書き下ろしSS

血貴族の婚約拒絶録~オレは絶対に、結婚などしない~ 2

婚活

 ロドガルド領都、昼下がりの教会にて。
 目の前で若い夫婦が言い争う光景を、ラニスは呆気にとられて見つめていた。
 先日、ここで式を挙げたばかりの夫婦だった。礼の意味を込めた寄進のために再び教会を訪れた二人は、はじめのうちは仲よさそうにしていたが、ラニスが愛想よく対応していたところ次第に雲行きが怪しくなり始める。
 旦那がラニスにデレデレしているという妻の指摘から始まり、普段の生活のだらしなさ、稼ぎの少なさ、果ては夜の営みに至るまで話が飛んで不満が噴出。夫もそれに耐えかね言い返し始めると、もう収拾がつかなくなっていた。
 どうしたものかと思っていたその時。
「おや、エルクにサラ。よく来ましたね。結婚生活はどうですか?」
 騒ぎが耳に入ったのか、教会長のネルハが顔を出す。
 すると二人はそろって気まずそうな顔になり、夫婦喧嘩をやめてさっさと帰っていった。
 閉まる扉を眺めながら、ラニスは腕を組んで呟く。
「新婚早々にあの様子だと、先が思いやられるのだわ……」
「心配ありませんよ」
 踵を返したネルハが、微笑とともに言う。
「あの二人は、昔からああでしたから」
「昔から?」
「子供の頃からです。教会でもしょっちゅう喧嘩していたので、よく怒られていました。私に。それでも離れることはありませんでしたから、心配はいらないでしょう」
「ふーん」
「ただ」
 ネルハは振り返ると、ラニスを見つめて言う。
「あなたは、少し振る舞いに気を配った方がいいかもしれません。聖女と違い、街の教会の長は、ただ人々の心を惹きつけられればいいわけではありませんから」
 言葉の意味を咀嚼し、ラニスは眉をひそめて言う。
「若い男に色目使うなってこと?」
「そのつもりはなくとも、自然とそうなってしまうこともあります。若い夫婦がよく訪れる教会という場所では、なおさら」
「はぁー、めんどくさいのだわ」
 ラニスがうんざりしたように溜息をつく。
「聖女やってた頃もたまーにあったけど、どうして男ってちょっと愛想よくしただけで好きになってくるのかしら? はあもう、さっさと歳をとれればいいのに」
「歳をとるのを待つよりも、早い方法がありますよ」
「早い方法って?」
 首をかしげるラニスに、ネルハは言う。
「相手を見つけてしまうことです」
「……結婚したくらいで、言い寄ってくる男が減るものかしら? 不倫の話とかよく聞くけど」
「減りますよ。少なくとも私の場合は減りました。もう、何十年も前の話ですけれど」
 どこか愉快そうに言ったネルハに、ラニスは少し置いて訊ねる。
「旦那さん、今は?」
「夫への不満はたくさんありましたが、今も許せないでいるのは、私より長生きできなかったことだけですね」
「……そう」
 居心地悪そうに言葉を切ったラニスに、ネルハは向き直って言う。
「興味があるのなら、どなたか紹介しましょうか。自慢ではありませんが、きっと私以上にこの街の住民のことをよく知っている者はいませんよ」
「いい、いい。楽しそうにし始めたとこ悪いけど、しばらく結婚する気なんてないのだわ。大教会の運営のために覚えなきゃいけないことたくさんあるから、今はそれどころじゃないし…………あ、でも」
 首を横に振っていたラニスが、急に何か思いついたように言う。
「どうせ相手を探すなら……うん、やっぱりゼノル以上の物件を見つけたいのだわ!」
「坊ちゃん以上の?」
「ワタシ、一応形式的にはゼノルに振られたわけだし、それでしょうもない男と結婚したらなんか妥協したみたいで嫌じゃない? ちょっと悔しいし! どうせなら、超いい男と結婚して見返してやりたいのだわ! うん、決めた!」
 急に張り切り始めたラニスに、ネルハは苦笑する。
「おやおや……それはまた、大変そうな決意ですね」

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