書き下ろしSS

亡国家のやり直し 今日から始める軍師生活 Ⅳ

シュタイン邸にて

 僕らはレイズ様を先頭に、レイズ様の邸宅へと向かっていた。
 ふたつの荷車に山と積まれた代物を、シュタイン邸に運ぶためだ。

 布をかけて衆目から隠すように運んでいる中身は、ドリューが発明した数々の道具。その中でもレイズ様が『念の為確保』と決めた物を、シュタイン邸に保管するのである。
 使えるか使えないか分からない代物をわざわざ時間をかけてシュタイン邸まで運んで保管するのは、ひとえに第一騎士団のせい。
 これら、ドリューが発明したものをうまく活用して、レイズ様は各地の戦いを有利に進めることがあった。
 際立った活躍を見せるレイズ様を妬んだ第一騎士団が、
『妙な武器をその辺に転がされては、城内の美観を損なう』
 などとクレームをつけた。
 無用な軋轢を避けるため、レイズ様は自らの邸宅の敷地内にお屋敷と同じくらい大きな倉庫を建てて、ドリューの発明品を場内からそちらへと移したのである。
 以降、ドリューの造ったものがある程度貯まると、こうして荷車を引いて場所を移しているというわけ。
 荷車を引く兵士以外で道中を共にするのは、グランツ様、ラピリア様、僕と、ドリュー。レイズ様の邸宅にお邪魔するので、人員は絞られている。
 ドリューが一緒なのはそれぞれの道具を保管するにあたって、個別に注意点を確認するため。本人は現在、荷車の布の上にちょこんと座って、子犬を抱いたままうつらうつらしている。
 そうだった。今回はもうひとつ大事なものを運んでいる。
 それがこの子犬。
 どうやら城内に迷い込んだ野良犬を、レイズ様が保護したらしい。当初は飼うつもりもなく、引取り手を探していたそう。だけどなかなか見つからないため、仕方なくシュタイン邸で面倒を見ることになったそう。
 子犬はレイズ様にすっかり懐いており、レイズ様も満更ではない。いつも忙しいお人だから、ちょっとした息抜きに子犬を愛でるのは良いと思う。
「そういえばレイズ様」
「なんだ?」
 馬上から僕に振り向いたレイズ様。
「あの子犬、名前はつけたんですか?」
「名前……な」
 なぜか少し困った顔をするレイズ様の横から、
「リードリッヒですよね」
「なんだラピリア、まだ諦めてなかったのか、この犬はバッソという名にすべきだ」
 と、ラピリア様、グランツ様が口を挟んできたので、僕は全てを察する。
「……いっそ、どちらの名前がいいか、ロアに決めてもらおうか?」
 レイズ様がとんでもないことを言った。二人の視線が一気に僕へと向けられる。
「ロアはリードリッヒが良いに決まっているわ」
「いいや、ほれ、ロア、あの子犬の顔を見るのだ。バッソという顔をしているであろうが」
 なんという正解のない選択肢。
「……ちなみに、それぞれの名前の由来はあるのですか?」
「特にないわね」
「特にない」
 じゃあどっちでもいいのでは?
「さ、ここで決着をつけましょ? リードリッヒよね? ロア?」
「何、ラピリアに遠慮することはない。バッソで決まりだ、ロア」
 進退ここに極まれり。
 なんとかしてこの場を無難に切り抜けようと、戦場にいる時くらい頭を回転させる僕の背後で、この騒ぎに目を覚ましたドリューが「ふぁっ」と声を上げた。
 それから抱いていた子犬を軽く撫でると、
「ラック、お前も寝てたです?」
 と言う。
「ラック?」
 また新しい名前が出てきた。
「野良だったのに、レイズ様に拾われるのは運が良いです。美味しい餌が食べられるのです。だから幸運ラックです」
 今までで一番建設的な名付けである。レイズ様もお気に召したようで、
「なるほど。ルデクの平和を勝ち取るためには、幸運はいくらあっても困らんな」
 と言って、子犬の名前が決まったのである。

