書き下ろしSS
お飾りの皇妃? なにそれ天職です! 3
愛され皇妃様
うちの子はかわいい。
「みてみてリュカオン、なんかおっきい壺あるよ」
「ふむ、なかなかよい品だな」
今は
皇妃
宛ての贈り物を見ている最中だが、シャノンはあまり骨董品には興味がないようだ。まあ、まだ幼いからの。
そんなことを思いながら我好みの銀食器を眺めていると、ふとシャノンの姿が消えた。
「シャノン? どこだ?」
キョロキョロとしながら忽然と姿を消したシャノンを捜すが、一向に見つからない。
どこへ行ったんだ⁉ あの子に一瞬で移動できるような俊敏性はないはずだが……。
「ここにいるよ~」
「?」
声は聞こえど姿が見えないシャノンに首を傾げていると、先程見ていた壺からシャノンがひょっこりと顔を出した。
「……シャノン、何をしておるのだ」
「入り心地のよさそうな壺だと思って」
「そうか、入ってみてどうだ?」
「ひんやりして硬いね。この中では寛げなそう」
「そうだろうな」
シャノンの肌に触れるものは、ソファーから寝具にいたるまで最高級の優しい素材に入れ替えられている。そんなシャノンが無機質で硬い壺の中で寛げるはずがない。
早く出てこいと促すと、シャノンが笑顔のままピタリと固まった。
「……リュカオン」
「どうした?」
「一人じゃ出られない」
「……」
壺はシャノンの鎖骨くらいまでの高さがあるゆえ、この子の筋力では自力での脱出は厳しそうだ。
かと言って、我のこの姿では抱き上げることは難しい。
「……誰か呼んでくる」
少し歩けばシャノン付きの侍女がすぐに見つかったので、急いで連れてくる。
そして、壺からひょっこりと顔だけを出しているシャノンを見ると侍女がグハッとダメージを受けたように仰け反った。
「シャノン様! なんでそんなかわいいことしてるんですか……! そんなきゅるきゅるの困ったお目々で見てたら子猫みたいに持って帰られちゃいますよ!!」
そんなことを言いながらも素早くシャノンの両脇に手を差し込む侍女。
シャノンは侍女に抱き上げられ、とぅるんと猫のように壺から出てきた。
「いいですかシャノン様、危ないことはしちゃいけませんよ。壺が倒れて割れたら擦り傷じゃあ済みませんからね」
「ごめんなさい……」
シュンとした顔で侍女の注意を聞くシャノン。きちんと反省しているようだ。
シャノンは時々不思議な行動をする。世の中の十四歳とはこういうものなのだろうか。
長らく子供とは接していないから、これが普通なのかいまいち分からぬな。一国の姫として生まれ、最近までほとんど外界を知らずに生きてきたのだから、おそらく世間一般の十四歳とは違うのだろうが。
そんな生粋の箱入り娘なシャノンに友人ができたという知らせは、離宮の者達を驚かせた。
シャノンと日向ぼっこをしていると、訓練をしている騎士達の雑談が聞こえてくる。
「シャノン様、最近なんかご機嫌だよな」
「分かる。ルンルンしてる時多いよな。スキップしながら廊下歩いたりして。全然できてないけど」
ふむ、シャノンのあの珍妙な動きがスキップだと分かるとは。こやつらなかなかやるな。
「この前のお出かけが楽しかったらしいぞ」
「ああ、故郷でもほとんど外に出なかったらしいもんな」
「まさに深層のお姫様だよな」
願わくは自分達もついていきたかったと残念そうにする騎士達。明らかに鍛えておって戦闘職だろうことが窺えるのこやつらがゾロゾロとついてきたらお忍びで街を回ることはできぬからな。
「シャノン様がお忍びで街に行った後、しばらくは妖精が出たって噂で持ちきりだったみたいだな」
「シャノン様が立ち寄った屋台も大繁盛らしいぞ」
「「「さすが俺達の主」」」
うむうむ、忠誠心が強いのはよいことだのう。多少強すぎる気もしないではないが。
まあ、シャノンが離宮の者達に愛されているのはいつものことだ。
初期の頃とは打って変わって、シャノンは離宮の外の者達からも好意的に受け止められている。
「――あ、皇妃様だ」
「え⁉ どこだ⁉」
たまには気分を変えようと皇城の庭で散歩をしていたら、さっそく通りかかった文官がシャノンに気づいた。
「バカッ、声を潜めろよ。皇妃様のお散歩を邪魔するんじゃねぇ。皇妃様が怯えてこっちに来なくなったらどうするんだ」
「あ、ごめん」
慌てて口を塞ぐ文官の男だが、いささか鈍いところのあるシャノンは見られていることなど全く気づかず、離宮の庭にあるのとは違う花々を眺めている。
シャノンと直接関わったことのない者達は、シャノンのことをある種の神聖視しており、繊細な小動物か何かと勘違いしている節がある。
