書き下ろしSS

ラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~ホワイトな宮廷で、幸せな新生活を始めます!~ Ⅰ

極上フレンチトースト

すっごく美味しいの、と先輩が言っていた。
だから、私も作ってみようと決めた。
「フレンチトースト?」
ルークの言葉に私はうなずく。
「最近よく話す先輩のお父さんが王宮で総料理長をしてるんだって。先輩の家ではお父さんが時々口の中でとろける絶品フレンチトーストを作ってくれて、それが信じられないくらい美味しいらしいの。私、なんとしてでも一度食べてみたくてさ。お願いして、レシピを教えてもらったわけよ」
私はレシピをメモした手帳を見せる。
おしゃれで素敵と買ったものの、まるで使わなかった手帳くんも大任を任せられて喜んでいることだろう。
「へえ。これが」
ルークは私のメモ書きを見つめて言う。
「意外と普通だね」
「お家でできるレシピだからね。でも、丸一日漬け込むところとかすごく手間がかかってるでしょ。絶対美味しいもん、こんなの」
私は期待に胸を弾ませつつ続ける。
「仕事が終わったら早速買い出しに行くんだ。ああ、どんな味なんだろう。食べるのが今から楽しみで楽しみで」
「でも、ノエルって料理は絶望的に下手じゃなかった?」
「…………はっ」
盲点……!
圧倒的盲点……!
容姿端麗才色兼備知的で大人の色気たっぷりの私だけど、女子力という一点に関しては若干の不安があるところを認めざるを得ない。
特に料理は大の苦手分野。
その辺の草とか食べてた貧乏舌界のトップランナーゆえ何を食べても大体おいしく感じちゃうんだよね……。
私の料理スキルで総料理長のレシピを再現できるとは到底思えない。
幸福に満ちたフレンチトースト天国への道ががらがらと崩れていく。
そんな……神様、どうして……。
絶望に打ちひしがれる私に、ルークはくすくすと笑う。
何がそんなにおかしいんだー! と抗議しようとした私は、ひとつの可能性に気づいてはっとした。
なんでもできる器用なこいつなら、レシピ通りフレンチトーストを作ることもできるのでは……?
「ねえ、ルーク。ちょっと頼みたいことがあるんだけど」

