書き下ろしSS
燃費が悪い聖女ですが、公爵様に拾われて幸せです!(ごはん的に♪)2
タライdeプリン!
ある日、スカーレットが、自分の手をめいっぱい横に広げて言った。
「リヒャルト様、世の中にはこーんなにおっきなプリンがあるらしいです! 食べたいです‼」
目をキラキラとさせて、頬を紅潮させて言うスカーレットを見ながら、リヒャルトはすっと横に手を差し出す。すかさず、家令のゲルルフが手の上に巻き尺を載せてくれた。
「一五五・五。身長とほぼ同じ。一般的な長さだな」
「そうなんですか?」
「ああ、多くの人は、両手を横に広げた長さが身長とほぼ同じになる……ではなく」
リヒャルトはゲルルフに巻き尺を返し、こめかみを押さえる。
「その横幅は、直径か? 直径一五〇センチを超えるプリンが、世の中には存在していると?」
いくら何でもあり得ないだろう。作った人間はいったい何に挑戦したかったんだとあきれていると、スカーレットがすかさず仮面の怪盗が出てくる愛読本を差し出した。
「書いてありました。仮面怪盗が大きなプリンを盗みに行くんです!」
ああ~とリヒャルトは頭を抱えたくなった。スカーレットは純粋というか人を疑わなさすぎるというか……物語に書かれていることと現実を一緒にする傾向にある。仮面怪盗なんて世の中にはいないと諭したのが先日のこと。今度はプリンか。巨大プリン……。
ない、というのは簡単だ。しかし、この期待に目を輝かせているスカーレットに、現実を突きつけるのはいささか酷ではあるまいか。それに、所詮プリンだ。作って作れないことはない、はずである。
「ゲルルフ」
「料理長を呼んできましょう」
笑いをかみ殺しながら、ゲルルフがキッチンへ向かう。ほどなくしてやってきた我がヴァイアーライヒ公爵家のタウンハウスの料理長は、スカーレットの「大きなプリンが食べたい」の一言に戸惑いつつも、胸を叩いて頷いた。
「わかりました。スカーレット様のために、何とかしてみせましょう」
かくして、ヴァイアーライヒ公爵家では、前代未聞の「巨大プリンづくり」という戦いの火蓋が切って落とされた。
「まずは、容器を探すことからですね」
「おお~!」
スカーレットが料理長の後ろをちょこまかと追いかけながら、わくわくと拳を握り締めている。
食への欲求に忠実なスカーレットは、自分が食べたいと思ったものがもうじき出来上がると信じて疑っていないようだ。これでできなければどれだけしょんぼりすることか。リヒャルトはちょっと不安になってきた。
「なあゲルルフ。直径一・五メートルもある容器は、うちにあったか?」
「パーティー用の大皿でも、一・五メートルはないと思いますね。ましてや深さのあるものは……特注しないと無理ではありませんか?」
「だよなぁ」
料理長がキッチンの中をひっくり返して容器を探しているが、せいぜい出てきたのは直径五十センチ程度の大きなボウルくらいだった。スカーレットがボウルを手に取って、「ちっちゃい」と口をとがらせている。
(いやいやスカーレット。直径五十センチのプリンでも、充分巨大だからな)
とはいえ、すっかり自分の身長ほどの直径があるプリンを想像しているスカーレットは納得すまい。仕方なく、使用人に頼んで王都の店を回って使えそうな容器がないか探してきてもらおうか。そう思ったとき、リヒャルトとゲルルフと共にキッチンの様子を見守っていたメイドの一人が、遠慮がちに口を開いた。
「あの、旦那様。先日、洗濯用の大きな盥を新しく購入したんです。まだ未使用なんですが、それの直径がちょうど、スカーレット様の身長ほどかと」
「持ってきてくれ。ああ、重いから男の使用人を頼るように」
「はい」
メイドが男性の使用人に声をかけて、物置に盥を取りに行く。
