鯵御膳先生 2カ月連続刊行記念スペシャルSS
肉と酒side
トルナーダ子爵邸の中庭、いつものごとくバーベキューの準備がされたそこに設置された調理台。
先程までガストンが挽肉を叩いていたところに、見慣れぬ一人の男性が進み出ていた。
男の名はアーク・マクガイン。ガストンと同じく若き子爵であり、黒髪黒目の偉丈夫でもある。ガストンよりは細目だが。
『神子の戯れ』と呼ばれる事象により妻であるニアと共にこの地へ迷い込んできた彼は、帰還に必要な『神子を楽しませる』という条件を満たすための酒宴に参加しているのだが……もてなされるだけでは何なので、と彼も料理することを申し出てきたのだ。
「そういえば、アーク様が料理をされるところは初めて見ます」
「まあ、普通の男性貴族は料理などなさらないでしょうし……そういえば、マクガイン様も騎士でいらっしゃるのですよね?」
「はい、そうなのです。ですから、行軍中の食事はご自分で用意されていたそうなのですけれど」
イレーネが問えば、ニアがはにかむように笑いながら答える。
日向に咲いた花のようだ、とイレーネは思う。
その身についた所作から察するに出自は彼女も同じようなものだろうが、彼女にはどこかたくましさもあった。
だからだろうか、可憐さの中にも明るいものを感じるのは。
「行軍中は男も女もないからなぁ。作らない奴は食えない、これが鉄則だ」
同じように従軍経験のあるガストンが横から入ってくるが、流石に説得力が違う。
もちろん最上位の指揮官、将軍などは別だが、そうでない者は料理番がまとめて作る場合も配膳を手伝ったり皿を自分で片付けたりと必ず何某かの働きをするのだとか。
「そうしないと変な恨みを買って、いざって時に助けてもらえなかったりするからなぁ」
「……アーク様も同じようなことをおっしゃっておりました。……戦場で、ですものね……」
戦場で、助けてもらえない。それが意味することを考えれば、ニアも身が引き締まるような気持ちがする。
今までは縁のなかった場所だが、これからは違う、かもしれないのだ、我がことのように思えてしまうのも仕方がない。
だが、そんなニアを安心させるようにガストンは朗らかな笑顔を見せた。
「大丈夫だ、アーク殿なら変な恨みを買うようなことはしないって。周りがよく見えてるし、気配りもできている。何より俺よりもずっと頭が回るみたいだしな!」
言われて、ニアは驚きで目をパチパチと幾度も瞬かせてしまう。
一見脳筋、もとい肉体派に見えるアークだが、実際にはかなり色々と考えて行動していることをニアは察している。
だがそのことを、出会ったばかりのガストンに見抜かれるとは。
なるほど、どうやら彼も見かけによらないタイプなのだろう、とこっそりニアは頭の中で印象を修正しながら、顔には出さず笑顔で応じた。
「ありがとうございます、子爵様からそのようにおっしゃっていただけたなら、私としても安心できます」
「いやぁ、俺の保証なんかでいいんなら、いくらでもするぞぉ? 例えばほれ、今アーク殿が手にしたのは今日用意された肉でも一番良いやつだ」
言われてそちらを見れば、確かに新鮮そうな肉をアークは手にしていた。……ただ、他の肉も鮮度は良さそうだから、それが一番いいかどうかニアにはわからない。
「そう、なのですか?」
「ああ、おまけに……うん、随分と手慣れてるな!」
ガストンの言う通り、アークは淀みない手付きで肉を厚めに数枚切り取り、調理台に並べている。
そして、指先でその表面を撫でたと思えば、トス、トス、と、丁寧かつ素早く、包丁の先を差し入れていった。
「なるほど、ああして筋を切って食べやすくする……『挽肉ステーキ』と同じことを、別のアプローチでしているのですね」
「いやぁ、あれもあれで食べ応えがあって美味そうだな! 食べ比べが楽しみだ!」
そう言いつつ、ガストンが腕まくりをしながらバーベキューコンロの方へと向かっていく。
「あら、ガストン様。もしかして、焼きまでなさるおつもりです?」
「ああ、アーク殿もそのつもりみたいだからな、そこまでやって食べ比べないともったいない!」
気がついたイレーネが問いかければ、ガストンは楽しそうに頷いて見せた。
美味い肉を見分ける目を持つガストンは、美味い焼き具合を見分ける目も持つ。
普段は料理人達に任せているが、彼は焼きの技術も卓越しているのだ。
こうして二人の子爵が焼いたステーキはどちらも甲乙付けがたい程に美味く、居合わせた領民達も大いに盛り上がり、そのおかげかどうか、アークとニアの二人は無事元の国に戻れたのだとか……。