書き下ろしSS
天才魔法オタクが追放されて辺境領主になったら、こうなりました! 1
アリス、洗い物をしなくて済む魔法を開発する
アリスが追放される、約一年半前。
日当たりの良い研究室にて、アリスが熱心に魔法書を読んでいると、
コンコンコン
ノックの音が聞こえてきた。
「……どうぞ」
誰だろうと思いながら声を掛けると、ドアが開いて、ビクターが入ってきた。
彼は雑然とした研究室の中をぐるりと見回すと、軽くため息をつく。
アリスは首をかしげた。
「どうしたんですか? 何かありましたか?」
「ああ、実は研究所の食堂からクレームが入っていてね。なんでも、食堂のコップが大量になくなっているらしいんだ」
ビクターによると、いつの間にかどんどん数が減って、今は半分くらいしか残っていないらしい。
彼は、ニコニコしながら尋ねた。
「何か心当たりはないかね?」
「うーん、特にないですね」
アリスの全く分からないといった表情を見て、ビクターが苦笑いした。部屋の棚を指差す。
「では、あそこにあるコップは何だね?」
視線を向けると、棚の上にコップが五、六個並んでいた。その横の小さな机の上にも同じようなコップが幾つも並べられている。
アリスはバツが悪そうに目を伏せた。
「……そういえば、幾つか部屋に持ってきたままになっているかもしれません」
「では、今すぐ洗って食堂に返してきなさい。ちゃんと謝るんだよ」
そう言い残すと、ビクターが部屋を出ていく、
その後姿を見送りながら、アリスは大きなため息をついた。
「そういえば、返すのすっかり忘れてた……」
そして、とりあえずコップを洗おうと、白衣の袖をまくった――その時。
コンコンコン
再びノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
声を掛けると、ドアが開いて、騎士服姿のテオドールが入ってきた。腕まくりをしているアリスを見て、目をぱちくりとさせる。
「書類の記入をお願いしにきたんですけど、何かあったんですか?」
「実はちょっと洗い物をしなきゃいけなくて」
アリスが棚の上に積まれたコップを指さすと、テオドールは苦笑した。
「なるほど……洗い物が溜まっているんですね」
彼は上着を脱ぐと、袖をまくった。
「俺も手伝いますよ」
「ありがとう……!」
その後、二人は協力してコップを片付け始めた。
アリスがコップを集めてきて、テオドールがそれを手際よく洗う。
「すごい数ですね。なんでこんなにあるんですか?」
「食堂でお茶をもらって部屋で飲んで、そのまま忘れる感じ」
「……なるほど」
そんな会話をしながら、二人は作業を続けた。
全て洗い終えると、コップは全部で五十個近くあった。
テオドールが苦笑した。
「よくここまで溜められましたね」
「うん……研究に没頭していると、洗うのが面倒になって、いつの間にか溜まっちゃうんだよね」
テオドールがおかしそうに笑った。
「いっそ、洗わなくていいコップがあればいいんですね」
「洗わなくていいコップ?」
「ええ、さすがにそんなものはないと思いますけど」
――その後、アリスはテオドールの持ってきた書類にサインをした。
帰るついでにコップを食堂に返してくれるということで、テオドールが大量のコップが入った袋を持って部屋を出ていく。
お礼を言って見送りながら、アリスは思案に暮れた。
(洗わなくていいコップか……)
それがあれば、もうコップをためて怒られることはないよね、と思う。
(ちょっと、真剣に考えてみようかな……)
――そして、この二週間後。
テオドールは再びアリスの研究所を訪れた。
書類に記入してもらっていると、研究所内にお昼の鐘の音が鳴り響いた。
アリスが時計を見上げると、ニヤリと笑った。
「テオドール、お昼、研究所の食堂で食べて行かない?」
「いいですよ」
なんか意味深だなと思いながらテオドールがうなずくと、アリスが魔法紙を出してきた。魔法インクでさらさらと魔法陣を描き始める。
「何をしているんですか?」
「実は、いい感じの魔法を開発してさ」
魔法陣を二つ書き終えると、アリスは静かに立ち上がった。
魔法陣にゆっくりと魔力を流し込みながら、詠唱する。
【起動・土杯:魔法陣】
魔法陣が黄金の光を放った。
空気が震え、魔法陣の上に、コップの形をした土の塊が二つ現れる。
「……っ!」
テオドールが驚いたように見守る中、アリスはもう一つの魔法陣に手を触れて詠唱した。
【起動・火球:魔法陣】
ボウッという音と共に、空中に火の玉が現れた。
土のコップを包むと、そのまま燃え上がる。
――そして、炎が収まった後。
そこには二つの素焼きのカップが残っていた。やや不格好ではあるが、かなりちゃんとしている。
テオドールが目を丸くした。
「コップを作る魔法なんて、始めて見ました!」
「うん。何かやってみたら作れちゃってさ」
アリスは得意げにコップを取り上げると、うち一つをテオドールに差し出した。
「これを持って食堂に行こう」
その後、二人はコップを手に食堂へ向かった。
特別ランチに舌鼓を打った後、食堂のスタッフに、持参したコップにお茶を淹れてもらう。
そして、二人は部屋に戻ると、向かい合ってお茶を飲み始めた。
一口飲んで、テオドールが感心したように口を開いた。
「これ、普通に飲めますね。しかも意外とツルツルしてて、口当たりがいいです」
「うん、その辺はちょっとこだわったんだ」
アリスが得意そうな顔をする。
――そして、お茶を飲み終えてしばらくすると、アリスが時計を見上げた。
「そろそろかな」とつぶやくと、カップを机の上に置く。
「ちょっと見てて」
テオドールが言われた通り見ていると、コップがぶるりと震えた。次の瞬間、ふっと消える。
「……っ!」
テオドールが驚いていると、アリスがドヤ顔で胸を張った。
「一定時間が経つと消えるんだ! これで洗う必要がない!」
テオドールは感心したようにうなずいた。
「これはすごいですね。――ちなみに、コップに中身が残っていた場合はどうなるんですか?」
「こぼれちゃうけど、まあ飲み忘れなければ大丈夫!」
「なるほど、そうなんですね」
うなずきながら、テオドールは思った。
確かに洗う手間は省けるが、作るのが結構面倒そうだし、そのまま置いておいたら中身がぶちまけられる可能性がある。
(……これは、長くは続かないんじゃないかな)
もって一、二週間というところかな、などと密かに思う。
――その翌日から、アリスは得意満面でコップを食堂に持参するようになった。
コップにお茶を淹れてもらい、研究室で楽しく飲む。しかし――
「あ! しまった!」
研究に熱中して中身を入れたまま放置してしまい、書類がお茶まみれになってしまった。
しかも、作る手間が結構かかるため、ついそのまま食堂に行ってしまう。
――そして案の定。
一か月後、テオドールが再びアリスの研究室を訪れると、あの土のコップは見当たらず。代わりに食堂のコップがあちこち山積みとなっていた。