◇◇◇

 僕がシュタイン邸に訪れるのはこれが二度目。
 レイズ様不在の間、館の家人を取りまとめているキンドールさんが出迎えてくれた。
「皆様、お疲れ様でございます。お茶の準備はできておりますが……どうされますか」
「後で倉庫の方に持ってきてくれ」
「は、かしこまりました」
「よしでは、早速荷物の搬入を始めるぞ」
 レイズ様の音頭で、僕らは揃って倉庫へと向かう。
「あ、それは逆です。ひっくり返して保管してくださいです」
 素人目には上も下もなさそうな謎の道具に、『上面』とかいた紙を貼り付けて倉庫へ持っていく兵士。
「ドリュー、これは?」
 僕が差し出した何かが入った箱を見て、小首を傾げるドリュー。
「それはなんです?」
 僕が聞きたい。
 造って満足してしまい、ドリューの記憶からすっかり抜け落ちている道具もいくつかあった。それらは後で確認するため、横に避けておく。
 そうして実に2刻ほどたっぷり作業をしたところで、
「レイズ様、そろそろ……」
 とキンドールさんが声をかけ、一旦休憩となった。
 中庭に用意されたテーブルには、お茶とつまめる焼き菓子が。甘さ控えめだけど、疲れた体に染み入るなぁ。
 しばらくお茶を楽しみながら、取り止めのない話をしていると、
「そう言えばロアは2階の書庫の方は見たことがあったか?」
 とレイズ様。
「書庫ですか? いいえ」
 前回来た時に僕が見たのは1階の倉庫だけだ。2階が書庫になっているのも初めて知った。
「そうか、ならば良い機会だな。後で見せてやる」
 ルデク随一の知将、レイズ=シュタインの書庫。それはあまりに魅力的な提案。僕は一も二もなく首を振る。
「書庫もいいけど、まずは片付け。ちゃんと働きなさいよ」
 2杯目の紅茶にたっぷりジャムを投入しながら、僕に苦言を呈するラピリア様の足元では、ラックが丸くなって眠っていた。

◇◇◇

「これが、レイズ様の書庫……」
 結構広い部屋に、無数の紙の束がまとめられている。印象的なのは、しっかりとした装丁のものが少ないことだ。僕はそのように口にすると、レイズ様は「ああ」と頷く。
「さすがだな。この場所にあるのは、今までに私の元へと届いた各地の情報の数々だ。ちょっとした諍いであっても、戦況や敵の指揮官の特徴など可能な限り報告させている。それらを日付や地域、内容でまとめたものになる。後は私の覚え書きの類だな」
「それは……」
 とんでもないお宝だ。
 僕の絶賛にレイズ様は苦笑。
「まあ、ここに持ってきているのは、城で保管しきれなくなった情報だからな。使えないものも多いかもしれんが……」
「そんなことないですよ! なんなら数日かけて読みふけりたいです!」
「ロアなら本当にやりかねんな……。まあいい、次に同じような機会があれば、作業が終わった後は好きに目を通してもかまわん」
「いいんですか!?」
 レイズ様の前でなければ、僕は飛び上がって喜んでいただろう。
「キンドールにもそのように伝えておく」
「ありがとうございます!」
「何か役に立つようなものがあれば、こうして保管していた甲斐があると言うものだ。私が見逃した情報も、お前ならば何か気づくかもしれんな。……エレンの廃坑の時のように」
 そうか、あの時も『村から提出された書類の不備』から、異変に気付いたことになっていたんだっけ。色々ありすぎて、もう随分と前の話のように感じる。
「期待に応えられるかは分かりませんが、気になった部分があれば報告します」
「ああ、頼むぞ」

 正直すぐにでも近くにある束を手にとりたかったのだけど、残念ながら今はまだ作業中。
「レイズ様! そろそろ始めませんか!」
 ラピリア様の声が下の階から聞こえてきた。
「ああ。今行く!」
 レイズ様に付き従って、名残惜しくも僕も書庫から出る。

 結局、その日は作業に時間がかかり、書庫でのひとときはまたの機会となった。

 そして僕がこの書庫に再び足を踏み入れるのは、だいぶ時間が経った後のことになる。

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