書き下ろしSS

血貴族の婚約拒絶録~オレは絶対に、結婚などしない~ 1

安穏

 冬を目前に控えた、ある日のこと。
 レイシアが学園のラウンジで、友人たちと談笑を交わしていると。
「ああ、レイシア!」
 突然名前を呼ばれ、レイシアが顔を上げた。
 ラウンジの入り口から駆け寄ってきたのは、見覚えのある人影だった。
「ルークお兄さま?」
 レイシアがぽかんとした顔で呟く。
 ルーク・ロヴァス・アガーディア。レイシアの目の前で息を切らしている金髪の青年は、アガーディア公爵家の次期当主であり、レイシアの実の兄だった。
「あの、お兄さま、どうされたのですか? なぜ学園に……?」
「レイシア……思ったより元気そうだな。よかった。てっきり、塞ぎ込んでいるのではないかと……」
「ええ?」
「あ、君たち、レイシアの友達かな? いつも妹と仲良くしてくれてありがとう」
 レイシアと同じくぽかんとしていた友人たちは、その男がアガーディア公爵家の次期当主だとわかると、恐縮したように席を空けた。
「ああ、ありがとう。悪いね。座らせてもらうよ。ここまで走ってきたものだから少し疲れてしまった。学園は広いな……」
「あのう、お兄さま……」
「ああそうだ! レイシア、本当に……なんと言葉をかけていいかわからないよ。まさか、ロドガルドの小僧に婚約破棄されるだなんて……しかもあろうことか、学園のパーティーで!」
 呆気にとられるレイシアに、ルークはかまわず続ける。
「父上は王国内の力関係に余計な波風を立てずに済んだとほっとしていたけれど、おれは到底、許すことなどできない! かわいいレイシアがこんな仕打ちを受ける理由なんてないはずだ! なんならおれが直接、ロドガルドに出向いて抗議してもいい! いや、抗議しなければならない! おれがっ……ロドガルドの……当主に……」
 ルークの声が、次第に勢いをなくしていく。
 やがて突然、青年は頭を抱えてテーブルに突っ伏した。
「だめだ……怖い! 冷血卿が怖い! もし屋敷に乗り込んだりしたら、生きて帰れるかどうか……。すまないレイシア、情けない兄を許してくれ……」
「いえ、あの、いいのですよお兄さま」
 レイシアはやや戸惑いながらも、兄をなだめるように笑顔をつくる。
「もう当人同士で和解しましたから。お兄さまは何もしてくださらなくて大丈夫です。むしろ余計なことはしないでください」
 兄も、当主である父も、今回のレイシアの暗躍を知らない。
 ただ歳の近い貴族に求婚し、揉めた末に破談したとしか思われていなかった。
「そうか……? 本当に?」
「本当です本当です。それよりお兄さま、アガーディアの様子はいかがですか?」
「アガーディアか? とてもいいぞ」
 レイシアが話題を逸らすと、ルークは急に元気を取り戻して言う。
「今年は豊作だったんだ。開墾を進めさせていたおかげで、作物の収量がかなり増えた。しかも、関税収入も潤ったんだ。複雑ではあるが、これはロドガルドが海賊を討伐してくれたおかげだな。まあとにかく、領地の方はずっと好調だぞ」
「そう……でしたか」
「ん? どうしたんだ?」
「いえ」
 レイシアは、どこか寂しげな笑顔で言う。
「アガーディアは……お父さまやお兄さまが治めるのが、やはり一番よかったのだなと思いまして」
「……? もちろんだとも! いずれおれが当主を次いだ後も、父上のやり方に倣うつもりだ。ああそんなことより! 実は今度、二人目が生まれる予定なんだ! 占い師によると女の子らしい。今度帰ってきたときには、姪っ子の顔を見せてやれると思うぞ。もしレイシアがロドガルドに嫁いでいたら、隣の領地とはいえそう気軽に帰ってくるわけにはいかなかっただろうからなぁ。こればかりはよかったかもしれん」
 そう言って屈託なく笑う兄を、レイシアは仕方なさそうに見つめていた。

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