書き下ろしSS

飾りの皇妃? なにそれ天職です! 4(完)

鬼の霍乱

 その知らせは、この国の皇帝であり私の旦那様でもあるフィズの側近のアダムからもたらされた。
「――フィズが風邪をひいた!?」
 私はその報告に、驚きで目を剥いた。
 普通の人の風邪ならここまで驚かない。しかし、生物界で最強の身体能力を持っているフィズのことだ、易々と体調を崩すとは思えない。
「え、どうしよう、どんな天災に遭遇したの? この国終わる?」
「終わりませんよ。シャノン様、陛下も一応人の子なので天災などがなくても風邪をひくものですよ」
「想像もできないけど……」
 あのフィジカル最強生物であるフィズが何もないのに風邪なんてひくはずがない。
 ジトリと怪しむような視線をアダムに向ける。
「五徹の政務の後、体が鈍るからって雪山に魔獣退治に行ったからと本人は言ってました」
「うちの皇帝は一体何をしてるの」
 そりゃあ風邪もひくよ。というか、よく風邪で済んだね。私が同じことをしたら生命の危機に瀕してると思う。
「まあ、風邪と言っても微熱と喉の痛みが出ているくらいなんですけどね。念のためベッドで安静にさせています。本人は退屈そうにしてますが」
「風邪ってそんな軽傷で済むことあるんだ」
「……皇妃様は逆に一般人よりも重症になりがちですからね」
 こちとらフィジカル最弱だからね。そう考えると私もフィズも極端だな。
 まあ、何にせよフィズが風邪をひいたならやることは一つ、看病だ。

 そして、準備を整えた私はフィズの部屋へとやってきた。
「フィズ、来たよ」
「え? 姫が来てくれたの? ……ええと、本当に姫?」
「もちろんですとも」
 むしろ私以外の誰が来るというのか。
「いや、姫だとは思ったんだけど、一見誰だか分からなかったから……」
「フィズのところに行くなら完全防備しろって言われちゃって」
 免疫も最弱の私は、万が一にもフィズから風邪がうつらないように完全防備することを侍女達に約束させられた。
 その結果が、しっかりと暖かい服で全身を覆った上で手袋を着用、そして顔全体をガスマスクで覆っている。
 ふむ、確かに見ただけでは誰か分からないかも。
「まあ、逆にそれくらいの方が俺も安心だけどね」
 すると、フィズが体を起こして私を手招きした。なので、ちょこちょこフィズのベッドへと近づいていく。
 近くで見るフィズは汗一つかかず、顔色も涼しげだ。正直、普段との違いが分からない。
「……フィズ、意外と元気そうだね」
「ちょっと熱が出てるだけだからね」
 本当にそれくらいで済んでるんだ。羨ましい限りだ。
 不要かもしれないけど、とりあえず差し入れはしておこう。
「フィズ、果物持ってきたよ。リンゴもウサギさんにしたの」
「ウサギさんにしてくれたのか。……姫、もしかしてと思うけど自分ではやってないよね?」
「安心して、ちゃんとうちの料理人に頼んだよ」
 私がやったら間違いなく流血沙汰になるからね。
 フィズもそれを心配したんだろう、それまでは普通だったのに一瞬にして顔色が悪くなっていた。料理人がやったことを伝えるとホッとしたように胸を撫で下ろしていたけど。
 するとフィズはお皿の上に載っているリンゴを手に取り、口に運んだ。
「うん、おいしい。ありがとね」
「どういたしまして」
 それから、フィズは私が差し入れに持ってきた果物をもりもりと平らげていった。
 食欲もバッチリだね。
 差し入れ、果物じゃなくてステーキとかの方がよかったかな……。
 吸い込まれるように次々とフィズの胃袋に消えていく果物を見て、次回からはもうちょっとガッツリした差し入れにしようと決めた私だった。
 最強フィジカルの持ち主のフィズが体調を崩すなんて、もう二度とないかもしれないけど。
 コンコン。
 そんなことを考えていると部屋の扉がノックされ、フィズの側近であるアダムが部屋に入ってきた。
「失礼します。陛下、調子はどうですか? まあ元気でしょうけど――って、え!? 誰!?」
「シャノンだよ」
 ガスマスク越しだから、少しくぐもった声で答える。
「え? シャノン様!? 誰かと思いましたよ!」
「こんなに小さくてかわいい生き物なんて姫しかいないだろ」
「ガスマスクしてたら、それがたとえシャノン様でもかわいいかは分かりませんよ。俺はてっきり、ガスマスクの不審者とイチャイチャしてるのかと思いました」
「お前が主人を既婚者でありながらガスマスクの不審者と懇意にするような奴だと思ってるのは分かったよ」
 とても病人とは思えない滑らかな口調でアダムを追い詰めるフィズ。
 だけどニヤリと片頬を上げているあたり、ただからかっているのだろう。なんとも元気な病人である。
 病人よりも体力のない私は、一度離宮に戻ってお昼寝をすることにした。

 そして昼寝から目覚めて戻ってくると――
「……フィズ、何をしてるの?」
「たまには筋トレでもしようかなって。半日も寝てたもんだから体が鈍っちゃって」
「普通の病人は筋トレはしないと思うの」
 私の目の前では、フィズが寝間着姿のまま床で腕立て伏せをしている。
「……もう元気だねぇ」
「ですね。これ以上陛下を寝かせておくのは無理でしょう」
 私の隣でアダムが溜息をつく。
 本当は一日くらいはしっかり療養してほしいけど、もう限界そうだね。

 そうして、フィズの病人生活は一日と保たず、半日で幕を閉じてしまった。
 なんというか、フィズは本当に病人に向いてないね。
 まあ、旦那様が健康で何よりである。

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