書き下ろしSS

ンオペ母が悪役令嬢になったら、攻略対象が地雷にしか見えない件

ワンオペ母が乙女ゲームを見たら

 制服を脱いで部屋着に着替えると、私は真っ先にリビングへ向かった。
 今日の楽しみは、最近買った乙女ゲームの続きだ。
 テレビの電源を入れ、ゲームを再開する。
 画面いっぱいに、金色の花びらが舞った。
『芽吹くのは、恋か──未来か』
 華やかな音楽と共に、制服姿の美少年たちが次々と映し出される。その中央で、ピンクブロンドの少女が小さな鉢植えを胸に抱いていた。
「何、その植物」
 洗濯物を取り込んできたお母さんが、不思議そうに画面を覗き込む。
「シュプラウト。育て方によって、恋愛イベントやエンディングが変わるの」
「植物を育てながら恋愛するの?」
「そう。『シュプラウト・メモワール』っていう乙女ゲーム」
 私が答えると、お母さんは「へえ」と言いながらソファに腰を下ろした。洗濯物を畳みつつ、画面を眺めている。
「それで、今日は誰と恋愛するの?」
「それを迷ってるところ。お母さんも選んでみる?」
「私が?」
「顔だけで選ばないでね。ちゃんと設定も聞いて」
「あなたは顔で選んでいるんでしょう?」
「顔も大事だよ」
 攻略対象一覧を開くと、最初に金髪碧眼の王太子が現れた。
「ローレンスさま。王道の王子さま! 気品があって、みんなを導いてくれるの」
 ちょうど画面から、堂々とした声が響く。
『私の隣に立つ資格があるか──答えを見せてみろ』
「ほら、格好いいでしょ?」
「ずいぶん上から目線ね」
「王太子だもん」
「何でも自分が正しいと思っていそう」
 お母さんは畳んだタオルの端を揃えながら、淡々と続ける。
「こちらが何か言っても、『君のためを思って言っている』で押し切られそうね」
「そんなところまで考えなくていいの。孤独や重圧もあるんだから」
「それを受け止めれば、正妃になれるの?」
「正妃エンドは一番難しいよ。簡単なのは愛妾エンド」
 お母さんの手が止まった。
「最初にたどり着きやすいのが愛妾なの?」
「うん」
「その人はやめておいたら?」
「ゲームだから!」
 次に赤髪の騎士候補を選ぶ。
「オズワルドは明るくて、熱血で、困っている人を放っておけないの。攻略も一番簡単!」
 画面の中では、赤髪の少年が眩しい笑顔で親指を立てた。
『努力すれば夢は叶う! 一緒に突き進もうぜ!』
「爽やかでいいでしょう?」
「自分が元気な時はね」
「どういう意味?」
「病気でも怪我でも、努力が足りないと言われそう」
「そこまでひどくないよ。真ルートでは、努力だけじゃ解決できないことも学ぶから」
「こちらが教えるところから始まるのね」
 また駄目出しされた。
「じゃあ、ユリウス。宰相の息子で、優雅で、甘い言葉をたくさん言ってくれるの」
 銀髪の少年が優雅に微笑み、手を差し伸べる。
『信じていいのは……僕だけだろう?』
「これは人気ありそうね」
「でしょ?」
「口はうまそう」
「褒めてないよね?」
「困った時には、何をしてくれるの?」
「えっと……真エンドでは、言葉だけじゃなくて行動で示せるようになる」
「またこちらが育てるの?」
「攻略ゲームなんだから、最初から完璧だったら話が終わっちゃうでしょ!」
 お母さんは納得したような、していないような顔で、今度はTシャツを丁寧に畳み始めた。
「このレオニールは、天才魔術師。孤高で、普段は冷たいけど、心を開いた相手だけ特別にしてくれるの」
 画面では本を閉じた青髪の少年が、ほんの少しだけ視線を和らげる。
『……お前だけは、傍にいていい』
「ね? キュンとするでしょ?」
「傍にいて『いい』のね」
「そこに引っかかる?」
「『いてほしい』じゃなくて、『いていい』なのが少し気になるわ」
「ツンデレってそういうものだから」
「随分と都合のいい話ね」
 このままでは全滅しそうだ。
「エミリオは可愛いよ。人懐っこくて、甘えてくる年下の公爵家跡継ぎ」
 金茶色の髪の少年が、子犬のような笑顔でこちらへ身を乗り出す。
『ねえ、ずっと僕のそばにいてくれる?』
「可愛いでしょ?」
「跡継ぎなのに甘えん坊なの?」
「重圧があるんだよ。甘やかしすぎると依存ルートに入るけど、きちんと支えれば成長するの」
