書き下ろしSS
錬金術師カレンはもう妥協しません 1
メイドの恩人
「あの錬金術師って、ユリウス様に色目を使ってない?」
「ユリウス様に会うためにエーレルトに入り込んだ詐欺師だったりして!?」
「前に雇われた医者も詐欺師だったわよね? ジーク様の側にニコリともしない不気味なあの女を置いたり、ご当主様ったら騙されやすすぎない?」
メイドは咳払いをして、談話室で話に花を咲かせる同僚たちの話を終わらせた。
「そういう噂話、よくないんじゃない?」
「……何よ」
「もし本当に能力がある人だったらどうするの? もし私たちの話を聞かれて、それで不興を買って出て行かれてしまったら? ご当主様やジーク様に申し訳ないと思わないの? そもそも、ご当主様の能力を疑うなんて――」
「……つまんな」
彼女らは楽しい噂話に水を差したメイドに白い目を向けると、使用人の談話室を出ていった。
メイドは溜息を吐いた。
エーレルト伯爵家に勤めることになったのは、隣人の推薦がきっかけだった。
隣人のおばあちゃんは、以前エーレルト伯爵家で長年洗濯メイドとして仕えていたそうだ。
体を悪くして引退したあと独り暮らしをしていた。
ちょくちょく様子を見に行ってあげていたところ、自分が仕事を探しているのを知り、メイドの伝手でエーレルト伯爵家に推薦してくれたのだ。
冒険者だった父親は若い女と逃げ、母親は病気で、幼い弟が二人もいる。
ここで雇ってもらえなかったら、母の高価な薬を買うためにいったいどんな仕事をしなければいけなくなっていたことか。
「みんな、エーレルトに恩返しをしたいと思わないのかしら? ……仕事に戻ろうっと」
メイドはまだ残っていた休憩時間を繰り上げて、立ち上がった。
家族のために稼ぎたいし、エーレルトに恩返しもしたい。
どちらにせよ、一生懸命働くのが一番である。
――と、気合いを入れて談話室を出たところでメイドはビシャッと冷水を浴びせられた。
「ずるでメイドになったくせに、生意気よ」
「紹介状で雇われたあたしたちとは違う貧乏人のくせに、今後は出しゃばらないことね」
ずぶ濡れになったメイドを置いて他のメイドたちは去っていた。
着替えはない。彼女たちの言う通り、貧乏だからだ。
お仕着せはともかく肌着はないし、どうせこれから水に濡れる仕事をするのだ。
メイドは簡単に水を吸ったメイド服を絞り、仕事場に向かった。
先輩洗濯メイドたちに心配されつつも、メイドは笑顔で洗濯物を洗っていった。
だが仕事を終える頃、メイドは体の異変に気がついた。
「ふらふら、する……?」
住み込みの部屋に戻りたいのに、まっすぐに歩けない。
メイドはぞっとした。
病気になった使用人はやめさせられると聞いたことがある。
体調不良を誰にも知られないようにしないといけない。
それなのに、折り悪く廊下の向こう側から人が歩いてきて、メイドは壁を背もたれになんとか頭を下げて通り過ぎてくれるのを待った。
だが足音が自分の前で立ち止まり、メイドはひやりとした。
もし今目の前にいるのが昼にメイドに水をかけてきた彼女たちだとしたら。
体調不良のメイドを見つけたなら、嬉々としてエーレルトから追い出そうとするだろう。
おそるおそる顔を上げたメイドは、自分をじっと見つめる透きとおる水色の目と目が合った。
噂の主、錬金術師カレンである。
彼女はメイドを指差して隣を見やった。
「サラさん、この子をわたしのポーションの実験台にしてもいいですか?」
「カレン様が望むのでしたら構いません」
「というわけで、ついてきてくださいね!」
「え? ええっ?」
手を取られ、メイドは困惑のまま歩き出す。
ふらふらしているメイドが手に体重をかけても気づかないのか、カレンはスタスタ歩いていく。
「じ、実験台とは、一体どういう意味でしょうか?」
「エーレルトに仕える者として、カレン様の指示に従えばよいのですよ」
カレンの半歩後ろを歩くメイドのサラが無表情に言う。