ありがたいことに、ルークは私の協力要請に応じてくれた。
貴族家の子だから料理の経験はないだろうけど、何をやってもできるこいつのことだから、私よりは間違いなくできるはず。
夢のフレンチトーストに向け、良い戦力補強ができたのは間違いない。
早速仕事終わりに材料の買い出しをした。
いつも一番安い食パンを買っている私だけど、今回は勇気を出してお高いふわふわ食パンを購入。
わくわくしつつ家に帰る。
隣にいるルークを見てお母さんは、ガッツポーズした。
「よくやったわ、あんた……! さすが恋愛上級者のモテかわ愛されガール……!」
「ん? 何の話?」
「いいのいいの、わかってるわ。私は邪魔しないよう、自分の部屋にいるから。その調子で愛を深めるのよ……!」
何を言ってるんだろう、この人。
軽やかな足取りで自室に向かうお母さんをあきれ顔で見つめる。
ともあれ、早速始まったフレンチトースト作り。
卵をボウルに入れてほぐしてから、ミルク、砂糖、メープルシロップ、バニラオイルを混ぜ合わせて漬け込み液を作る。
大雑把な私は、卵を粉砕してボウルの中を殻まみれにしたり、「目分量でいっか」と砂糖を袋から直接入れようとしてルークに止められたりした。
本当に手伝ってもらってよかったと思う。
染みこみやすいよう耳を取った食パンを卵液に漬け込む。
ちぎったパンの耳は砂糖をかけて美味しくいただいた。
うん、うまい。
これだけでも十分満足なんだけどな。
しかし、このフレンチトーストはパンの耳砂糖がけよりはるかに高度で洗練された至高の逸品。
果たして、どんなお味なのだろう。
期待に胸を弾ませつつ一日目はここまで。
ルークと別れてから、いつも通り九時間ぐっすり眠って翌朝。
十二時間漬け込んだ食パンをひっくり返してさらに十二時間漬け込む。
その日は仕事が終わるのが待ち遠しかった。
できてるかなぁ、美味しいかなぁ。
一日の仕事が終わって、早速家へダッシュしようとした私だったけど、しかしこんな日に限って問題発生。
どうしても抜けられない仕事ができて、ルークが少し遅れることになってしまったのだ。
先に家に着いた私は、ルークがいない台所で考える。
せっかく二人で作ったんだから、ここは待つのが人としての筋というものだよね。
だけど、襲いかかる早く食べたいという誘惑。
不意に、私は天才的な計画を思いついてしまう。
――バレなければ問題ないのでは?
こっそり先に食べて、ルークが来たら初めて食べる感じの雰囲気を出そう。
誰も困らないし迷惑もかけない。
正に完璧な計画、完全犯罪間違いなし。
「ふれんちーふれんちーふれんちとーすとー♪」
熱しすぎないフライパンに、バターと少量の油を引き、レシピ通り弱火で焼いていく。
立ち上る甘い香りにうっとりしていた私は、響いたドアベルの音に目の前が真っ白になった。
やばい……!
バレる……!
ごまかせないか、と考えるけど下手に動かしてここまで手間暇かけて作ったフレンチトーストを台無しにしてしまうことだけは絶対にできない。
よし、ならばここは力業だ!
「ルークのためを思って先に作ってたのだよ。えらいでしょう。褒めていいよ」
疑われると思ったけど、ルークの反応は意外なものだった。
なんだか、ちょっとうれしそう……?
なるほど、頭の良いルークもフレンチトーストの誘惑に負け判断力が鈍っているのだな。
恐るべし、魔性のフレンチトースト。
そんな緊急事態もありつつ、レシピの時間通り片面を焼き終わった私は、ひっくり返して絶望の淵にたたき落とされることになった。
「焦げてる……」
レシピ通り弱火にしていたけれど、もっと弱火じゃないといけなかったんだ。
「ルーク……私はここまでみたい。後のことは任せたよ」
「いや、そんな魔王の側近との戦闘直後みたいなトーンで言うことじゃないような」
「世界の未来は君に託した……!」
大事な台詞風に言いつつ、それからはルークに焼いてもらった。
器用なルークは私の期待にばっちり応えてくれて。
落ち着いた手際を見守ること数分、
遂に究極フレンチトーストが私の家に爆誕したのである……!
「よし、じゃあ私はこれとこれとこれね!」
焼き上がった中から自分が食べるフレンチトーストを選ぶ。
大きさと焼き上がり具合が平等になるよう気をつけたのだけど、
「待って」
しかし、ルークは私の選択にもの申したいことがある様子。
「こ、この子は渡さないよ! 一番大きいけど、ルークには二番目と三番目に大きい子を渡してるからそれでバランスを取ってるっていうか」
「いや、大きさは別にいいんだけど」
「……じゃあ、二番目と三番目に大きい子も食べて良い?」
「どうぞ」
良いらしい。
神様か、こいつ。
でも、それならどれを食べたいんだろう?
焼き加減とかそういうところを見てるのかな?
しかし、ルークが選んだのは本当に意外なものだった。
私が最初に失敗した片面焦げちゃったフレンチトースト。
「いや、申し訳なさ過ぎるって。これは私が責任を持っていただくから。大丈夫、私胃腸強いし」
「違う。そうじゃなくて好みとしてそれが食べたいの」
「これが……?」
めっちゃ焦げてるけどな。 ルークが焼いたのと比べて雲泥の差なんだけど。
しかし、本当に食べたい様子なので仕方ない。
それより、私は早くフレンチトーストが食べたいのだっ!
綺麗な焼き色のその中にフォークを入れると、ぷろぷるの感触が私の手を迎えてくれる。
強く触れると崩れてしまいそうな、ふわとろの黄色い断面。
漂ってくる甘いバニラとメープルシロップの香り。
「いただきます!」
一かけ口の中に入れて、私は飛び上がりそうになった。
なんと濃厚で幸せな甘み。
ふわふわの生地を噛むと、染みこんだ卵液が口の中をやさしく満たしてくれる。
これがフレンチトースト天国……!
幸せってこんなところにあったのか!
しばらく甘さの余韻を堪能してから、ルークに視線をやる。
なんと、ルークのやつ私が焦がしたフレンチトーストを食べていた。
なぜ最初にそれを食べるのか。
普通綺麗に焼けてる方から食べるでしょうよ。
そうルークに伝えたのだけど、
「僕はこれがいいの」
満足げにそんなことを言う。
変わってる……。
貴族家の生まれでいつも美味しいものを食べてるからむしろああいうのが新鮮なのかな?
好みは人それぞれだしルークが良いならそれでいいんだけど。
焦げたフレンチトーストを大切に食べるルークを不思議に思いつつ見つめる。
……でも、自分が作ったものを美味しそうに食べてくれるのは、ちょっとうれしいかも。
極上フレンチトーストと優しい友達に囲まれて、私はなんだか幸せな仕事終わりの一時を過ごしていたのでした。


【作中のレシピは、ホテルオークラ東京さんのシェフのこだわりレシピ『オークラ特製フレンチトースト』を参考にさせて頂きました】

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