書き下ろしSS
没落令嬢のお気に召すまま ~婚約破棄されたので宝石鑑定士として独立します~ 4
スコッチのお味
アトリエの窓を開けると初秋の冷たい風が頬を撫でた。
ガラガラと遠くから馬車の音がかすかに聞こえる。
「……もうこんな時間か」
懐中時計を見ると、午前零時を回っていた。
空に星はない。曇っているみたいだ。
冷たい空気がシャツをすり抜けてクビの中に入り込んでくる。
思わず首をすくめて窓をしめた。
集中していたせいか身体が冷えていたので、シャワーに入って寝間着に着替えてストールを肩にかけてリビングに戻った。
我が家は素敵な精霊さんが室内温度を調整してくれていたのか、温かい。
「クリスタ? ブラック?」
呼びかけてみるけれど、反応がない。
どうやらもう眠っているらしい。
どうしよう。
あまり眠くない。
先ほどまで仕事をしていた熱が残っているせいかもしれない。
紅茶でも淹れようかなと思ったけれど、リビングのテーブルにリボンで丁寧に結ばれた包みが置いてあるのが見えた。
包みの横には小さなメモ用紙が添えられている。
レックスさんの筆跡で、『鑑定の合間に蒸留の記憶を』とだけ書かれていた。
「蒸留の記憶……オシャレな言い回しだ」
さすがレックスさん。
彼はコーヒーに続き、お酒……ウイスキーも好きなようだ。
眠れないのなら包みの中に入っているウイスキーを飲むのもいいかもしれない。
包みを開けると、中には琥珀色をした一本のスコッチボトルと手紙が入っていた。
ラベルには『Vila 16 Years』とある。
ビラ島産のウイスキーか。
これ、結構高そうだね……。
またレックスさんが気を使ってくださったのかもしれない。この間、お昼ご飯をごちそうしたからだ。あるものを調理して振る舞っただけで、大したものは作ってないんだけどね。
手紙もレックスさんの手書きで、飲み方が書いてあった。
・ストレートで香りとコクを確かめる。
・変化を楽しみたい場合は乾燥したハーブ(ローズマリーがベスト)を燻して、数滴の蜂蜜をスプーンで溶かす。氷は使わない。
なるほど。
ひとまずストレートで飲んで、違う飲み方をするならハーブを添えると。
早速、戸棚から小さなグラスを持ってきて、琥珀色の液体を注ぐ。
照明にかざしてみれば、魔宝石のように輝いてくれた。
美しい。
グラスに鼻先を近づけると、潮風と燻製のような深い香りが鼻腔をくすぐった。
一口だけ口に含んでみる。
舌の上に液体が乗った瞬間、樽の中で眠り続けた時間の重さが、熱をともなって迫ってきた。
スモーキーな苦味。
舌を刺激する鋭さ。
鋭い香りと味わいなのに、不思議と奥歯のあたりでふわりと丸くなる。
飲み込んでみると、火種のような熱さが喉をすり抜け、胃の底に落ちればじんわりと熱を帯びた。
静かなリビングでウイスキーをちびちびと飲む。
そういえば、父さんもこんなふうに一人でお酒を飲んでいたな。
何が楽しいのか正直わからなかったけれど、今なら少し理解できるかもしれない。
お酒に酔えないのは難点だけれど、いくら飲んでも酔わないというのは、いくらでもウイスキーを楽しめる、ということにもなる。
私は何となく保管庫へ行き、金庫から“炎雷の祝福”を持ってきた。
ウイスキーを飲みながら、鑑定してみる。
“炎雷の祝福”は炎の神が落としたと言われる炎鉱石と、雷の神が気まぐれで作ったと言われる雷鉱石が長い年月と、膨大な魔力によって溶け合ったものだ。
両目に魔力を込めて、魔宝石の内部へと意識を沈めていく。
深く、深く、潜っていく。
身体が宙に浮いて、真紅の魔宝石へと意識が沈んでいった。
夜空を浮遊するような感覚。
深層へと到達すると、二つの輝きが炎と雷をつなぎ合わせるようにして、架け橋を作っていた。
一つは紫色をしたアメジスト。
もう一つは燃えるような赤色のガーネット。
二つの鉱石が仲人のように炎と雷の間を取り持っている。
私のオードリーという名前の由来にもなっている、アメジストとガーネットの輝き。そして“炎雷の祝福”の神秘的な内部魔力をいつまでも眺める。
父さんとの思い出を思い出しながら、“炎雷の祝福”とウイスキーを眠くなるまでしばらく楽しんだ。







