SQEXノベル一周年記念SS
ブラック魔道具師ギルドを追放された私、王宮魔術師として拾われる ~ホワイトな宮廷で、幸せな新生活を始めます!~
一周年記念パーティーと大きな猫
「出版社の一周年記念パーティー?」
「うん。付き合いで招待状が届いてね」
ルークは招待状を見せてくれる。
さすが上流階級……と感心していた私は、そこに書かれていた出版社の名前に呼吸の仕方を忘れた。
ここ、私が好きな魔導書をたくさん出してるところだ……!
古今東西たくさんの魔導書を読んできた知的大人女子である私だけど、この出版社の魔導書はかなりの高水準。
現代的で新鮮な視点を取り入れながら、忘れられがちな古典的な視座にも富んでいて、とても興味深く動向を追いかけている魔導書レーベルなのであった。
そうか、ルークあそこのパーティーに行くんだ。
そう知ってしまうと、湧き上がってくるのは知的好奇心。
行ってみたい……!
小さい頃から魔法だけが友達で、遂にぬいぐるみに魔法で自我を持たせて友達にするという研究を始めたあの魔法使いさんや、魔法に没頭しすぎていつも牛乳を腐らせては悲しい顔をしているというあの魔法使いさんともお話しできるかも!
これはなんとしてでも潜り込まなければ……!
抑えきれないわくわく感を胸に、私は知恵を巡らせる。
「ねえねえ、ルークくん。お仕事お疲れ様。そういう付き合いとかいつも行っててほんと偉いよね。尊敬する」
「どうしたの、いきなり」
「でも、
私は言う。
「だから、今日一日私が代わりにルークになってあげようと思うんだ」
「……どういうこと?」
「私がルークとしてパーティーに出てあげようと」
「いや、無理でしょ。無理しかないでしょ」
「いけるいける。みんな、結構他人のこととか見てないものだし」
「そんなレベルじゃないから。別人だから」
「最近女装が趣味って設定で行こう」
「絶対変な噂が流れるからやめて」
ちっ。なかなかガードが堅い。
いったいどう切り崩せば良いだろう?
作戦を考える私に、ルークは言った。
「そんなに来たいなら着いてくる?」
「いいの!?」
「うん。一人ぐらい増えても問題ないだろうから。念のため先方に確認してみるよ」
「私、これからは毎朝ルークに二礼二拍手一礼することにするね」
「しないで」
ああ、ありがたやルーク神。
敬虔なルーク教の信徒として手を合わせる私を、ルークはあきれ顔で見ていた。
ともあれ、こうして潜り込んだパーティー本番。
飾り付けられた会場は、一周年をお祝いするあたたかい空気に満ちていた。
すごい! 尊敬してる魔導書作家の先生がいっぱい!
「さ、サインもらっていいですか!?」
用意していた色紙を渡すと、魔法使いさんたちは少し照れながらも丁寧にサインしてくれた。
大収穫にほくほく顔で色紙の束を抱える。
「この半安定魔法式を変換すれば」
「いや、それを使うよりはこっちを応用した方が」
会場の片隅では、最新の魔法研究について話し合う姿もある。
パーティーの場にもかかわらず、まったく空気を読んでいない。
さすが、研究に没頭しすぎて牛乳をいつも腐らせている魔法使いさんだ。面構えが違う。
「あれ、これってここの変換方式を応用できませんか?」
思わず口にして、後悔する。
しまった……専門の先生に意見してしまうなんて……。
低レベルなことを言っているとあきれられたかも。
先生たちはじっと私を見つめた。それから、言った。
「面白い。検討する価値のある観点だ」
「君も入れ。研究に協力しろ」
「は、はい」
レベルの高い会話に必死でついていく。
幸運だったのは、私が最近興味を持って、個人的に研究している内容が議題だったことだ。
「こういう方向性ももしかしたらあるのかなって考えてたんですけど」
「君、筋が良いな。その線で行ってみよう」
「いける……! これ通るぞ……! 楽しくなってきた……!」
目を輝かせる先生たち。
やった! 良い意見言えたみたい!
拳を握りつつ、研究を続けていく。
「早速再現実験をしよう」
「そうですね! やってみましょう!」
夢中で準備をする私たちは忘れていた。
ここがパーティーの会場だったことを。
◇ ◇ ◇
パーティーに参加していた人々は、その光景にぽかんと口を開けて立ち尽くすことになった。
そこにあったのは、――巨大な猫の石像。
魔法により操作されているのだろう。
猫の石像は額を何度か撫でてから、「にゃおーん」と低い声で鳴く。
誰も何も言えなかった。
あまりにも異様で非日常な光景。
ただ、実行犯である数名の魔法使いだけが、その周囲で「成功だ!」「わーい!」と無邪気な子供のように声をあげていた。
被害はなかったが、首謀者たちは当然厳重注意を受けることになった。
「本当にいつも想像を超えてくるんだから」
怒られる姿を見ながら、ルークはくすりと笑う。
この出来事は、巨大獣型ゴーレム起動実験における西方大陸初の成功例として後年語り継がれることになるのだが、当人たちはまったくそんなこと知ることなく、ただ肩を落として怒られていたのだった。