メイドは青ざめた。つまり、これは命令であり、断るすべなどないという意味なのだ。
「か、かしこまりました……」
ポーションの実験台。それがたとえ毒であっても飲み干さなくてはならない。
サラが毒見役をしているように――これも、エーレルトに仕えるメイドとしての仕事なのだ。
メイドは小部屋に連れて行かれると「ベッドに横になっててください」と指示をされた。
倒れるような毒を飲まされるのか。
ごくりと生唾を飲みつつ指示に従い待っていると、カレンが器を手に戻ってくる。
それが――妙に香ばしい匂いを漂わせていた。
「はい。ゆっくりでいいし、飲めるぶんだけでいいから飲んでくださいね」
手渡された器から香る鶏の脂の香りが芳しくて、気づいたら器に口を付けていたメイドは目を丸くした。
「美味しい……」
黄金色の透きとおった熱々のポーションには、何故かネギとゴマが入っている。
こんなに美味しい毒があるのだろうか、と不思議に思ううちにも食が進み、メイドは気づくとポーションを飲み干していた。
「コッコガラのネギ塩スープです。美味しいでしょう」
「コッコ……ガラ?」
「じゃあ、あとは枕を高くして、そのまま目を閉じていてください」
カレンの指示に従い枕に体を預けて目を閉じると、メイドはスコンと意識を失ってしまった。
目が覚めた時には明らかに昼過ぎていて、メイドは青ざめた。
「仕事……すっぽかしちゃった……」
だが、体はすっかりよくなっていた。
それは嬉しかったが、ベッド側の椅子に座っていたサラに気づいたメイドは喜ぶ暇もなかった。
サラは手にしていた本を閉じると、目を覚ましたメイドを見やった。
「本来、ジーク様に伝染されないように病にかかった使用人は里に下がらせるのですが――」
メイドが起きたことに気づき話しはじめたサラに、メイドは蒼白になる。
里に下がらせられるどころか、仕事を辞めさせられるのかもしれない。
「カレン様のポーションですっかりよくなっているようですので、里に下がらずともよいでしょう」
「え? あのポーションって確か、私を実験台にって……」
「そういう言い方をして、カレン様はあなたにポーションを飲ませてあげたかったのでしょう。実験台という言い方をすれば、費用を請求しないであげられますからね。仕事を抜けていたのもカレン様の実験台にお付き合いしていたためですから、問題になりません」
「あ……」
カレンはメイドの顔をじっと見つめていた。それは、体調不良を見抜いていたからなのだ。
メイドの生活苦にも気づいていたのかもしれない。
そんなメイドに高価なポーションを飲ませるために、わざと実験台という言葉を使ってくれた。
「カレン様に、なんとお礼を言えばいいのか……」
「これからも誠心誠意エーレルトに尽くすとよいですよ。そうすればいずれ……カレン様への恩返しにつながるかもしれません」
カレンがユリウスに色目を使っている、という噂はもしかすると、ある意味的を射ているのかもしれない。
本当に能力のある錬金術師で、メイドすら気にかけてくれる優しい人なのだ。
絶世の美女という感じではなかったものの、大きな丸い目は可愛らしくて、肌も髪も綺麗で、爽やかないい匂いもした。
たとえ平民でも、ユリウスに見初められてもおかしくない。
二人がいずれ結ばれるなら、エーレルトに仕えることがカレンへの恩返しにつながるだろう。
カレンの洗濯物を預かったら、いつもよりもうんと丁寧に洗った。
メイドが思った通り、カレンとユリウスの仲はだんだんと深まっているように見えた。
それと、気づくとメイドに水をかけた同僚たちの姿が見えなくなっていた。
仕事を辞めたらしいが興味もなくて、メイドはすぐに彼女たちのことを忘れ去った。
依頼を達成したカレンはエーレルトから出ていってしまったけれど、メイドをはじめ、エーレルト伯爵家の誰もがカレンの再びの帰還を待ち望んでいた。







