書き下ろしSS
悪役令嬢の矜持 6 ~色は匂へど散りぬるを、浅き夢見し酔ひもせず。~
これはまるで同窓会
―――マジで世の中、何が起こるか分かんねー……。
アーバインは、久しぶりに腕を通した貴族服を窮屈に感じながら、少し引き攣った笑みを浮かべていた。
【災厄】の対処を終え、〝光の騎士〟側付きの任を解かれた後のこと。
ゴルドレイの伯父貴や周りの圧も受けて、本当に自分で良いのかと迷いながら、クレシオラにプロポーズし、婚約した。
しばらくバタついていたので結婚式はまだだ。
その間に、忙しさの隙間を縫って、王下中央騎士団と南部辺境伯領騎士団の合同慰労会が王都で行われたのである。
それ自体は楽しかったのだが、問題はそれが終わって翌々日の、今だ。
―――そうだよ……クレシオラは、ザムジード南部辺境伯の姪なんだよ……。
その南部辺境伯は、熱烈なアプローチを受けて、娘より年下の後妻を娶っていた。
お相手は先代デルトラーテ侯爵の末娘、貴族学校でアーバインの同級生だったエルマリア南部辺境伯夫人である。
つまりどういうことかというと。
「お久しぶりですわ、ダリステア様、ツルギス様」
「再会を嬉しく思っております」
「ええ、エルマリア夫人もクレシオラ嬢も、お元気そうで何よりです」
「結婚前から比べると、随分顔つきが変わったな! デルトラーテ侯爵!」
「ザムジード様にそう呼ばれるとむず痒いですね。ですが、ありがとうございます」
そう辺境伯一家と挨拶を交わしているのは、【八大婚姻祝儀祭】でウェルミィ達と一緒に結婚した、現・デルトラーテ侯爵夫妻だった。
夫のツルギス・デルトラーテ侯爵は、貴族学校でアーバインの二つ先輩であり、ダリステア夫人は同級生。
つまりエルマリア夫人同様、過去の自分のとんでもない振る舞いを知っているのである。
大公国では、ツルギス様はレオの近衛として、アーバインは基本エルマリア夫人の護衛として、お互いにあまり近づくことはなかった、が。
クレシオラと結婚するということは、南部辺境伯家に入るだけでなく、王下中央騎士団の団長を代々務めるデルトラーテ侯爵家とも、縁戚関係になるということ。
つまりアーバインは、武門の二大巨頭である貴族家の一員になってしまったのだ。
たかが子爵家の次男でしかなかった自分が。
卒業式でのイオーラとの婚約破棄からこっち、勘当どころか、下手すると処刑されていてもおかしくないような立場で、南部辺境伯騎士団の下っ端になった自分が。
―――何でこうなった?
冷や汗なのか脂汗なのか分からない汗が、とめどなく滲んで来ている。
そんな中、ふとダリステア夫人がこちらに目を向けた。
相手は公爵令嬢だったので、当然貴族学校でも言葉を交わしたことはないのだが、彼女はあの結婚式を見ても分かるように、ウェルミィともイオーラとも親しいのである。
クレシオラ含め全員が、過去の自分の愚かな振る舞いを知っているので、暴露されるだのなんだのの心配はないが、何を言われるかとド緊張していると。
ダリステア夫人は、柔和に微笑んでこう言った。
「アーバイン様、随分、お変わりになられましたね」
「は……き、恐縮です」
「祝儀祭での編隊飛行、【災厄】でのご活躍、聞き及んでおります。この度、クレシオラとの婚約も、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
―――嫌味なのか、本音なのか、判断出来ねぇ……!
貴族学校で彼女に、ウェルミィと一緒に居る時に、何故かめちゃくちゃ冷たい視線を向けられたことを、アーバインは忘れていない。
今思えば向けられて当たり前なのだが、その時の印象が強いのである。
「イオーラも、祝福しておられましたわ。ウェルミィは嫌そうな顔をしていましたけれど」
そこで、エルマリア夫人が、軽く肩を振るわせながら口元に扇を当てた。
彼女にも散々笑い話にされている為、絶対笑いを堪えている。
「わたくしも、祝福致します。……人は変わるもの、ですもの。そうでしょう? ツルギス様」
と、ダリステア夫人は横に立つツルギス様に目を向けた。
すると、彼も微笑んで頷く。
「そうですね、ダリステア様。……アーバイン隊長」
「はっ!」
「ここは軍人の集合場ではなく、縁戚の集まりの場です。そう畏まらずとも良いですよ。僭越ながら貴殿にも、私が醜態を晒した時に、ある人から頂いた言葉をお贈りしましょう」
「……どんな御言葉でしょう?」
緊張しながら耳を傾けると、ツルギス様はこう告げた。
「『醜聞を悪様に言う人が居るなら、実力と実績で黙らせれば宜しい』、だそうでして」
それについてどう思われます? と問われて、アーバインは軽く目を泳がせる。
「その、失礼かもしれませんが、ツルギス様が言うと説得力がありますね」
過去に彼が【精神操作の魔薬】に操られて醜態を晒した、という話は、南部でシゴかれていたアーバインは遠く噂で聞いただけだが、彼は今、立派に認められているのだ。
「それをツルギス様に対して言い放てる人は、良い度胸しているとも思いますが」
アーバインがそう応じると、彼は気分を害した様子もなく頷いた後、少し茶目っ気を出して片目を閉じる。
続いた言葉に、アーバインは自分が本当に失言したことを思い知らされた。
「ええ。オルミラージュ侯爵夫人は、良い度胸をしています。隊長もよくご存知でしょう?」
「……っ!」
すると、エルマリア夫人とダリステア夫人が同時に吹き出した。
「ふふっ、ご本人にお伝えしておきましょうか?」
「…………勘弁して貰ってもいいですか…………」
呻くようにそう絞り出したところで、クレシオラが面白くなさそうな顔でアーバインに腕を絡めてきた。
「ちょっと、ツルギス様、ダリステア様。私のアーバインを虐めないでくれます? 後、昔の女の話をされるのは凄く不愉快なんですが!」
「あら、それは申し訳ありません」
ダリステア夫人はクレシオラに謝罪して、周りで聞いていた人々も堪え切れなくなったように笑い出した。
その、どこか温かい笑いに包まれながらも、アーバインの緊張は解けなかった。
―――マ、ジ、で、世の中、何が起こるか、分かんねぇ……ッ!







