書き下ろしSS
マリアンデール~記憶喪失になった令嬢はすべてを手に入れる~
お嬢様の忘れ形見(グレンダ視点)
グレンダ・バーナーズと申します。
元はブラックウェル伯爵家の寄子バーナーズ子爵家の三女として生まれ、伯爵家に勤めることとなり、お嬢様の側付きとして従事しておりました。
お仕えしていたお嬢様――レジーナ・ヴィ・ブラックウェル様はピンクブロンドに緑の瞳をした美しいお嬢様で妖精姫と囁かれ、デビュタントされた時には社交界の紳士達はこぞって、注目をしていたものでございます。
この国の建国以来の由緒あるブラックウェル伯爵家は、わたくしの家とは別の寄子の家の負債を背負い、あっという間に傾いてしまいました。
そこに手を差し伸べたのがアーチデール男爵でございました。
わたくしが側付きとしてお仕えしていましたレジーナ様と、当時男爵位を叙爵し若手の中でも、結婚相手としての条件は悪くないと言われるデイヴィス・ヴィ・アーチデール卿との結婚で、傾いたブラックウェル伯爵家が立て直されましたが、しばらくして、ご当主様がなくなり、爵位は返上となったのでございます。
レジーナお嬢様はアーチデール男爵との間に、一男一女をもうけたのですが、従来お身体が弱く、娘であるマリアンデール様が二歳の時にお亡くなりあそばしました。
マリアンデールお嬢様は――……亡くなられたレジーナ様にも、アーチデール男爵にも、似ておられない紅茶色の髪に青みがかった鋼色の瞳を持っておりました。
執事のセバスチャンが「ご両親には似ていない」と呟いたことがございます。
その言葉にわたくしは腹立ちを飲み込んだのを覚えております。
家事使用人の総括ともいえる執事が、主家の娘に対して言っていい言葉ではありません。
わたくしの大事な、主であるレジーナ様に対して不貞の疑惑をかけるとは許しがたいと感じずにはいられませんでした。
そんなわたくしの憤りを見たレジーナ様は、鷹揚にこう仰ったのでございます。
――ブラックウェル伯爵家が一番、隆盛を極めていた当時の――お爺様と同じ色だわ……きっとこの子は……強い子になると思う……。
何故、このことを思い出したのかと申し上げますと……。
「手癖の悪い男が、アーチデール家の執事だと!? ふざけるな!」
マリアンデールお嬢様の声が居間に響き渡り、短鞭を遠慮なく執事――セバスチャンを打擲している姿を見ているからでございます……。
わたくしが……大事にお育てしたレジーナお嬢様の忘れ形見、いずれは社交界にデビューして、いずこの紳士に傅かれるような淑女としてお育てしていたはずなのに……。
これではまるで、神話の戦神、闘神のごときお姿。
マリアンデールお嬢様は先日、このアーチデール邸の階段から転落し、頭部を強打し三日三晩の意識不明の状態でございました。
側付きのアンとわたくしが交互で必死に看病して、無事に意識を取り戻したのでございますが……これまでの記憶が一切ございません。
ですが、記憶喪失後のマリアンデールお嬢様は……それまでの大人しい性格とは真逆と言っていいほど、苛烈な性格に変わってしまわれました。
執事セバスチャンは、現男爵夫人の宝飾品をこっそりイミテーションとすり替えて、自分の借金の弁済に充てていたようです。
ブラックウェル伯爵家の遺産であるパリュールが無事だったのは、これをバラして売り捌いたとしても、デザイン的にイミテーションを作りにくい形だったからだとか。
紅茶色の赤い髪に似合う、そのパリュールを、マリアンデールお嬢様が身に付けることになるのは、もう少し先のお話になるのですが……。
下男に縛り上げられた元執事を睥睨し、遠慮なく短鞭を打擲するなど、絶対にされない方でしたのに……。元執事は呼びつけられた憲兵に引っ張られていきました。
その場に残る家事使用人達はざわつき始めます。
そのざわつきを一瞬で沈める、マリアンデールお嬢様の檄が飛びました。
「いいか! これまで、無駄口、無駄話をしていた――とくにそこのメイド!」
短鞭でビシッと指したのは、現男爵夫人ジャネット様がつれてきたメイドのジェマと、ジェマに従う二人のメイド達。
「これからグリフィスとグレンダが、お前達を鍛え直すと思え。小姓をはじめとする下男達も心しろ、アーチデール男爵家に勤める者は、他家よりもよい給金を支給しているはずだ。貴族家でもひどいところだと、現物支給、住処と食事を与えるだけで、給金を払わないところもあるが、アーチデール家の給金が破格なのはお前達も知るところだろう。金を貰った分の働きをするのが当然だ! お前達の立場を、今一度よく思い出せ!」
お淑やかなご令嬢であったはずの……声をこんなに荒げることはなかったはずのマリアンデールお嬢様が……。
心強い主家の娘としては、今のお姿は確かにありですけれども……。
マリアンデールお嬢様の、青みがかった鋼の瞳の煌めきを見つめていたら、なぜか、亡きレジーナ様のお言葉が甦りました。
――きっと、この子は強い子になるわ……。







