書き下ろしSS

畜剣聖、配信者になる 〜ブラックギルド会社員、うっかり会社用回線でS級モンスターを相手に無双するところを全国配信してしまう〜 4

深夜、ラーメンという救い

 腹が、減っていた。
 今日の仕事は本当にひどかった。
 黒犬ブラックドッグ ギルドの社長である須田に呼び出され、急に行かされたのは、夜の深層ダンジョン。
 かなり広いそのダンジョンで、俺はレア素材の採取を命じられた。ひたすら歩いて探して歩いて、気づけば深夜二時を回っていた。
 疲れた体で地上に戻ったものの、もう地下鉄は止まっている。タクシーで帰る選択肢もあるが、当然須田はそれを経費になどしてくれない。
 今、俺を支配しているのは――空腹。
 コンビニで済ませようかとも思ったが、あのパサついたサンドイッチや電子レンジの音を思い浮かべた瞬間、ため息が出た。それじゃ腹は膨れても心は満たされない。
 その時だった。
 ふと視界の端に見えた、赤い灯り。
 「中華そば」――その言葉に、俺の足は勝手に向かっていた。
 道路沿いの、古びたラーメン屋。
 暖簾はくたびれていて、看板の電飾も一部切れている。それでも、店から漏れる湯気の匂いが、俺の本能を揺さぶった。
 のどをゴクリと鳴らし、暖簾をくぐる。
「いらっしゃい」
 無口そうな店主が、ちらとこちらを見て言った。
 店内には俺一人。BGMは古い演歌が小さく流れている。
 カウンター席に座り、壁に貼られた短いメニューを見る。
 中華そば、チャーシュー麺、餃子、チャーハン。
 メニューはそれだけ。近頃の流行りに迎合していない、ストロングスタイルだ。
 だけど今はそんな簡素なメニューが心地良い。どれにするか悩まなくていいからな。
「チャーシュー麺と餃子、お願いします」
「……へい」
 注文を受けた店主は黙って作業に入る。
 カウンター越しに見える手際の良い動き。湯切りの音、チャーシューを切る音、そして漂ってくる醤油ダレの香り。
 この時間に、これは反則だ。
 今日倒したドラゴンはよだれを垂らしながら俺を見てきたが、今の俺もそれと同じ様な顔をしているだろう。
「おまちどう」
 出てきたラーメンは、まさに昔ながらの“中華そば”だった。
 琥珀色のスープに、縮れた細麺。大ぶりのチャーシューが三枚、そしてナルトとメンマ。餃子は皮がパリパリで、香ばしい匂いを立てている。
「いただきます」
 まずはスープを一口。
 ――――沁みる。
 鶏ガラと煮干しの出汁がほどよく効いていて、脂は控えめ。塩気もちょうどいい。何もかも疲れていた俺の内臓に、じんわりと染み渡っていく。
 次に麺をすす
 軽やかに啜れるちぢれ麺。スープとの絡みが良く、噛むごとに味が広がる。
 分厚いチャーシューは、表面を軽く炙ってあるのか、香ばしさの中に肉の甘みがある。これは……かなりの当たりだ。
 餃子もいい。やや焦げ目が強いが、それがまた香ばしく、肉汁たっぷり。タレに沈めた黒胡椒が鼻を抜けていく。
「ふう……うまい」
 気づけば俺は、無言で麺を完食していた。
 この味が“特別”かと聞かれれば、そうではないかもしれない。
 けれど、今の俺が食べたいのは、奇抜さでも高級さでもない。
「――こういうので、いいんだよなあ」
 ラーメンを食べ終え、残ったスープを最後の一滴まで飲み干す。
 餃子もきっちり完食。まだまだ食えるが、帰ってすぐ寝るから腹の容量は空けておいた方が良い。
 満足感は、胃袋だけじゃない。心まであたたかくなっていた。
「ごちそうさまでした」
「まいど」
 会計は千円ちょっと。薄給社畜の財布は痛んでしまうが、後悔はない。
 外に出ると、冷たい風が顔をなでた。ラーメンで火照った体には、ちょうどいい。
 ふと、空を見上げる。まだ夜は明けないが、東の空がほんのり白んでいる。
 また明日も、ギルドで理不尽な仕事が待っているのだろう。須田の説教もあるかもしれない。
 でも――
「明日も、何かうまいもん食えるといいな」
 そんなささやかな希望を胸に、俺は自販機で烏龍茶を買い、歩き出すのだった。

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