書き下ろしSS
声が出せないので無詠唱魔法でもいいですか!!! 2
流れ星のように
ローレンス・ハートフィールドにとって、その少女がどういう存在だったか、言葉にすることはとても難しい。
遠い昔にお別れをした、大切な人と同じ銀髪の少女。
そこには彼方へ消え去った記憶の残り香がある。
無明の闇に消えて思いだせなくなっていた景色が頭の中に浮かぶ。
その瞬間、ローレンスは十代だった頃の自分に戻っている。
どんなことだってできるとどこかで思っていた時代。
世界が汚れていることを知り始めていた。
だけどあきらめることはまだできなくて、醜い歪みを目にするたびに傷ついていた。
悟ったような顔をしながら、本当は割り切れてない自分を抱えていた。
そんな青い時代の名残がそこには浮かんでいる。
心が動いているのが不思議だった。
何が起きているのか一瞬わからなくなるくらいだった。
そんな感覚を、随分前から経験していなかったから。
繰り返される日々。
積もる茫漠とした時間。
心のやわらかい部分を壁で覆ったのはいつからだろう。
考えることも、想像することもやめた。
目の前の事象を作業のようにこなして、日々をやり過ごした。
喜びはない。
悲しみもない。
自分はとっくにすり切れてしまっている。
そう思っていたのに。
少女との出会いは、それまでの自分を簡単に破壊してしまった。
弾む鼓動。
久しく忘れていた、わくわくするという感覚。
会いに行けることに喜びを感じていた。
遠くから見ているだけで幸せだった。
魔法を教えると、誕生日プレゼントをもらった子供のように目を輝かせて、前のめりになりながら耳を傾けてくれる。
(なんだこの子……)
ローレンスは息を呑んだ。
(教え甲斐があまりにもありすぎる)
仕事の合間を縫って、多少無理をしてでも会いに行きたいと思わせるだけの魅力が彼女との時間にはあった。
自分が価値ある存在のように思えた。
そんな風に思えるのは久しぶりだった。
不思議なものだと思う。
王国最高位である特級魔術師の一人で、地位も名声もこれ以上無いほどに持っているはずなのに。
そうした一切は彼にとって価値を感じられるものではなくなっていた。
それよりもずっと少女に魔法を教えている時間の方が、価値のあることをしているように感じられる。
失われていた生の実感。
何もかも飽きて、おかしくなりそうなくらいだったのに。
灰色の世界でひとつだけ、みずみずしく色づいて見える小さな花。
導きたいと思う。
苦しいときに踏ん張るための背骨になるような、大切なことを伝えたい。
この子の人生が良い方向に進んで欲しい。
傷つけるものから守りたい。
楽しそうな姿をずっと見ていたい。
だけどそれが叶わない願いであることを、誰よりも彼自身が知っていた。
(神様というのは、本当に意地悪らしい)
終わりのときが近づいていた。
その瞬間に向けて彼は生きてきたのだ。
飽きるくらいに続いた長い時間を。
遠い昔にした彼女との約束を果たし、この世界から消えるそのときを求めていた。
早く来て欲しい、とずっと待っていた。
だけど求めていたそれが間近に迫った今、まったく違う願いが自分の中に生まれている。
(あるいは、終わりが近いからこそこういう風に強く感じているのかもしれない)
この世界が生まれてから今日まで、積み重ねられた途方もない時間。
捉えきれないその長さに比べれば、人間の生命なんて本当に一瞬の瞬きに過ぎなくて。
だけどだからこそ、永遠よりもずっと大きな価値がそこにはあるのかもしれない。
流れ星のようにあっという間に消えてしまうからこそ、願いたいと感じるのだ。
(どうか君が幸せな日々を過ごせますように)
目を閉じて祈る。
(歩んでいく道のりの中で、僕の教えたことが少しでも役に立つものでありますように)
人並みに欲張りなこの願いが叶ってくれたらいいと心から思った。







