書き下ろしSS
没落令嬢の雇われ悪女な日々 1
ヴィオラとレイノルドの譲れない戦い
「家まで送るよ」
「下ろしてください!」
花祭りの日に、若い女性を横抱きにした青年が歩く。
その光景を見た王都の人々は、ほぼ同じ感想を抱いた。若い女性が驚くほど目を引く赤毛の美女で、青年が身分の高そうな美貌の貴公子となれば、間違いなくロマンスを確信する。
———という状況だったはずなのに、どうしてこうなった?
テレンスは唖然としていた。
つい先ほどまで、見た目だけは甘やかな男女がいたはずだ。なのに今、その二人は真剣な表情で競い合っている。出店の射的で。
「あれ? 矢が曲がっていたのかな」
「ふふ、おもちゃの矢の作りが雑なのは常識ですよ。詰めが甘いですね!」
「……君は意外なものに詳しいよね」
「いい景品を手に入れるためには必要ですから!」
そう胸を張った直後に、おもちゃの弓矢で的の真ん中を射抜くヴィオラの腕前は素晴らしい。テレンスもそれは認める。でも何が姉をここまで本気にさせているのだろう。
この出店はごく普通の射的屋で、景品は子供向けの小さなぬいぐるみとか野菜盛り合わせが中心だ。料金と比べて特にお得になるようには見えない。
真剣に悩んでいたテレンスは、すぐ近くに高級靴店を見つけてハッとした。
「もしかしてヴィーは、あの靴店の割引券を狙っているのか?」
「おっ、テレンス君は鋭いな。ヴィオラお嬢さんの狙いはその割引券らしいぞ。正確には、靴を買うか否かの勝負だそうだ」
同僚に事情を聞いてきたアレンが楽しそうに教えてくれた。
【ヴィオラ勝利】……割引券を手に入れて靴を購入する
【レイノルド勝利】……景品の大盛り野菜を入手、ヴィオラは再び姫抱っこ
————ということらしい。
事情はわかった。でも熱中するほどのことなのか。テレンスとしては理解に苦しむ。
「……ヴィーはともかく、レイノルドさんまで何をしているんでしょうね」
「ヴィオラお嬢さんは頑固だよな。お坊ちゃんが疲れたら、俺たちが馬になるのに……あ、馬といっても四つん這いで歩くわけじゃなくて、三人一組で作る乗り物のことだぞ!」
「あ、はい。そこはちゃんと理解しています」
なんだかアレンが慌てているので、テレンスは少しだけ愛想笑いを浮かべてみせる。ちょうどその時、周囲の人々がどっと歓声を上げた。振り返ると、最後の矢も的の真ん中を射抜いたヴィオラが、誇らしげに店主から景品の割引券を受け取っているところだった。
「ついに美人さんが勝ったぞ! お坊ちゃんに高い宝石をおねだりするのかな?」
「それがね、景品の割引券で靴を買うらしいわよ」
「えっ? それはつまり……」
「あの男前なお兄さん、振られたのか……」
歓声の中に深刻そうな囁きが広がり、妙に優しい眼差しがレイノルドに集まる。
しかしレイノルドに落ち込んだ様子は全くない。むしろ楽しそうにまたヴィオラを抱き上げた。
「え、ちょっと!」
「靴を買うまで、これは俺の役目だよ!」
そう言って颯爽と靴店へ入って行く。テレンスが苦笑気味に見送っていると、観戦していたリリアナが興奮しながら戻ってきた。
「レイノルドさんも上手だったけど、ヴィーお姉様は本当にすごかったわ!」
「本番に強いところはすごいと思うけどね。……本当に、何をやっているんだろうな」
妹の頭を撫でたテレンスは、靴店を見ながらため息をついた。







