書き下ろしSS

なたのお城の小人さん ~空を翔る配管工~ 2

悩めしギルドマスター

「また、依頼です」

「……そう」

 だんっとテーブルに叩きつけられる依頼書の数々。それを胡乱げな眼差しで見据え、ギルドマスターは、口の端を震わせた。
 それらは森の恵みの採取要請。
 ここ最近、栗やキノコを筆頭とした多くの美味を求め、豪商や貴族らが競うように依頼を出してくるのだ。
 
 ……それもこれも、小人さんのせいなのよねぇ。それでも、ここまで多くなかったんだけど。

 十年ほど前に世間を騒がせた幼女様。名前をチィヒーロ・ラ・ジョルジェという幼子は、ひょいひょい森へと出掛けて、色んな物を拾ってきた。
 今に伝わる植物論を、見事に覆す代物を。

『こっちは栗で、こっちはキノコ。舞茸とかシメジとか。春に芽吹く藤子もあるし、森は美味しいものの宝庫だにょ』

 畑からの帰り道。そんな話を小耳に挟んだらしい農夫がギルドにやってきて、くりとは何だ? そんなに旨いのか? 依頼したら、取ってきてくれるか? などなど。
 半信半疑な顔の受付嬢に尋ねている。

『森の奥となるとベテランの強者に頼まなくてはなりませんわ。キノコ同様、破格な依頼料になってしまいますよ?』

『なんでぇ……。そうなのかよう。あんな小さい子が入れるところならって、俺ぁ、てっきり……』

 がっかり肩を落として扉をくぐる農夫を視線で見送り、ギルマスはしょぼくれたその背中から眼を離せない。
 当時、まだ一介の冒険者だったギルマスは、その説明にあった森の幸にひどく心を惹かれる。

 ……旨い物。滋養たっぷりで、美味しいもの。

 自分はまだ森に入れるほどの実力ではない。こうして、ごろつきの手伝いをするのが精々だ。
 それでも彼は、森の恵みの話が脳裏にこびりついてはなれなかった。

 ……滋養があれば。母さんも少しは元気になるかな。

 彼には年老いた母親がいる。まだギルマスが小さい頃に夫を亡くし、身を粉にして育ててくれた母が。
 いくらフロンティアが豊かだといっても、先立つものが無くば何も出来ない。
 福祉なんて言葉もあらず、教会の炊き出しが唯一の命綱。そんな人間も僅かだが存在した。
 その一人が、ギルマスの母親である。
 女手で稼げる金子など知れている。彼の母親は、貧民街に掘っ立て小屋の居を構え、息子に謝りながら暮らしていた。

『ごめんね、私が何も手に職がないばかりに。お前に苦労させて……』

 表面に顔が映るような薄い塩味のスープ。それに細切れのパンを浮かべ、申し訳なさそうに眉を下げる母親。
 粗末な食事を受けとりながら、ギルマスは幼いながらも金のない侘しさを知る。
 ……贅沢は言わない。ここに、大銅貨の一枚でもあったら。
 この塩水みたいなスープに、芋や人参の一つも入れてやれただろう。
 何かしたいのに、何も出来ない。まだ四つのギルマスにやれることなど知れていた。
 
 お互いに罪悪感を抱え、もそもそと食事をする親子。

 この発展途上で未分化なアルカディアは、多くの古くさいしきたりが蔓延っていた。
 一度嫁いだら二度と実家に帰れない。戻らない。それが庶民の普通だ。婚家に尽くして骨を埋める。
 だからギルマスの母も実家を頼れず、慣れない洗濯女をやって必死に息子を育てようとした。
 手指があかぎれでひび割れ、それでも死に物狂いに仕事をするのに、もらえる給金は銅貨二枚。
 一籠、銅貨一枚と決まっていて、良い所の御嬢さんだったギルマスの母親では、一日頑張っても二籠が精一杯だ。
 それでも貰えるだけありがたいと、彼女は銅貨を握りしめてその日の食事を賄う。
 教会の炊き出しは、朝と夕だけ。育ち盛りな子供に、昼抜きは酷だと、母親は自分の分まで息子に回した。
 これまで何不自由なく暮らしていたのだ。突然、貧困に陥ってしまってことを、真顔で詫びる母親を、ギルマスは見ていられない。

