしょうか」
「ああ、あの時のことか。アルベスくんはどう思う?」
「それは……その、私に関する意図があったのではないかと」
「その通りだよ。でもあの時にはすでに、君たちは知り合った後だったそうだね。縁結び役になれなくて残念だった」
「……実は閣下のおかげで、セシル先生と言葉を交わす機会が増えました」
「おや、そうだったのか。では君の役に立てたのかな?」
「はい」
 アルベスは大きく頷き、改めて姿勢を正して騎士そのものの堅苦しい礼をした。
「閣下のご配慮に、心より感謝申し上げます」
「おやおや、君は相変わらず真面目だね」
「しかし、なぜ閣下は先生と私を……? 正直、私たちには接点がないように思えるのですが」
「そうでもないよ。アルベスくんには、セシル先生のような女性がいいはずだと私は確信していたから」
「——それは、どのような理由からでしょうか?」
「観察と分析と……あとは勘かな」
 ドートラム公爵は緩やかにそう言って、ハルヴァーリアがこちらを見ていると気付くと、とても優しげな笑みを浮かべて手を振った。
「ただし、観察と分析は、私一人の力によるものではなかったけれどね」
「それは王姉殿下でしょうか」
「ハズレだ。もっと君のことをよく見ている子たちだよ」
「…………えっ?」
 アルベスは戸惑ったようにつぶやく。
 にっこりと笑ったドートラム公爵は立ち上がった。
「さて、ハルさんが君を話し相手としてご所望のようだ。セシル先生との出会いについて、根掘り葉掘り聞かれると思うよ。覚悟しておくように」
 それを聞いた途端、アルベスは一気に顔を強張らせてしまった。

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