それが使えれば、とりあえず容器は何とかなるだろうが……はてさて、そんなものでプリンは作れるのだろうか。
メイドが盥を持ってきて、それを見たスカーレットは興奮のあまりその場で飛び跳ねはじめたが、料理長は難しい顔で腕を組みながら盥を見ている。
「ギリギリオーブンには入るでしょうけど、湯煎をするための容器が……うぅむ」
やはり、王都の店まで使いをやらなければならないようだ。
「至急金物屋に行って、あれより大きな容器がないか探してきてくれ。洗濯用の盥なら、あれより大きなものも置いてあると思う。ああ、重いから馬車を使うように」
使用人に頼むと、笑顔で頷いてバタバタと玄関へ向かって駆けだしていった。なんだかんだ、我が家の使用人たちはこの珍事を楽しんでいるようである。
使用人たちが大きな盥を買いに行っている間にも、キッチンは戦場と化していた。
「卵をもっと持ってこい!」
「牛乳と砂糖が足りない! バニラビーンズももっと必要だ!」
(……思った以上に大事になってしまった)
スカーレットは楽しそうだが、プリン液を作っている料理人たちの表情には鬼気迫るものがあった。さすがに料理長の後ろをついて回っていると邪魔になるだろうからと、リヒャルトはスカーレットを呼ぶ。呼べばすぐに笑顔で駆け寄ってくるのが可愛らしい。
「スカーレット、料理人たちはとても忙しそうだから、少し離れて見ていよう」
「わかりました! どのくらいで完成しますか? 今日の晩御飯には食べられますか?」
夕食に盥プリンを食べる気らしい。
(止めるべきか否か。悩ましいな)
ダメだと言えばしょんぼりするだろう。とはいえ、いくら底なしによく食べるスカーレットでも盥プリンを食べた後で夕食を食べられるだろうか。いや、もしかして逆か? デザートに食べるのか? 盥プリンを?
「スカーレット、プリンは主食か? デザートか?」
「デザートです!」
「そうか。それならいい」
食べきれなければ残せばいいのだ。先に夕食を食べるのならば問題はない。
よほど嬉しいのか、スカーレットがリヒャルトの腕にまとわりつきながら、キッチンで動き回る料理人たちを見つめている。
「巨大プリンには生クリームがたっぷりで、たくさんフルーツが載っているんですよ! 挿絵はなかったんですけど、とっても美味しそうで……」
「生クリームの量が足りるか確認してこい! それからフルーツを買いに行けええええっ!」
スカーレットの無邪気な言葉を聞いた料理長が叫ぶ。
リヒャルトは「すまない」と心の中で合掌した。
かくして、スカーレット待望の巨大プリンは何時間もかけてどうにか完成した。
中心まで火を通さなくてはならなかったため、縁の方には鬆が入ってしまっているが、こればっかりは仕方がないだろう。むしろ完成させた料理人たちがあっぱれである。
いつも通り五人前の夕食をぺろりと平らげたスカーレットが、ダイニングテーブルの横幅めいっぱいの大きさの巨大プリンに目を輝かせていた。
巨大プリンを載せている皿も、使用人たちが王都の店を駆け回り見つけてきてくれたものである。我が家の使用人は優秀だ。
プリンの上には、生クリームが山のように盛られており、フルーツがわんさかと載っている。
「リヒャルト様、食べていいですか? いいですか⁉」
スカーレットはスプーンを握り締めてスタンバイしていた。いつでもゴーできる体勢だ。
「スカーレット、腹がはちきれそうになったら食べるのをやめるように」
「はい‼ では……いっただっきまーす‼」
スプーンでプリンをすくって口に入れたスカーレットが、満面の笑みになる。美味しかったらしい。
夢中でプリンを口に運ぶスカーレットを微笑みながら眺めていたリヒャルトは――まさか、自分の体積ほどもある巨大プリンを、スカーレットがすべて完食するとは思いもしなかった。
