書き下ろしSS
タヌキ令嬢マヨの完璧な作戦 どうもタヌキです。貴族令嬢に化けたら辺境の公爵様に嫁がされました 1
これが本当の前日譚というやつです。
初めましてごきげんよう、タヌキのマヨです。
そして日が沈み始めましたのでこんばんは。
私の棲む森では、夜の住人たちがのそのそと顔を出してきます。
イタチにミミズクにコウモリに。もちろん私もそのひとりであり1匹です。なんと私はただのタヌキではなく、化けタヌキ、それもエリートタヌキですからね。1匹ともひとりとも言えるわけ。
というわけで、私はそろそろ食事をしに出掛けたいと思います。
「マヨは今日もブルーベリー? 飽きないわねぇ」
背後からそう声をかけたのはママ上でした。
ママ上の言う通り、私がこれから向かうのはご近所の伯爵さまのお屋敷です。
あのお屋敷の庭には美味しいブルーベリーがありますので、毎年の夏の楽しみ、夏の日課となっているのでした。
「そうです。あれはとても高品質なので」
「それはわかるけれど、あまり人間に近づきすぎては駄目よ」
「大丈夫です。マヨはエリートなので!」
呆れ顔のママ上と別れ、月が照らす人里をしばらく歩きましたら、脇道から四つ足のケモノが飛び出してきました。その距離、成獣タヌキ約3匹分。
縞々で長い(当社比)尻尾、マスクをつけたみたいに変(私見)な顔の模様、そして何よりこの臭い。間違いありません、アライグマです。
アライグマは私の姿を認めると立ち止まり、頭を低くしました。そのままの姿勢でしばらくこちらの様子を窺っていたようですが……私が気にせず歩き出そうとしたその時です。
「ブモー!」
「あぇっ」
突然叫びながら、こちらに向かってバタバタッと数歩ほど前進しました。びっくりした、死ぬかと思った。
さすがに気絶するほど驚きはしませんでしたけど、いきなりどうしたのでしょうか、このアライグマは。
確かにアライグマっていう動物は気性が荒いのですけど、私、まだ何もしてませんのに。
シューシューと鼻息荒いアライグマを刺激しないよう、再びそろーっと前足を動かしてみたところ。
「ブモー!」
「あぇっ」
やっぱりドタバタと前進しながら威嚇します。どうして。
仕方ありません。この道はアライグマに譲ってあげましょう。
別に怖いとかじゃないです、全然怖くない。何も怖くないんですけど、ええと、そう、これは戦略的撤退というやつです。
エリートタヌキは高度な知能を持っていますからね。荒ぶるアライグマからは早々に距離をとったほうが良い。
踵を返してシュッと華麗に20タヌほど距離をとり、そろっと振り返りましたら。じっとこちらを見つめていたらしきアライグマがゆっくり鼻先を逆側へ向けました。
危ないところでしたね。まったく、これだから野生のケモノは!
アライグマには本当に本当に迷惑しているのです。
というのも、我々化けタヌキの一族はヒトの姿に化けてヒトに交じって暮らすことがあります。かく言う私も森にこもりきりということはなく、時には人間の文明的な生活を享受するわけです。
そこで小耳に挟むことには。
「最近、農作物の被害が多くてね。せっかく作った芋を掘り起こしては食い荒らす。まったく、害獣が増えたなァ」
「あまり見覚えのない獣が棲みついてるのよ、犬みたいだけどちょっと間抜けな顔の」
「あー、俺も見たことあるぞ。ちょっとデカイ声出すと腰抜かすんだよな」
だそう。
芋を食い荒らすのも間抜けな顔なのもアライグマです。タヌキはもっとお上品ですので。まぁ腰を抜かすのはタヌキですけど。
つまりアライグマの所業がタヌキのせいにされているのです。遺憾の意。
……などとアライグマへの呪詛を吐きつつ、ようやく伯爵さまのお屋敷に到着です。
裏の門は金属で蔦を象ったデザインですが、タヌキが通り抜けられるくらいの隙間があるので、そちらから失礼してお庭へ。
大回りしたせいで疲れましたね。美味しいブルーベリーをお腹いっぱい食べなくちゃ割に合わないってものです。
森に自生するブルーベリーはちょっと酸っぱいのが多いのですけど、ここのブルーベリーは頬っぺたが溶け――おやぁ?
ブルーベリーの木のそばにフルーツの盛り合わせがあります。籠に山盛りいっぱい。もしかして、タヌキのために用意しておいてくれたんでしょうか。タヌキですからね、誰だってフルーツを食べさせたくなるってものです。
籠の手前の小さな門のようなものをくぐって中へ。私はエリートタヌキなのでわかりますが、この門も歓迎の証に違いないです。
「あぇ……?」
私はエリートタヌキなので気付きましたが、背後で門が閉まりました。カショッって。
籠の一番上に乗ったアプリコットを咥えつつ、その場でぐるぐるっと回って状況を確認します。後ろ、格子状の門が閉じてる。前、上、下、右、左、全部格子。
まさかとは思いますが、これ閉じ込められましたか?
もう出られません。詰みです。あぁ、マヨはもうおしまいです。
おしまいなのでフルーツをいただきます。メイドの土産というやつです。アプリコット美味し――あっ、アライグマがブルーベリー食べてます! なんてこと、なんてこと!
しかもわざわざ私の前にブルーベリー持って来て食べてる。絶対性格悪いぞこのアライグマ。
こっちにだって美味しいアプリコットがあるんですからね、フンスフンス。
負けじと見せつけるように、籠に盛られたフルーツをひとつひとつ味わいながら食べていると、アライグマが格子の隙間から手を伸ばしました。
「あっ」
……っという間に桃とさくらんぼが奪われて。
なんということでしょう。取り返そうと伸ばした私の手を、アライグマがペシッと叩いたのです。ひどい。それはマヨのフルーツですのに。
さらにアライグマが格子の隙間から手を差し入れてきたので、残ったフルーツを守らなければいけません。もう味わってる場合じゃないです。
などとアライグマと熾烈な攻防を繰り広げておりましたら。
「庭が騒がしいな」
「なにか罠にかかったのかも」
屋敷のほうから人間の声がします。複数の人間が近づいて来る気配です。
目の前のアライグマは危険を察知してか、目にもとまらぬ速さでどこかへ逃げて行ってしまいました。
残されたのは散乱して見るも無残なフルーツと……檻から出られない私。
「あぇ……」
そうです、出られないのです。
しかし無情にも、キィと音をたてて屋敷の扉が開きます。背後から乳白色の光の筋が差しました。
今度こそ詰みです。もうおしまいです。さようなら。
――本書、冒頭へ続く。







