書き下ろしSS

王太子妃候補なのに『英雄騎士様の貞操を守る係』に任命されました!?

踊らない騎士様

 恋は矛盾だらけだ。
 社交界のマナーを教えたのは私なのに、セドリック様が盛装を纏い、〝夜会仕様の顔〟をしていると私の胸中は穏やかでいられない。
「イヴリット様」
「は、はい」
「俺……どこか変ですか!?」
「え?」
 主催者のご夫妻に挨拶を終えた後、私がセドリック様の横顔を見つめすぎたため彼は不安を感じたらしい。
 私は少し慌てて否定する。
「いえ、そんなことありません。完璧でした!」
 そう……本当に完璧だったのだ。
 ご夫妻共にメルスコット・シルクを気に入ってくださって、今夜の衣装も揃いのデザインで新調したと言ってくれていた。
 セドリック様はご夫人に対し『こんなにもお美しい方に気に入ってもらえるなんて、メルスコット出身の者として嬉しいです』としっかり褒めることができていた。
 英雄騎士様に挨拶をしようと集まってきた女性たちにも笑みを絶やさず挨拶を返し、どこからどう見ても立派な紳士だ。
 でも、セドリック様がうまく立ち回れば立ち回るほど……「皆に優しくできるのね」とかくだらない嫉妬心が芽生えてしまうから困る。
 社交界で取って食われないために、私が彼をそう・・したのに!?
 この状況は喜ばしいことなのだ。それを手放しで喜べない私が間違っている。
「私は今、自分自身の至らなさに反省しています……」
「なぜですか!? イヴリット様はいつもどおり素敵ですよ!?」
 視線を落として嘆く私を見て、セドリック様は困惑していた。
 軽やかなバイオリンの音色さえも恨めしい。
 恋をするとこんなにも心を乱されるのだと思い知る。
「私──セドリック様が私だけを見てくれたらいいのにって思ってしまって」
「!」
「自分がこんなにも心の狭い女だと知りませんでした」
 婚約者のいる女性はいつもこんな風にもどかしい思いをしているの? 信じられないといった風に呆れて笑いが漏れる。
「俺はイヴリット様しか見ていませんよ」
 ふいに顔を寄せたセドリック様はそう囁く。
 胸がどきりと高鳴り、目を見てもう一度聞きたいのに恥ずかしくて目を合わせられなかった。
「心が狭いのは俺の方です。今だって誰にもイヴリット様を見せたくないし、男は一生話しかけてくるなって思っています」
「一生?」
「はい、一生です」
 私はくすりと笑う。
「それは……大変に心が狭いですね?」
 セドリック様も釣られて笑った。
「はい。だからお揃いでしょう?」
「ふふっ、そうですね」
「気づいています? あなたにダンスを申し込もうとしている男たちが様子を窺っているでしょう? ──俺は、今夜は絶対に一曲も踊らないって決めています」
「それって」
「ファーストダンスは婚約者と、その後は別の相手と踊っていいんですよね? まず俺が踊らなければイヴリット様は誰からの申し込みも受けられません」
 ちらりと見上げれば、セドリック様は悪い顔で笑っていた。
「まぁ! ルールを逆手に取った応用ですね?」
 その手があったのかと私は目を丸くする。
 確かにセドリック様の言うとおり、二人で参加しているのに婚約者と踊らずにほかの人と踊ることはできない。
 なるほど、と感心していると急に不安げな声音が降ってきた。
「あの、必死すぎて嫌ですか……? ちょっとルールを悪用しすぎました?」
 さっきの顔と打って変わって、まるで子犬のような目をしている。
 かわいい。
 私の騎士様がかわいすぎる。
 ここで私が嫌だと言えば無理強いしないのだろう。そこがまたセドリック様らしい。
「今夜は踊らずにいましょう。たまにはいいと思います」
 そう言って彼の腕に自分の手を添える。
「はい!」
 嬉しそうな声が愛おしくて、私は目を細めた。

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