書き下ろしSS
滅亡国家のやり直し 今日から始める軍師生活 Ⅲ
ノースヴェルの依頼
王都ルデクトラドとゲードランドを結ぶ、街道完成式典のその日、
「おいロア。ちょっといいか」
そんな風に声をかけて来たのは海軍司令ノースヴェル様だ。
「はい。どうしました?」
「例の船が準備できた。式典の後でいいからちょっと見てくれ」
「あ、もちろんです」
役に立つかはともかく、僕の船という響きはなんだか気持ちが盛り上がる。
「それとついでに相談がある」
「相談ですか? 構いませんけど」
「そうか、助かる」
そこまで話したところで、ラピリア様が割って入ってきた。
「何? 何の話? ロア、また絡まれてるんじゃないでしょうね?」
「あ? 戦姫、お前には関係ねえよ」
「あら、ご挨拶ね。少し聞こえていたわよ。頼み事がなんとか。なら私も同席するわ」
「は? 来んな」
「お断りよ。またロアに掴みかかるかもしれないじゃない」
「するかよ!」
「したでしょ?」
……かくも相性の悪い2人を宥め、とにかく僕は、ラピリア様と一緒にノースヴェル様の相談に乗る事にしたのである。
式典は大盛況のうちに幕を閉じた。
ゲードランドの民よりも、むしろ港に出入りする、南の大陸の商人から大きな歓声があがっていたのは印象深い。
ルルリアの言葉の通りなら、南の大陸の方が、僕らの大陸よりも街道整備が進んでいる。南の大陸の商人達にとって、僕らの国の街道の未熟さはかなり不満だったようだ。
歓声を受けて満足げなゼウラシア王。
そして式典は何事もなく終幕を迎え、僕らはノースヴェル様の執務室へと招かれる。
執務室は綺麗に整えられ、壁際の棚には他国の珍しい調度品が並んでいる。かなりセンスの良い部屋だ。
「まあ適当に座ってくれ」
言いながら、自ら紅茶を準備してくれるノースヴェル様。手伝おうとすると、手で制された。
「これは俺の趣味だ。人には任せられん」
そう言って待たされる事しばし、香り高い紅茶が僕らの前に並べられた。
その香りに反応したのはラピリア様。
「珍しい茶葉ね」
「ほお、分かるか。南の大陸産だ。結構貴重なやつだな」
話を聞きながら一口含む。少し酸味の強い味わいが口の中に広がった。
「……ジャム入れたい」
ラピリア様がぽそりと呟く。
「ジャム? ねえぞ」
「持ち歩いているから大丈夫よ」
いそいそとジャムの瓶を取り出すラピリア様。それを見て呆れるノースヴェル様。
「まあいい。好きにしろ。それよりも本題だ」
「はい。僕に頼みたいことっていうのは?」
「ああ。ちょっと料理を考えちゃくれねえか?」
「料理ですか?」
「ロアは料理に詳しいんだろ?」
「え? 全然詳しくないですよ?」
「謙遜すんな、瓶詰めを作ったり、壊血病に野菜が効果的なのを知ってたり、あの生意気な帝国の姫とも料理で懐柔したらしいじゃねえか」
言い方。それに、情報が若干歪曲して伝わっている気がする。僕が再度否定するも、「いいからとにかく話を聞いてくれ」と、続ける。
「お前の瓶詰めのおかげで、海軍の食生活はだいぶ改善された。まずは礼を言う」
「はあ、それは何よりです」
「でだ、良い機会だからこの際、食事そのものを見直そうと思ってな。うまいもんが食えりゃあ、部下どもの気分も違う。それに、海軍に入ればうまい物が食えると噂になりゃあ、人も集まるってもんだ」
なるほど、意図は理解した。長期間海の上に滞在する船乗り達の日常生活が豊かになれば、それはとても良い事だ。
とはいえ、僕に頼られても困るのだけど。料理……料理か。なにかあったかな?
「ちなみに、今の食事ってどんな感じですか」
「塩漬け肉と、焼き固めたパン。それに酒。魚を釣って食う事もある。そこに瓶詰めが加わった。特に壊血病に効くと聞いたササールが中心だ」
「他には?」
「ほぼ毎日、これだな」
……ほぼ毎日かぁ。さて、僕の知る未来ではどんなものを食べていたんだろう。
「ちょっと考えさせてください」
そのように断って、僕は過去の未来の記憶を弄る。船に乗る機会は少なかったけれど、港町で日銭を稼いだことは度々あった。その時に船乗り達が食べていたもの……。
「あ。そうだ」
「お? なんだなんだ?」
「そこまで日持ちするわけでもないんですけど」
「そこまでってことは、多少は持つって事か」
「はい、まあ多少は」
確か、〝あれ〟は15年くらい未来に、シューレット王国の港町から流行り始めた。一応船乗りの保存食にも使われているって聞いたことがある。
「肉を叩いてミンチにするんです。なるべく細かく」
「ほう」
「で、こう、適当な大きさに丸めて焼く」
「ほう? なんでミンチにするんだ?」
「この方法なら、安くて硬い肉でも柔らかく食べられるからです。だからなるべく細かくしてください」
「そりゃあいいな。んで」
「それだけです」
「それだけ?」
「はい。その焼いたミンチ肉を、パンに挟んで、一緒に瓶詰めの野菜も挟んで食べます。もし準備ができるならちょっとしたソースを塗っても良いですね」
「……少しうまそうだな。なんて料理だ?」
「僕が聞いたことのあるのは、バーグと呼ばれていました」
「バーグ……。よし、安い肉でもできるってのが気に入った! 早速試してみるわ!」
「はあ。でも、焼いた肉の保存期間とかは詳しくないですよ?」
「何、安い肉で試せるなら構いやしねえよ」
「ですか」
「やっぱお前に相談して正解だったぜ! ありがとな!」
「いえいえ」
こうして僕が伝えたバーグ。
意外に繊細で研究熱心なノースヴェル様のたゆまぬ研究の末、僕の知らぬうちに、ゲードランドの新たな名物として広がってゆく事になる。
