書き下ろしSS
38歳社畜おっさんの巻き込まれ異世界生活 2 ~【異世界農業】なる神スキルを授かったので田舎でスローライフを送ります~
クロウの見張り日和
クロウは、今日も別荘の屋根の上で目を光らせていた。
春の風は柔らかく、畑からは土と若い葉の匂いが漂ってくる。
人間の暮らす場所というのは、もっと騒がしく、油断ならないものだと思っていた。
だが、この場所は少し違う。
朝になれば主が畑に出て、主のお供のシーラがその隣を歩く。
そして、黒いスライムのライムは仲間達を連れてぷるぷると跳ね、美味しそうなキノコのマッシュはのんびりと土の上を歩いている。
辺りが暗くなると骨人間のスレッドが音もなく動き出し、畑を整えていく。
多種多様な種族がいる変な集まりだ。
だが、はぐれものであったクロウにとっては居心地の良い場所だとも思っていた。
「クロウ、おはようございます」
下から声がした。クロウの主である佐藤だった。
手には小さな皿を持っている。皿の上には、焼いた肉が少しだけ載っていた。
「昨日も見張りを頑張ってくれましたからね。朝ご飯です」
「カア」
クロウは屋根から飛び降り、主の前に降り立った。風を切って着地すると、主は目を丸くした後、いつものように優しく笑う。
「何度見てもかっこいいですね」
その言葉の意味は、クロウにも何となく分かる。
褒められているのだ。
同族からの言葉には何も感じなかったが、主に褒められるのは悪い気がしなかった。
むしろ胸の奥が少し温かくなる。クロウは皿の肉をついばみながら、ちらりと畑の方を見た。
主が大事に育てている作物の苗が並んでいる。
以前植えられていたトゲだらけの作物よりも、ずっと柔らかそうな葉。
トゲだらけの作物は主の手に傷を作り、シーラの指にも棘を刺していた。
外敵も狙わないため、クロウの仕事も奪っていたトゲの作物はあまり好きではなかった。
ただ、今の柔らかそうな葉の苗は守る価値がある。
そう思った瞬間、遠くの木の上で小さな影が動いた。
――害鳥だ。
こちらの様子を窺い、隙ができるのを待っている。クロウは肉を飲み込み、首を低くした。
「クロウ?」
主の声が聞こえたが、返事をする前に翼を広げる。
次の瞬間、クロウは空へ飛び上がった。
風が羽の下を抜ける。
畑、別荘、小川、裏山。
全てが一瞬で小さくなり、クロウの見えている世界が一気に広がった。
害鳥は三羽。柔らかい葉の苗の畑を狙っている。
まだ実っていなくとも、柔らかな葉をついばめば十分な餌になると判断されたのだろう。
クロウはひたすら真っ直ぐに急降下する。一羽目がこちらに気づいた時にはもう遅い。
クロウの影が木々を覆い、鋭い爪が枝をかすめた。
害鳥達は慌てて飛び立つが、クロウは逃げ道を塞ぐようにすぐに旋回。
殺す必要はない。ここは自分の縄張りだと痛みを与えて教えればいい。
「カアッ!」
空に響いた一声で、三羽の害鳥は完全に戦意を失った。
羽ばたきも乱れたまま、裏山の奥へと逃げていく。
クロウはしばらく追いかけ、境界の外まで追い払ったところで引き返した。
別荘の上空に戻ると、主が畑の端で手を振っている。その横ではシーラが感心したように空を見上げていた。
「凄いです、クロウ! 今のはちゃんと追い払ってくれたんですよね?」
「カア」
クロウは主の前に降り立ち、少しだけ胸を張った。
当然だ。ここは自分の縄張りで、主の畑なのだ。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
主が頭を下げる。クロウは不思議そうに首を傾げた。
群れの長が、簡単に頭を下げるものではない。少なくとも、クロウの知る魔物の群れではそうだった。
だが、この人間はよく頭を下げる。
シーラにも、ライムにも、マッシュにも、スレッドにも。
相手が魔物でも、人間でも、主は関係なく礼を言う。
だからだろうか。この場所にいる者達は、主の周りで穏やかに過ごしている。
ライム達も怯えず、マッシュものんびりしている。
シーラは呆れながらも、いつも主を守るように立っている。
不思議な人間だ。けれど、嫌いではない。
クロウはそっと主に頭を寄せた。撫でろという意思表示である。
「あっ、撫でてもいいんですか?」
「カア」
いいから早くしろ。
主の手が、恐る恐る頭に触れる。いつもと同じ優しい撫で方。
戦う者の手ではない。けれど、土を触り、作物を育て、従魔に餌をくれる優しい手。
クロウは目を細める。
「ふふ。クロウは格好いいのに、甘えん坊ですね」
シーラの声に、クロウは少しだけ翼を膨らませた。
決して甘えているわけではない。これは仕事をし終えた確認である。
主が無事であること。畑が荒らされていないこと。仲間達が今日も変わらず過ごしていること。
それを確かめているだけなのだ。
そう自分に言い聞かせながらも、主の手が離れると、少しだけ名残惜しい気持ちになった。
クロウは再び屋根へ飛び上がる。
まだまだ見張りは続く。
この畑を狙う鳥がいるなら追い払う。害獣が来るなら威嚇する。主が無茶をしそうならば、鳴いてシーラを呼ぶ。
それが、この群れに加わったクロウの役目だ。
春の空は青く高く、畑には新しい葉が揺れている。
クロウは屋根の上で羽を休めながら、満足げに一声鳴いた。
「カア」
今日も異常なし。
クロウの見張りのお陰で、今日も畑には平和が訪れる。







