書き下ろしSS
3度目の皇女は孤児院で花開く1~死なせたくない、だから私は未来を変える~
アリーシャだけが知らないコト
それは日差しが柔らかくなってきたある日の昼下がり。孤児院にある子供の遊び部屋では、子供達が黄色い声を上げながら洋服を試着していた。
そんな中、真っ先に着替えたルナがアリーシャの元へと駆けてきた。
「ねぇ、アリーシャ、どう? このお洋服、私に似合っている?」
クルリとターンする。ルナが身に着けているのは、コットンのブラウスにスカート。藍色をベースに染めたその服の上に、ブラウンのケープを羽織っている。
ルナは今年で十一歳。
歳の離れたエミリアのことをお姉ちゃんと呼んでいるのに、同じくらい歳が離れたアリーシャのことは呼び捨てにしている。だからアリーシャは最初、自分が嫌われているのかと不安に思うこともあった。だけど、いまはそういう愛情表現だと知っている。
「よく似合っているよ。すごく可愛いね」
アリーシャがそう言って微笑むと、ルナは少し照れくさそうに頬を紅く染めた。そしてハッとした顔になると、すぐに「そ、そう。まあ、私だものね」とそっぽを向く。
その姿がまた可愛くて、アリーシャはクスクスと笑う。
「なによ、なにを笑っているの?」
「なんでもないよ」
「もう、またそんなふうに誤魔化して。いいから、アリーシャも着替えてきなさいよ」
「え、でも、フィンとシリルがまだ――」
「二人なら、私が着替えさせるから大丈夫よ」
会話を聞いていたエミリアがそう口にした。
「そういうエミリアも着替えていないじゃない。先に着替えてきたら?」
「私は後で大丈夫よ。それより、今回の一番の功労者が着替えないでどうするの?」
エミリアは腰に手を当てて笑う。
アリーシャの活躍で、子供達を虐げていたマグリナ院長はいなくなった。孤児院の資金難も、アリーシャの活躍で解決しつつある。
そうして得たお金で、追加で購入したのが今回の服。
エミリアに続いて、ルナが「早く着替えなさいよ。エミリアお姉ちゃんが着替えられないでしょ」と憎まれ口を叩き、フィンとシリルもキラキラした瞳を向けてくる。
アリーシャはその説得に押され、着替えるために別室へと移動した。
――そしてほどなく。エミリアがフィンとシリルの着替えの手伝いを終えた頃、孤児院の扉がノックされた。アリーシャが着替え中のため、代わりにエミリアが応対をする。
玄関を開けると、そこには身分を隠したセイル王太子殿下が立っていた。
「こんにちは、セイルさん。またアリーシャに会いに来たの?」
そのエミリアの言葉にはわずかな警戒心があった。
なお、悪人かもと疑っている訳ではない。ただ、アリーシャとセイルはなにかと二人で話していることが多い。それはセイルが正体を隠し、秘密を共有しているからこそなのだが。
――アリーシャは私の親友なんだからね! と。
つまりは嫉妬、可愛らしい対抗心である。
ただ、それはセイルの正体を知らないからこそ出来ることだ。見習い分析官であるセイルの上司――という名目で同行する護衛のアイシャは背後で頭を抱えている。
セイルが目くじらを立てるなと釘を刺しているので、なにも言うことはないのだけれど。だからこそ、胃が痛くなるのもまた事実だったりする。
「エミリアが出てきたということは、アリーシャは留守なのか?」
「そうよ――と言いたいところだけど、いまは着替え中よ」
「そうか……」
セイルはそう言って沈黙する。ここで、部屋に上げてくれと立場を振りかざさない辺りが、エミリアがセイルを憎めない理由だったりする。
エミリアは「応接間に案内するわ」と小さな溜め息を吐いた。そうして、エミリアは二人を連れて応接間に。ルナにアリーシャを呼んでくるように言付けて、自分はセイル達に紅茶を淹れる。
「……不味くても文句を言わないでよね」
「俺はそんなに狭量ではないぞ」
セイルはそう言って笑った。
だが、エミリアは『やっぱり、セイルさんが返事するんだね』と独りごちる。
名目上、警備隊から派遣されてきたアイシャと、その部下のセイルという関係だった。だが、アイシャは絶えずセイルに気を遣っているし、セイルもまたそれを気にした素振りも見せない。
『……お忍びのお貴族様だったりするのかしら?』
アリーシャが警戒していないので、悪人ではないと判断しているのだが、それはそれとして、妖しすぎるよねと、エミリアは思案顔になる。
「そんなに眉を寄せてどうした? 悩みがあるのなら聞いてやるぞ」
「最近、不審な男がアリーシャに言い寄っているのが悩みよ」
背後でアイシャが声にならない悲鳴を上げるが、セイルはふっと笑った。
「なるほど。だが心配する必要はない。アリーシャはその男のことをよく知っているからな」
「ふぅん。でも、私はアリーシャのことをよく知ってるけどね?」
謎の対抗心で言い返す。二人は笑顔で――だけど周囲に火花が飛んでいる。一触即発の雰囲気で、アイシャは『アリーシャさん、早く来てください』と祈っていた。
そんな祈りが通じたのか、ほどなくしてアリーシャが部屋にやってくる。
彼女はシンプルなコルセット風に腰の部分を絞ったワンピースを身に着けていた。ただそれだけ。貴族が身に着けるような高級品でもなければ、著名なデザイナーによる作品でもない。
なのに、アリーシャが部屋に足を踏み入れたとき、それだけで雰囲気が変わった。部屋が華やかに色づき、とげとげしい空気が一瞬で掻き消えた。
それは空気だけではなく、空気を纏っていた者達の気持ちすらも塗り替えた。エミリアとセイルは無言で視線を交わし、カワイイは正義とばかりに牽制を止めた。
アリーシャの笑顔を曇らせたくない。ただその一点において二人の意思は一致した。
「お待たせ――って、二人ともどうしたの?」
そのやり取りに気付いたアリーシャが首を傾げるが、
「いや、ただ、共通の認識を確認し合っていただけだ」
「そうそう。守りたい、この笑顔ってね」
思いを一つにした二人は欠片も剣呑な雰囲気を決して表に出さない。こうしてアリーシャは気付かず、すべてを理解しているアイシャはそっと胃を押さえた。
ある昼下がりの、よくある日常の一幕である。







