書き下ろしSS

役令嬢の矜持 5 ~導くは朱紫の双玉、其は森羅にして万象故に。~

形に残る思い出

「へぇ、大公区って各領の特産品が集まってるの?」
「ここは、ライオネル王国における王都のようなものだからな」
 夜、エイデスの膝に抱かれて談笑していたウェルミィは、ふと出てきたそんな話に、少し興味を覚えた。
「少々役割は違えど、今回のように重要な催しを行う場合、各国の重要人物が訪れるのはここだからな」
「言われてみればそうね。でも、大公国って何があるの? お土産に向いたものって」
 大公国“水”のハイドラ領の特産品は、まだ分からないでもない。
 あそこの特産品は宝石・宝玉類であり、貴族にも求める人は多いと思われるからだ。
 けれど、そもそもハイドラ領は、最大の交易相手であるライオネル王国とバルザム帝国に通じる内海側にあり、領から直接運んだ方が早いという面がある。
“火”のロキシア領は、近年は鉄道関係で発展の兆しを見せているものの、運べるような類いのものではないし、元々は刀剣類等の加工に力を入れていた。
 一応、ロキシア領と大公区の境界線まで鉄道は伸びているらしいけれど、そこまでわざわざ見に行く程興味を持っている人は、もっと早くにロキシアに接触しているだろう。
“土”のサンセマ領は、良質な小麦などの食料品を提供しているものの、お菓子の類いで有名という話は聞かない。
 もしあれば、持って帰れはしないまでも、一番手軽に食べられて人の興味を引くものだろう。
 最後に“風”のゼフィス領は、放牧を主体とする産業であり、大地を駆ける騎獣が名産である以外は、チーズやバターといったものくらいしか目ぼしいものはなさそう。
「主な産業が、観光事業には向いてない感じするのよね。街並みとかは綺麗なところがあるかもしれないけど、特色と呼ぶにも弱い気がするし」
「そういう見方をすれば、確かにそうだな」
 エイデスはこちらの頭に鼻先を埋めながら、あやすように右手で後頭部を撫でてくる。
「ちょっと、人の匂いを嗅がないでくれる?」
「お前は良い匂いがするからな」
 ウェルミィは口を尖らせたけれど、エイデスはやめなかった。
 そのまま、話を続ける。
「先日、ブラード大公代理とレオに同行して、現状の特産品についての説明も受けたが。”水”のハイドラについては、【写実の魔導具】というものを作っていたな」
「何それ?」
「絵ではなく、目の前の相手の姿をそのまま特殊な紙に写しとる道具だな。見た方が早いとは思うが、記録として非常に重要な道具に見えた。一般的に使えるようになったら、画期的なものだろうな」
「ふぅん……?」
 いまいちピンと来なかったけれど、エイデスがそう言うのなら、そうなのだろう。
「“火”のロキシアは、今『馬や騎獣を使わずに走る馬車』を作っているそうだ」
「何それ?」
魔導機関(エンジン)を使って車輪を回して走行する、という馬車らしい。機関車よりも先に作られていたが、大砲等の運搬用に軍事利用されていたものを一般利用可能なものに作り直している」
「……それ、もっと“風”の領地が困窮するんじゃないの?」
 確か“風”の領地は鉄道によって運搬力が上がった結果、長距離運搬の仕事が減り、領地経営が圧迫されていた筈だ。
 この上、短距離や細い道を使う運搬の仕事まで奪われたら、どうしようもなくなるのではないだろうか。
「バーンズが“風”の人達を雇い入れる形で援助するのかしらね?」
 ウェルミィは、新大公になった同世代の青年の顔を思い浮かべる。
 彼は“風”のムゥラン公と仲が良いので、ただ相手を潰すような真似はしないと思うのだが。
 そう思っていると、エイデスは小さく首を横に振った。
「いや、“風”は“風”で、グリフォンによる空輸に着手するだろう。今まで希少な飛竜や騎獣のみの特権だったが、その為の技術提携だからな」
「……空で運ぶのと地上で運ぶのの、何が違うの?」
 運べる荷の多さはどう考えても鉄道や、使えるなら船の方が上で、街中なら馬車の方が良さそうに思えるので、それがどう利点になるのかがよく分からない。
 けれど、エイデスの答えは明確だった。
「届ける『速さ』が違う。そうだな……坂道のある道や山が間にあるか、真っ直ぐ平坦な道が同じ距離なら、どちらが速い?」
「それは当然、真っ直ぐな方ね」
「ぬかるんで凹凸のある土の道と、踏み固められた平らな道なら?」
「固くて平らな道よね。その為に整備……ああ、なるほど」
 ごく当たり前のことを言われているが、そこでウェルミィは気づいた。
「そういう条件を、全部無視出来るのね」
「ああ。正確には風の機嫌や天候、昼夜などはあるだろうが、陸路よりは影響が少ない」
 エイデスは小さく頷いて、言葉を重ねる。
「速く届けたい荷物や、伝令等ならグリフォンの方が鉄道よりも有用だろう。また、『人』も速く運べる。軍事面での有用性は然程ないだろうが、旅行など少人数を運ぶなら、陸路等とも差別化が図れ、時間も節約出来る」
「そんなに上手くいくの?」
「完全に、とはいかないだろう。だが、どこの国も現在、そうした過渡期にある。今までの産業も今すぐ全て稼げなくなる訳ではないし、模索する時間を稼げるだけでも十分だろう。グリフォンそのものを売る、という形も取れる」
 そう言われれば、確かにエイデスの言う通りではあった。
「じゃ、“土”は?」
「産業という程ではないが、それこそウェルミィの言ったような、食文化に力を入れているようだな。地理的にも今まで通りか、あるいは生産量を増やす施策を行えば、より発展する可能性が高い。鉄道は“風”の仕事を奪うが“土”には益となる。大公国の食糧事情の要である以上、運搬量や輸出量が増えれば、その分利益になる」
 世界は、それぞれ単体で成り立っている訳ではない。
 被害を受ける側もあれば、恩恵を受ける側もあるのだ。
「勉強になったわ」
「そうか。では、提案だ。明日は【写実の魔導具】を使わせて貰える場所にデートに行こう」
「良いけど、何で?」
 ウェルミィが首を傾げながら間近にあるエイデスの顔を見上げると、青みがかった紫の瞳でこちらを見下ろしながら、軽く頬を撫でてくる。
「言っただろう? 人の姿を写し取り、保存する魔導具だ。時が過ぎても形として残る思い出の一品として、お前の姿を残しておける」
「別に良いけど……私だけ?」
「イオーラの手が空いていれば、彼女と並んで写っても良いぞ」
「それは出来たら最高だけど、違うわよ」
 ペしん、とエイデスの頬を両手で挟んで、ウェルミィは頬を膨らませた。
「エイデスも、一緒に写るわよね?」
 そう伝えると、ちょっと不思議そうな顔になったので、多分分かってなさそうだった。

「当たり前でしょう? 形に残る思い出なら、私も欲しいに決まってるじゃない」

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