書き下ろしSS

落令嬢のお気に召すまま ~婚約破棄されたので宝石鑑定士として独立します~ 3

『精霊とアイスクリーム』

 クリスタからアイスクリームをご所望されたので、秋も深まるこの時期にわざわざ乗り合い馬車を二つ乗り継いで、アイスクリームの専門店に足を運んだ。
 バニラアイスを小箱で一つ。
 溶けるから早く持って帰りなさいとお店の方に念押しされた。
 冷却ができる魔道具などもあるけれど、持ち運び用の魔道具ともなると結構なお値段がするため商会規模の方が所有しているケースが多い。
 こうして個人でアイスクリームを買いに来るのはめずらしいようだ。
 近場のケーキ屋や喫茶店なんかがアイスクリームを買いに来ることがあるらしいけれど、冷凍庫がないと保管が難しいから、各店舗で何かしらの冷凍方法を保有しているみたいだ。
 “凍結石(フローズンストーン)”という魔宝石が比較的安価に買える冷凍関係の石だ。
 安価で人気。割と色々な店でも使われている。
 ただし、難点はその大きさだ。
 魔宝石と言っても、内包魔力が少なく、大きいものでないと効果が発揮されない。
 つけもの石の倍くらいある大きな石が、冷凍庫を占拠してしまうというデメリットが残念なところだった。
 北の大地で採掘できるそうで、一度現場を見に行ってみたいなと思う。
 ちなみに、我が家には冷凍庫はない。
 アイスクリーム専門店の方に、私はアイスクリーム好きの大食いな女だと思われたことだろう。もう、この辺はどう思われようと別にいいかとあきらめている。
 いずれ高級品の冷凍関係の魔宝石を購入したいな。
『溶けないようにしておこうね』
 クリスタが笑顔でアイスクリームの小箱に乗り、冷たいと言いながら楽しそうにぺたぺたと足踏みをしている。
 今もクリスタに教わった精霊魔法でアイスクリームを冷やしていた。
 これなら溶けることはないだろう。小箱を入れたバッグは冷たいけれどね……。
 乗り合い馬車を乗り継いで、家に帰ってきた。
 ブラックが暖炉を温めてくれていたので、冷えた身体が一気に温まり、ほっと安堵のため息が漏れた。
『おかえりなさい』
『ただいま。暖炉を見ててくれてありがとね』
『本を読むついでよ』
 ブラックが読書している本からちらりと目線を上げて、すぐに戻してしまった。つれない反応はいつも通り。ちょっと二枚羽が動いているから、機嫌が悪いようではないらしい。
『アイス食べよう!』
 クリスタの楽しそうな声に後押しされて、ソファに座ることなくアイスクリームの小箱を開けて、お皿を用意してまずはクリスタに取り分けた。
『おいしい〜』
『よかったね』
 クリスタの笑顔に、こちらも笑顔がこぼれてしまう。
 寒い時期に温かい部屋で食べるアイスクリームというのは……なんとも背徳感があってたまらなく幸せな気持ちになれるよね。
 どうせならと思い、アイスコーヒーを淹れて、その上にアイスクリームを落としてコーヒーフロートを作った。
 クリスタはあまり興味を示さず、ブラックがいらないわと言いながらもチラチラと見てきたので、彼女の分も淹れてあげた。
『ブラックの分だよ。どうぞ』
 彼女が座っていたスツールにコーヒーフロートを置いた。
 私もその横でコーヒーフロートの入ったグラスを持ち、いただくことにする。
 精霊魔法で作った氷が浮かび、グラスには温度差で水滴が浮き始めている。冷えた焙煎が強めのアイスコーヒー、氷の上に置かれたアイスクリーム。
 ストローに口をそっと添えて、コーヒーを飲む。
 ……ああ、美味しい。
 よく冷えた甘さと苦み。コーヒーの風味と溶け出したバニラアイスの風味が絶妙に入り混じって口の中を流れていく。
 銀色のスプーンを手に取り、コーヒーと対照的に純白であるアイスクリームに差し入れる。
 こぼれないようにすくい上げ、それを口に運んだ。
 甘い香りとひんやりとした甘み。
 さっと口の中で溶けていき、濃厚な甘味を舌に残して手を振りながら消えていく。
 横を見ると、ブラックが幸せそうにアイスクリームを食べていた。
 彼女は氷と触れて硬くなった、アイスクリームのカリカリした部分を、器用に魔法でスプーンを操り、こそぎ落として口に運んでいる。
 わかる。
 アイスクリームと氷が触れ合ったカリカリの部分は美味しいよね。
 そこにコーヒーの苦みも混ざって甘さと風味のダブルパンチというやつだろうか。
 ブラックと目が合い、彼女が少し顔を赤くしてさっと目をそらした。
『おかわり!』
 クリスタに言われて、私はおかわりのアイスクリームを彼のお皿に取り分けた。

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