書き下ろしSS

役令嬢は溺愛ルートに入りました!? 10

【SIDE】カール「サフィアからカンナ侯爵領への旅行に誘われる」

 聖夜祭で、ルチアーナ嬢は彼女の兄をオレに紹介してくれた。
 サフィア殿は親切で人当たりがよい人物だったものの、相手との距離をきっちり守るタイプだった。
 そんな彼が、話が途切れたタイミングでオレを旅行に誘ってくれた。
「カール殿、冬休みに入ったら、私とルチアーナの2人でカンナ侯爵領を訪問する予定だ。冬の海は風情があっていいものだ。よかったら一緒に来ないか?」
 それは即座に飛びつきたい誘いだった。
 しかしながら、それではフェアじゃないと、ルチアーナ嬢に言われた言葉を正直に告げる。
「実は以前、ルチアーナ嬢から同じ旅行に誘われたことがあった。しかし、つい先ほど、彼女本人からその誘いを撤回されたのだ」
 サフィア殿は何かを思い出したように頷いた。
「そうだったな。ルチアーナが君をこのエリアに連れてきた時、その話をしていたな」
 オレが彼女に拒絶されるところを見られていたのかと、羞恥を覚えながら頷くと、サフィア殿は小さく微笑んだ。
「実のところ、ルチアーナは想像力が豊かなのだ。様々なことを考え、本人なりの結論を出すのだが、……大体の場合、妹は状況を読み間違えているので間違った結論を出してしまう」
「そうなのか? 彼女は非常にしっかりしているように見えたが……」
 オレの中で最も印象的な彼女の行動は、学園の庭で行われた茶会だ。
 あの時、彼女は明確な目的をもってオレたちに近付き、毒入りの紅茶ポットとカップを全て払いのけて壊してしまった。
 茶葉を持ち込んだオレですら気付かないことに気付いたのだから、彼女の推測力が優れていることは間違いないだろう。
 そう思考を深めていると、サフィア殿はおかしそうに微笑んだ。
「なるほど、ルチアーナは随分君に評価されているのだな」
「いや、それは……当然のことだろう」
 彼女はオレの危機を救ってくれたのだ。
 だから、彼女を高く評価するのは当然だと返すと、サフィア殿は満足したように頷き、話を戻してきた。
「そうか。カンナ侯爵領訪問について話を戻すが、そもそもルチアーナは本人が発言した通り、君から同行を断られたと思っている。加えて、妹は君に頼み事をしたいと考えているが、そのことで君を傷付けるのではないかと危惧している」
「オレを傷付けるだって?」
 サフィア殿の言っていることが理解できずに聞き返すと、彼は詳細に説明してくれた。
「『ルチアーナがカール殿に近付いたのは、カール殿に頼み事をするためだ』と君が考え、傷付くことを妹は心配しているのだ」
「いや、頼み事を叶えてほしくて他人に近付くのは、当然のことだろう」
 驚いて言い返すと、サフィア殿は不同意を示すように首を傾げる。
「さて、ルチアーナにとって、当然の話ではないのだろうな。そして、妹は君を傷付けたくないのだ」
 それは思ってもみない発想だったため、オレは喘ぐような声を出した。
「オレを傷付けないために、ルチアーナ嬢はオレへの誘いを取り消したというのか? オレに頼み事があったにもかかわらず、それを諦めてまで?」
 それは理解できない行動だった。
 分かるのは、そんな行動を取れば、ルチアーナ嬢が損をするということだけだ。
 それに、オレを傷付けることを嫌がるというのも理解できない。
 母国の者は誰だって、オレを傷付けることに躊躇いはなかったし、むしろ兄と姉は嬉々としてオレを傷付けようとしてきた。
 眉根を寄せて考えていると、サフィア殿がおかしそうに夜空を見上げた。
「君の言う通り、妹は君が傷付かないことを最優先したのだ。これは私の独り言だが、妹は元々、君が自然豊かなカンナ侯爵領でゆったり過ごすことを希望していた」
「カンナ侯爵領でゆったり……」
 戸惑いながら繰り返すと、サフィア殿は空を見上げたまま頷く。
「君は水がある場所が落ち着くのだろう。あの地は海に面しているからな。ルチアーナお得意の想像力で妹なりに考えたのだ」
「それは……」
 どう考えていいのか分からず言葉に詰まると、サフィア殿は楽しそうにオレを見てきた。
「兄としてフォローしておくが、妹の諜報活動は大したものだぞ。まず妹は考えを巡らせる前に、その事柄についてできるだけの情報を集める。それから、妹なりに真剣に、相手のためにできることを考えるのだ」
「……ああ」
 ルチアーナ嬢はいつだってオレに親切だったなと思いながら同意すると、サフィア殿はふっと目を細めた。
「妹は君の希望に反してカンナ侯爵領に同行させたくない、とも言っていたが……私としては、たった一人の妹の真の望みを尊重したい。だから、私たちと一緒にあの地へ行ってくれるのであれば、妹とともに全力で歓迎しよう」
 咄嗟に返事ができないでいると、サフィア殿はにこりと笑った。
「急いで結論を出す必要はない。私たちは明日の午後に出発する予定だから、気が向いたらダイアンサス侯爵邸まで来てくれ。最後の瞬間まで、君を待っているよ」
 サフィア殿は決して押し付けることなく、しかし、オレが来ることを期待しているとはっきり示してくれた。
 そのため、彼らと一緒にカンナ侯爵領に行ってもいいのではないかという気持ちが膨れ上がる。
 オレは生まれて初めて、長期休暇を迎えることが楽しみになったのだった。

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