 ……母さんのせいじゃないのに。

 彼は子供な己が心底恨めしかった。そんな言葉など知らない年齢なのに、それと似たような感情を抱いて、毎夜身悶えた。
 環境は人を変える。疲弊した精神はその苦しさから逃れようと、楽な方へ流される。
 御世辞にも良いとはいえない幼少期を過ごし、ギルマスは愚連隊のような荒くれ者と付き合うようになった。
 使いっぱしりだが、こういった連中は見栄と虚勢で生きている。男振りを見せようと実に金払いが良いのだ。
 そんな男らの虚栄心を満たしてやりながら、ギルマスはいくらか纏まった金子を手に入れられるようになる。

 無理が祟って、寝たきりになった母親を養うために。

 今日もそうだ。ごろつきどもの手伝いに駆り出され、冒険者ギルドにやってきた彼は、農夫の語る、美味しいものという説明に耳を傾けた。
 ……父さんが失くなる前。母さんは、よくダラ焼きを焼いてくれたっけ。
 小麦粉と卵を牛乳で溶き、熱したフライパンに薄く広げて焼いただけの生地。
 それに季節の果物を煮たり焼いたりして載せ、かぶりついて食べる素朴なおやつ。
 思い出補正もかかり、ギルマスの脳内に幸せだった頃の記憶が鮮やかに甦った。
 
 ……野苺とか、たまに依頼で見るよな? そのついでに、少し奥まで行けたら。くりとやらを持ち帰れるだろうか?

 ……甘くて、ほくほくした実。他にも橙々の果実が蕩けるようで旨いか。そうか。

 小人さんとドルフェンの話を又聞きした農夫のまくしたてる言葉を脳内に反響させ、彼はごろつきどもと森に向かう。

 そして、やられた。正確には、依頼に失敗したごろつきどもに見捨てられたのだ。
 女に良いところでも見せようと思ったのか、奴らは凶暴と名高い灰色熊に挑み、見事返り討ち。
 そして逃げた。無惨に倒れた仲間を放り出して、脱兎のごとく。
 倒れる男を連れていくか逃げるか。一瞬の逡巡がギルマスの明暗を分けた。
 空を切る鋭い音。振り切ったそれが掠り、額を割って噴き出す鮮血。
 気づいた時には、もう遅い。ギルマスもまた、見捨てられた男の側に倒れ伏した。

 ……ってえぇぇっ! 仏心なんて、出すんじゃなかったっ!!

 のそりと立ち上がる灰色熊。身の丈三メートルもある巨大な野獣に見下ろされ、しだいにギルマスの意識が遠退いてゆく。
 その後起きたことを、知る術もなく。



 そして次に気づいた時、ギルマス達を見下ろしていた凶暴な熊は、その姿を消していた。

 ……どこへ?

 さらに、自分がふわふわと浮かんでいるのを自覚し、彼は思わず慌てる。
 無意識に見渡したギルマスの視界に、倒れていたはずの仲間が映った。
 まるでてるてる坊主のごとく吊るされた仲間を。それを上から支えている数匹の蜜蜂を見て、彼は驚愕に眼を凍りつかせる。
 信じられない光景。非現実的な現実を目の当たりにし、ギルマスの脳裏に、ここ最近耳にする不可思議な噂が過った。
 行方不明や、死んだと思われる冒険者が、いつのまにかギルド本部前に倒れていると。

 ……あの噂は、こいつらか? 魔物……それも厄災と名高い森の主の一族が、なぜ?

 だが、冒険者ギルドは、蜜蜂達の進行方向だ。きっと人目を忍んで、こっそり届けたに違いない。
 こんな空高く。周りは誰も発見出来なかったのだろう。

 人が豆粒のように見える高さに戦きながら、まんじりと見つめるギルマスに気づいたのか。
 蜜蜂が飛んできて、何かを彼の額に塗りつけた。
「痛っ! 痛ぇって、やめろぉ!」
 じたばたもがくものの、宙にぶらりんな身体は、力が全く入らない。 
 そして額から伝わる何かが口の端を掠め、条件反射のように舐めた瞬間、ギルマスは硬直する。

 ……甘い?