「公爵家を継げるようになるまで、こちらが面倒を見るのね」
「お母さん、さっきから現実的すぎない?」
「だって、恋人になるなら、その先は一緒に暮らすんでしょう?」
 ゲームの攻略対象に、そこまで考える人がいるだろうか。
「キラキラしてて、格好よくて、ドキドキすればいいの」
「ドキドキだけで毎日は回らないもの」
「夢がないなあ」
「あなたくらいの年なら、それでいいのよ」
 お母さんは笑いながら、畳んだ服を重ねた。
「でも、私はもう、誰かの機嫌を取ったり、手をかけて育てたりするところから始めるのは遠慮したいかしら」
「じゃあ、お母さんが選べる人はいないじゃん」
「あら、この黒髪の子は?」
 お母さんが画面の隅を指さした。
 攻略対象一覧ではなく、イベント画像に小さく映り込んでいる黒髪の生徒だ。式典の壇上で目立つ攻略対象たちの後ろを、書類を抱えて歩いている。
「グレン? 隠しキャラだよ」
「この子は何をしているの?」
「式典の裏方。普段は目立たないけど、雑務とかを黙々とやってるの。子どもの世話も得意で、整理整頓が好きなんだって」
「いいじゃない」
「えっ」
 今日初めての好感触だった。
「自分の仕事をきちんとして、周りも見て動けるのね」
「地味だよ?」
「派手な言葉を並べるだけの人より、ずっと頼れそうでしょう」
「でも、最難関なんだよ。他のルートをクリアしないと攻略できないし、隠しイベントも見つけなくちゃいけないの」
「こんなに働いているのに、見つけてもらうところからなの?」
 お母さんは、どこか気の毒そうにグレンを見つめた。
 その時、画面が切り替わった。
 華やかな音楽と共に、金髪縦ロールの令嬢が現れる。扇を手にした彼女は、主人公を冷ややかに見据えていた。
『この舞台にふさわしいのは、私ただ一人。覚悟なさいな、特待生さん』
「この子は?」
「ノエリア。悪役令嬢だよ」
「王太子の婚約者?」
「婚約者候補。主人公の恋を邪魔してくるの」
「王太子を選んだ時だけ?」
「ううん。誰を選んでも出てくるよ」
「騎士の子でも?」
「出てくる」
「宰相の息子でも、魔術師でも?」
「隠しキャラのグレンルートにも出てくる」
 お母さんは、しばらく画面の中のノエリアを見つめた。
「……一人で全員分?」
「そう。だからプレイヤーからは『ワンオペ悪役令嬢』って呼ばれてるの」
「悪役令嬢も大変なのね」
「邪魔するのが役目だからね」
「どの未来を選んでも、この子だけ同じ役から降りられないの?」
 思いがけず真面目な声で問われ、私は首を傾げた。
「ゲームの悪役なんだから、そういうものじゃない?」
「そういうもの、かあ……」
 お母さんは呟き、再びノエリアを見る。
 画面の中では、彼女が一人で扇を構え、主人公と攻略対象の前に立ちはだかっていた。
「お母さん、ノエリアが気に入ったの?」
「気に入ったというより……」
 お母さんは少し考えたあと、苦笑した。
「たまには自分の好きなように生きてもいいのに、と思っただけ」
「悪役令嬢なのに?」
「悪役令嬢だって、役から降りたくなることくらいあるでしょう」
 そう言って、お母さんは立ち上がった。洗濯物を畳み終えたらしい。
「それで、結局誰を選ぶの?」
「うーん……今日はローレンスさまかな。正妃エンド、まだ見てないし」
「愛妾エンドにならないように気をつけてね」
「だからゲームだってば!」
 笑いながら、私は王太子のルートを選択する。
 部屋を出ていく直前、お母さんがもう一度だけ画面を振り返った。
 そこには、王太子の隣に立つノエリアが映っている。
「でも、私なら──」
「何?」
「ううん。何でもない」
 お母さんは小さく笑い、そのまま洗濯物を抱えて部屋を出ていった。
 画面の中では、物語の始まりを告げる花びらが舞っている。
『あなたの選択が、未来を変えていく』
 その言葉に重なるように、扉の向こうからお母さんの声が聞こえた。
「その黒髪の子のルートも、ちゃんと見てあげなさいよ」
「はいはい」
 私は適当に返事をして、コントローラーを握り直した。

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