確かにシャノンは虚弱体質だが、その内面はなかなか肝が据わっている。なので、見知らぬ文官に話しかけられたところで「知らない人に話しかけられちゃった~」と、のほほんと笑いながら喜ぶくらいだ。
「相変わらずかわいいなぁ。あんなに花が似合う子なんて他にいないだろ」
「花の妖精さんって感じだよな」
遠巻きに自分を眺めながら話す文官達の存在になど全く気づかず、シャノンはスンスンと目の前の花の匂いを嗅いでいる。
「いい匂い。そういえば花って蜜があるんだよね? 吸ったら甘いのかな」
「吸うなよ」
ジッと花を見つめるシャノンを前もって制止する。
多少なら花の蜜を口にしても問題ないと思うが、それは普通の人間ならの話だ。この子がその辺の花の蜜を口にしようものなら十中八九腹を壊すだろう。
シャノンは胃も繊細なので、口に入るものは周囲の使用人達が細心の注意を払っているのだが、本人は気づいていないだろう。知っていたら常時外気に晒されていて、たまに虫なんかも止まっている花を洗浄もせずに口に入れようなどとは思わないはずだ。
「帰ったらホットミルクに蜂蜜を入れてもらえ」
「はぁい」
不服そうながらも自分の体の弱さを分かっているシャノンは、止められれば無茶をしようとはしない。
素直なのはよいことだが、少し可哀想にもなる。
「……蜂蜜をたくさん入れてもらおうな」
「うん!」
笑顔になったシャノンは、我の尻尾を緩く握りしめる。そして、我らは離宮までゆっくりと歩いて帰った。
「キュッ」
「狐どうしたの? 暇なの?」
離宮に戻ると、狐が我らを待ち構えていた。狐は
離宮
に居候している聖獣だ。
トコトコと歩いてきた狐を持ち上げようと脇に手を差し込むシャノン。だが、思ったよりも重かったのかそのままソッと床に戻した。その代わりに、自分がしゃがみ狐の顔を覗き込む。
「そういえば今日はノクスがお出かけしてたね。暇なんだ」
「キュッ!」
その通りだと大きく頷く狐。
最近は新入りの無口なのと行動を共にしていることが多いが、こやつもシャノンにはかなり気を許している。一見そうは思えない行動ばかりしておるが、精神年齢が近いから素直になれないのだろう。こやつらはお互いに自分の方が大人だと思っているようだが、周りから見たらどんぐりの背比べだ。
シャノンは狐と遊んでやることにしたらしく、庭へ足を向ける。
「そういえば、この前フィズの聖獣に会ったんだよ」
「キュウ」
「でっかい虎でね、すごい強そうだった」
「キュッフン」
シャノンの言葉に、自分の方が強いと言わんばかりに胸を張って見せる狐。
「う~ん、狐じゃ勝てそうにないかな。一口でパクンだと思う」
「キュッ⁉」
ギョッとする狐。何を驚いているのだ。自分の小ささが分かっていないのか?
キュッキュッと鳴いて抗議をする狐だが、それであの虎との体格差が縮まるわけでもないだろうに。
「……小動物同士が戯れてる……かわいらしいですわ」
不意に聞こえてきた声の元に目を向ければ、いつもシャノンの側に侍っている濃紺色の髪の侍女が曲がり角の影からシャノンのことをジッと見ていた。
主のことを思うのはよいが、その姿は到底侍女には見えぬぞ。
外に出れば、狐がその場で足踏みをし始めた。
「なに? 追いかけっこするの?」
「キュッ」
「狐も好きだねぇ。シャノンちゃんってばもう十四歳なんですけど」
やれやれ、というような顔をしながらシャノンが立ち上がる。
――だが、追いかけっこが始まってみればすぐに立場は逆転した。
「ゼェ、ゼェ……」
「……」
ものの数分で息を上げたシャノンをやれやれと見遣る狐。ヨロヨロと歩くシャノンに合わせるようにトコトコと前を歩いてやっている。
「もう限界……」
花が萎れるようにシャノンが地面に倒れ込んだ瞬間、四方八方からガサガサッと音がして――
「「「シャノン様!!」」」
――方々から使用人達が飛んできた。
「汗を拭きましょう」
「日陰を作りますね」
「少し休憩しましょう。敷物を敷きますわ」
「は~い、シャノン様、水ですよ~」
……わらわら出てきたな。
侍女達から最近ここで働き出した胡散臭い笑顔の騎士まで勢揃いだ。その過保護っぷりに、大勢の人間に驚いて距離をとった狐も呆れ顔である。
「みんな、ありがとね……」
へにゃりとシャノンが笑いかければ、皆の目尻が下がる。
敷物の上に我が横になれば、シャノンが自然に寄りかかってくる。
「今日はたくさん運動したな――って、もう寝ておるな……」
「寝るの早っ! 赤ちゃんじゃないですか」
胡散臭い笑みの騎士がすぴすぴと天使のような寝息を立てるシャノンの顔をまじまじ見つめた。それにつられ、他の者達もシャノンの寝顔を眺め始める。
「「「かわいすぎる……!」」」
我を含め、その場にいた全員の声がピタリと揃った。







