書き下ろしSS

落令嬢のお気に召すまま ~婚約破棄されたので宝石鑑定士として独立します~ 5

エヴァンス装飾

 秋が深まり、王都の風は冷たさを帯び始めていた。
 私はブラックが魔法で温めてくれているアトリエの作業台で、一台の懐中時計を凝視していた。
 私とレックスさんが共同開発したスフェーン式懐中時計だ。
 文字盤の『3』の下には、私が考案したエヴァンスハートカットを施した“楔石スフェーン”が埋め込まれ、若草色の光を放っている。
 ゼンマイを巻かずとも一年間、正確に時を刻み続けるこの魔道具は、私の鑑定士人生における誇らしい成果の一つだ。
 まあ自分の成果というよりは、皆さんの協力のおかげだと思う。
 感謝の気持ちは忘れないでおこう。
「……魔宝石で懐中時計を装飾か」
 私が独り言を漏らすと、作業台のフックにぶら下がっていたクリスタが逆さまになって顔を覗き込んできた。
『何が足りないの?』
 虹色の二枚羽をパタパタさせながらクリスタが笑う。
 一方、古代語の分厚い辞書に腰をかけ、優雅に本を読んでいたブラックが呆れたように流し目を送ってきた。
『依頼主が装飾デコレーションをご所望なんでしょう? 好みは聞いていないの?』
『ミランダ様とお付き合いがある商人さんの懐中時計なんだけどね、先方からは自由に選定してくれと言われているんだよ。新進気鋭の女性鑑定士、伝説の鑑定士ピーターの一人娘! そんなふうに言われたらプレッシャーがね……』
 依頼主の商人さんは懐中時計のケースの周囲に魔宝石を装飾したいそうだ。
 普通なら魔宝石を指定されるのだけれど、金額はいくらでも構わないから、私が思う最高の魔宝石を選定してくれと言われている。
 最高……最高ねえ……。
 しばらく考える。
 アトリエに引いている水が、育てている室内植物に流れる音だけが響く。
 クリスタもブラックも何も言わない。
『ねえ、魔宝石は全部最高だよね?』
『そうだね!』
 クリスタがフックに片足を引っ掛け、器用にくるくると回る。
 ブラックはやれやれと呆れた様子だ。
『そうだよ。一番は決められない。だったら、数種類装飾すればいいんだ』
 一度思い立つと、もう止まらない。
 私は棚からコツコツと集めてきた魔宝石のコレクションケースを取り出した。
 まずは幸運を呼ぶ“月運石ムーンストーン”。これは絶対に外せない。
 それから、心を落ち着かせる“黝簾石タンザナイト”。
 青が入ったら赤もほしいよね。“紅玉ルビー”も入れておこう。
 ジュエルルーペを覗き込み、瞳に魔力を集めて石の深層へ潜っていく。
 うーん、いつ見てもどれも美しい。
 他には澄み渡る海のような優しさを持っている“藍柱石アクアマリン”。
 光によって色を変える二面性が魅力的の“金緑石アレキサンドライト”。
 魔宝石ばかりだと高価になりすぎるな。
 それなら魔力の切れた観賞用鉱石でもいいんじゃないかな?
 あまり魔宝石を周囲に装飾すると、スフェーン式懐中時計に干渉して動きを阻害しそうだし……そうだね、そうしよう。
 いっそ全部鉱石でもいいんじゃ……。
 えーっと、綺麗な鉱石は引き出しの中に……。
 “スフェーン”、“サファイア”、“エメラルド”、“トパーズ”、“ガーネット”、“ペリドット”、“ラピスラズリ”、“ジルコン”、“スピネル”、“カイヤナイト”……。
 どれもこれも捨てがたい。
『オードリー、目が怖くなってるよ〜』
 クリスタが何か言ったけれど聞こえない。
 装飾する魔宝石、鉱石をジュエリーボックスに収め、鞄に入れる。
 家の鍵をしめてレックスさんのアトリエへ向かった。
 乗合馬車に乗り込んで、二十分ほどで到着。
 呼び鈴を押すとレックスさんが出てきてくれた。
「レックスさん。例の装飾の件で使う魔宝石を持ってきました。少々ご相談したくて……」
 玄関から出てきたサファイアブルーの碧眼が私を無表情に捉える。
「話は中で。身体が冷えてしまう」
 ドアを押し開けてくれ、アトリエに通される。
 レックスさんは作業台で複雑な数式魔法陣を描いていたようだ。
 魔法陣に使う羊皮紙が散乱している。
「すまない。今場所を作る」
「手伝いますね」
 作業台の道具を脇に寄せ、私は待ちきれず口を開いた。
「最高の装飾について考えてきました。これをどのように配置すべきかも考えてあります」
 鞄からジュエリーボックスを取り出し、彼に見せる。
 レックスさんは三秒ほど中を見下ろすと、一つうなずいた。
「それで? どれを装飾するんだ?」
「全部ですね」
「……」
 レックスさんはジュエリーボックスに入っている大量の鉱石を見て、数秒の沈黙の後、眉根をわずかに寄せた。
「……オードリー嬢。確認だが、装飾したいのは懐中時計だな?」
「はい! この子たち全員に、懐中時計を飾ってもらおうと思っております!」
 私は家を出る前に自分で考えた配置を披露した。
 手帳を取り出し、彼に見せる。
「外装に“ムーンストーン”を敷き詰め、その隙間を“メレダイヤ”で埋めます。上部には“ルビー”と“サファイア”を交互に配置して、リューズの部分には贅沢に“アレキサンドライト”。裏蓋は“水晶クォーツ”を精霊の形に彫刻して貼り付けようと思います」
 レックスさんは無表情を貫いたまま、冷静なトーンでつぶやいた。
「オードリー嬢。よくこんなものを思いついたな」
「えっ……そうですか?」
「大商人が魔宝石なしの装飾品で納得するか?」
「こんなに可愛いので大丈夫ですよ。石の力を信じましょう!」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫ですって」
「オードリー嬢は石のこととなると人が変わるな」
「ええ。オタクですからね」
 私の言葉でレックスさんがちょっぴり笑い、うなずいた。
 協力してくれるようだ。
 
 その後、レックスさん協力のもと、ゴテゴテのピカピカに装飾した懐中時計が誕生した。
 私のお気に入り全部乗せ装飾である。
 先方の商人さんからは魔宝石を使わず観賞用鉱石で装飾したことが大好評で、逆に珍しいとの評価をいただいた。商人の間ではこのエヴァンス装飾が流行するのだが、それは数年後のお話だ。

TOPへ