 その何かは蜂蜜だった。蜜蜂は、蜂蜜を彼の傷に塗りたくっていたのだ。
 蜂蜜には強い殺菌効果があり、糖分が雑菌の増殖を防ぐ。
 それを知ってか知らいでか、蜜蜂はギルマスの割れた額にせっせと蜂蜜を塗っていた。
 血止めの役回りも果たしているだろう蜂蜜の優しさに触れ、ギルマスは涙と嗚咽が込み上げる。
 急に泣き出す彼を見た蜜蜂達は大慌て。まるで慰めるかのように、わらわら寄ってきた。
「……うまいな。蜂蜜か? 初めて舐めたよ。俺より、母さんに……。う……ぅぅ」
 これまで誰にも話したことのない弱音。それをとつとつと溢しながら、ギルマスは、農夫の語った話もした。
「奥では、滋養のある旨い物が採れるんだろ? ……母さんに、持って帰ってやりたかったんだけど」
 もう、すぐそこに見える城下町を眺めつつ、死闘の疲れが出たのか、泣いてしまって緊張が弛んだのか、うとうととギルマスは船を漕ぐ。
 そうして眠ってしまい、再び意識を取り戻した時、彼は号泣する母親の怒鳴り声に見舞われた。

「こんな危ないことをさせるために育てたんじゃないっ!! この馬鹿たれぇぇっ!!」

 母親の力ない拳でぽこすこ子供殴りされつつ、ギルマスもつられて泣いてしまった。

 しかし、その翌日から不思議な現象が起きる。

 ぶぶぶ、と聞き覚えのある音を耳にした彼は、軒下を覗き込んで思わず眼を据わらせる。
「……何してんだ?」
「…………」
 尋ねても返事はない。あるわけない。そこに居るのは、厄災と名高い森の蜜蜂なのだから。
 二匹の蜜蜂は、守るかのように何かを抱えていた。
 こないだ助けてもらったせいか、ギルマスはこの厄災様に妙な親近感が湧き、恐ろしいとも思わない。
「助けてくれて、ありがとうな。お礼が出来たら良いんだが。蜜蜂って、何を喜ぶんだ?」
 きょん? と惚ける真ん丸目玉。顔を見合わせた蜜蜂は、持っていた物を彼に押し付けた。
 それは、でっぷりしたキノコと毬を外した栗。そして真っ赤に熟れた柿の実である。
 どうやら数個ずつ運んできたらしい秋の味覚を見て、ギルマスの目が、みるみる見開いていった。
「俺に……?」
 小さな呟きを拾い、蜜蜂はふるふる首を横に振る。
 ならば。なぜ自分に渡すのか。そこまで考えて、彼は、はっと掘っ立て小屋を見た。
「母さんに……?」
 うんうんっと、蜜蜂は首がもげそうな勢いで首肯する。

 ……俺が話したから? だからって、魔物がなんで? しかも、こっちの言ってること理解してるよな、こいつら。
 
 この時には、ただの不可解だった蜜蜂の行動。

 しかし、後に彼は知る。

 モノノケという存在を。魔物でありて、種を保持する複雑な生き物の性質を。
 そこから、細やかな交流を蜜蜂とするようになったギルマスは、誰より森に詳しい冒険者となる。
 手助けはしないものの、万が一にならないよう、彼の冒険を見守る二匹の蜜蜂。
 そんな蜜蜂に手助けされ、何度も死線を潜り抜けた彼が一端になった頃。前ギルマスから後継に指名される。
 森の安全圏を確保し、確認した功績が高く評価されたからだ。
 しばらくして小人さんが世間に知らしめる森の主の生態。
 それを逸早く踏破して、詳細な報告を上げた彼に、称賛と羨望の集まった結果だった。



「若かったのよねぇ。アタシも」

 益体もない過去が脳裏にそぞろ浮かび、思わずギルマスは頭を振って、それを追い払う。

 ……ほんと。世の中、ままならないものだわ。

 増えた依頼は、小人さんの仕業だ。彼女が公開した新しいレシピを実際に作るため、誰もが森の幸を欲している。
 依頼が多いのは良いことだが、人手が足りな過ぎて悩ましい。

 ……野苺のソース? や、プラムの塩漬け? 酒漬け? ……なによ、美味しそうじゃない。

 殺到する依頼を手際よく捌きつつ、ギルマスは窓辺に視線を振った。
 そこにましますは、初夏の陽射しを浴びて、ぬくぬくする蜜蜂二匹。
 頼りない少年だったギルマスに付かず離れず、じっと見守ってきてくれた友人だ。
 無意識に弛む、強面様の眦だが、当の本人は気づかない。

 大きな事象の陰に、必ず隠れているお伽噺。

 これはすでに、フロンティア……、いや、アルカディアのデフォとなりつつあった。

 誰もが物語の主人公になれる世界。それが、アルカディアである。

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