書き下ろしSS

費が悪い聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです!(ごはん的に♪) 1

スカーレットスペシャル

 リヒャルト様は、最近とってもお疲れである。
 ステファン様が管理している町で流行風邪が蔓延して、その対処に追われていたからだ。
 わたしが作ったお薬で流行風邪がこれ以上広がるのを阻止できたようだけれど、国に提出するいろんなデータをせっせと取っていたリヒャルト様は、ここ数日、寝る間も惜しんでお仕事をしていた。ベティーナさんやアルムさんたちがそれとなく止めてくれたけれど、返事だけしてちっとも聞いてくれなかったんだって。
 ……まあ、ちょっと楽しそうだから、趣味と実益を兼ねてって感じがするけどね。
 研究者気質のリヒャルト様はデータ収集が大好きだから、仕事半分趣味半分ってところかもしれない。だけど、それでも疲れるのは変わらないと思う。
「ベティーナさんベティーナさん、リヒャルト様、今朝咳をしていましたよね?」
「そうですね。疲れがたたっているのかもしれません。とはいえ、軽い体調不良程度なら、旦那様は休みませんからね」
「癒しの力を使いましょうか?」
「わたくしとしては、そうしていただくと安心ですが、旦那様はお心だけで充分だとおっしゃると思いますよ」
 ですからお気遣いは不要かと、とベティーナさんは言ったけれど、リヒャルト様が無理をして倒れたら大変だ。
 ……うーん。でも、お薬も飲んでくれない気がするし……そうだ!
 ぴこんと名案が閃いたわたしは、にまにまと笑いながら、アルムさんを探した。

「リヒャルト様のお酒ですか? それなら書斎と寝室の棚に並べてありますが、どうしたんですか?」
「リヒャルト様の最近のお気に入りを一個ください」
「それなら、買い置きがありますけど……強い酒ですよ? スカーレット様のお口にはあわないと思いますけど」
「大丈夫です。わたしは飲みません!」
 アルムさんはますます不思議そうな顔をしつつも、「飲まない」と言ったから安心したのか、すんなり琥珀色の液体が入った瓶を一本渡してくれた。
「この酒は火がつきますからね。暖炉の側に置いたらいけませんよ?」
「わかりました!」
 こうしてアルムさんからお酒の瓶をいただいたわたしは、部屋戻ると、お酒の瓶にお薬を作る要領で癒しの力をかけた。
 お薬は癒しの力を固定させる媒体――多くは薬草を使うけれど、別に薬草でなければだめというわけでもない。
 お酒では癒しの力は不安定になると思うから、たぶん薬として長持ちはしないと思うけれど、ずっと保管したいものでもないし構わないだろう。数日、癒しの力が残っていたらそれでいい。
「で~きた!」
 わたしは癒しの力を付与したお酒を抱えてリヒャルト様の書斎へ向かった。最近ずっと書斎にこもってお仕事をしているので、今日もいるはずである。
「リヒャルト様、入っていいですか?」
 コンコンと扉を叩くと、中から返事がある。
 入っていいと言われたので部屋に入ると、書斎机の上には山のような書類があった。これが全部データかと思うと気が遠くなりそうだ。
「どうした、退屈なのか? 退屈なら、ベティーナと買い物に行っても構わないぞ」
「大丈夫です! それよりリヒャルト様にプレゼントです!」
 お酒の瓶を渡すと、リヒャルト様が怪訝そうな顔をする。
「この銘柄の酒なら、まだそこに半分ほど残っているが……」
「同じお酒ですけど同じじゃないからこれから飲んでください」
「――スカーレット、君はこの酒にいったい何をした?」
 さすがリヒャルト様。わたしの言い回しで、わたしが何かやらかしたと瞬時に判断したらしい。
 だけど癒しの力を付与したなんて言えない。飲んでくれなくなったら困るからね。
 だから、胸を張って答える。
「スペシャルにしてみました!」
 するとリヒャルト様はにっこりと綺麗な微笑みを浮かべて、ソファを指さした。
「座りなさい。詳しく聞こう」
 ……あれ?
 なんか、リヒャルト様の背後に黒いものが見えるけど気のせいだろうか。
 わたしは逃げ腰になったけれどもちろん逃げられるはずもなく、リヒャルト様の追及の嵐に屈して白状し――
 もう二度と、酒に癒しの力を付与してはいけないと、お説教された。

 ちなみに。
 癒しの力を付与したお酒は、好奇心に抗えなかったリヒャルト様が試し飲みして見て、体調を回復させるとともに集中力を異常にアップするという、わたしとしてはちっとも嬉しくないおまけ効果があったらしい。
 そのせいで、リヒャルト様が余計にお仕事にのめり込んでしまったので、いいのか悪いのかわからなかった。
 のちにアルムさんに聞いたけど、リヒャルト様は癒しの効果を付与されたお酒がとても気に入ったらしくて、わたしにそれを禁止したことをいたく後悔したらしい。

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