書き下ろしSS

畜剣聖、配信者になる 〜ブラックギルド会社員、うっかり会社用回線でS級モンスターを相手に無双するところを全国配信してしまう〜 5

商店街の揚げ物屋で、罪深きコロッケ

 その日は妙に腹が減っていた。
 理由は簡単で、昼飯を食べそこねたからだ。
 朝から黒犬ブラックドッグギルドの仕事でダンジョンの調査に行ったのはいいが、例によって須田のスケジュール管理がガバガバだったせいで、帰るのが大幅に遅れた。
 気づけばすでに夜の九時。俺にしては早く上がれた方だが、外はすっかり暗くなっている。
 だが、不思議と直帰する気にはならなかった。なんというか、今日はまっすぐ家に帰ったら「なにか損した気がする」と思ったからだ。
 だから俺は、いつもは素通りする駅前の商店街に足を踏み入れた。
 夜の商店街。もう夜なのでシャッターを下ろした店も多いが、ぽつぽつと灯る明かりがある。常連客がたむろする居酒屋、どうやって利益を出しているのか分からないほど安い定食屋、赤い看板が目に優しくない中華屋、それらを通り過ぎ、俺は歩き続け……
「……おお」
 惹きつけられるように足が止まった。
 揚げ物屋だ。まだ営業している。
 店頭に並ぶのは、コロッケ、メンチカツ、アジフライ、ハムカツ、唐揚げ……。
 ガラス越しに照明が当たって黄金色に輝くそれらは、まるで俺を誘っているようだった。まるで明かりに引き寄せられる虫のごとく、俺の足は自然とそちらに向かっていた。たまには買い食いというのもいいだろう。
「……腹、減ったな」
 欲望をそのまま口にしながら、俺は店の前にやってくる。
「いらっしゃい!」
 元気な声のパートのおばちゃんに迎えられ、俺は注文する。
「えっと、コロッケと……メンチと、ハムカツください、10個ずつ。あと唐揚げ1キロ」
「はーい、揚げたてで熱いから気をつけ……ってそんなに食べれるのかい!?」
 おばちゃんの手によって紙袋に次々と入れられる揚げ物たち。その音と匂いだけで、もう勝ちだ。
 控えめに頼んだつもりだが、作ってある量以上に頼んでしまったみたいで、おばちゃんは追加で揚げてくれていた。ありがたい。
 おばちゃんにお礼を行って去った俺は、店の近くにベンチを見つけてそっと腰を下ろす。
 夜風がひんやりして心地いい。ほかほかの紙袋の重さが、心地よく感じる。
「いただきます」
 まずはコロッケ。ガブリといくと、サクッという音が響く。
 中のじゃがいもはねっとりと甘く、衣は軽やか。ソースなんていらない、これは完成された味だ。
「……うまい」
 そう呟かずにはいられなかった。
 ゆっくり楽しもうと思っていたはずだが、気づけば買った10個は一瞬にして無くなってしまう。
 さて、次はメンチだ。肉汁があふれ、口いっぱいに広がるコク。ハムカツは懐かしい味で、学生時代の帰り道を思い出す。唐揚げはニンニクが効いていてパンチがある。
 1キロじゃ少なかったかもしれないな。俺は数分で唐揚げを平らげてしまう
「はあ、白飯が欲しくなるな。腹五分目ってとこか」
 まだまだ食うことができるが、物足りないくらいがちょうどいいのかもいしれない。俺はそんなことを考えながらベンチに背中を預ける。
 サラリーマン風の男がビール片手に通りすぎていく。商店街の灯りが、少しずつ消えていく。
 この静けさの中で一人、揚げ物を食う。それだけなのに、妙に満たされていく。
「こういうので、いいんだよな……」
 全部食べ終え、紙袋をたたんで膝に置く。
 まだ全然満腹ではない、でも心は不思議と満たされている。これなら明日も働けそうだ。
 立ち上がり、ポケットから小銭を出して近くの自販機でビールを買う。プシュッと缶を開け、ひと口。酔うことはできないが、気分くらいは紛れる。
 仕事はきついし、明日も朝は早い。
 けど、こうして「美味いもの」を食ってる時だけは、社畜じゃなくて“普通の人間”に戻れた気がする。
 少し足取りが軽くなった俺は、満足した顔で帰路につくのだった。

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