書き下ろしSS

イナススキル持ち四人が集まったら、なんかシナジー発揮して最強パーティーができた件

××日前

窓から差し込む朝日を浴びながら、私はカウンターの中であくびを噛み殺しました。
少ないとは言え、もう何人かの冒険者さんはいらっしゃっていて、壁に貼られたダンジョンの情報を眺めています。こんなところを見られるわけにはいきません。
ギルド受付嬢の朝は早い、とよく言います。
実際にはそこまででもありませんが、夜遅くまでお酒を飲むことの多い冒険者さんにとって、私たちはそう見えるようです。
正直に言うと、朝の苦手な私にとっても、先輩たちのことはそう見えます。
「おはよ。相変わらず眠そうね」
先輩に声をかけられ、私はふにゃふにゃした声で挨拶を返しました。
私よりずっと早く来ていたにもかかわらず、先輩はしゃきしゃきしています。
「ね。あの噂聞いた?」
「噂、ですか?」
「ほら。あの新しいダンジョンの」
「ああ……落日洞穴らくじつどうけつ、でしたっけ?」
最近見つかったその小規模ダンジョンの噂は、私も聞いていました。
新しいダンジョンにいち早く挑む攻略パーティーが持ち帰った情報によると――――落日洞穴のボスドロップは、なんとスキルを消すアイテムなのだそうです。
もし本当ならば、前代未聞のレアアイテムではありますが……。
「使いどころがわからないですよね。せっかく持っているスキルを、消しちゃうアイテムだなんて」
スキルとは、ダンジョンで使える技能のことです。
人それぞれ生まれつき決まっていて、後から増えることは決してありません。
持ち得たスキルが、すなわち冒険者の才能と言っていいほどの、貴重なものです。
もちろん、消すなんてもってのほかです。
「誰が欲しがるんでしょうか、そんなアイテム。案の定、あのダンジョンに挑戦する人も減っているみたいですし……。噂が本当かはわかりませんが、このままだと他の不人気ダンジョンと同じように、放置されてしまうかもしれませんね」
「あら、そうとは限らないわよ。スキルを消すアイテムを、喉から手が出るほど欲している人だっているでしょうから」
「え……? それ、どんな人ですか?」
「それはもちろん、マイナススキルを持っている冒険者よ」
マイナススキル。
それはスキルの中でも特異な、デメリット効果のあるスキルのことです。
たくさんのスキルを生まれ持った人間が、まるで代償のように持ち合わせると聞いたことがありましたが……、
「マイナススキルを持っている冒険者なんて、そんなにいるんですか? たいていの人はデメリット効果が大きいせいで、冒険者になんてならないと思うんですが……」
「そんなことないわ。『青嵐の剣』と『鉄光団』の騎士は、どちらもマイナススキル持ちだったはずよ。それから、『バナディア四傑』の重戦士も」
「どれも低レベルパーティーじゃないですか。小規模ダンジョンのボスを倒せるようになる前に、冒険者を辞めてしまう可能性だって高いです」
「あら、高レベルの冒険者にだっているのよ?」
先輩は少し笑って言います。
「いつだったか、雲海楼の深層へ最初に挑戦したパーティーに、金髪の魔導士の子がいたでしょう?」
「ああ、あの真面目そうな……」
「確か、あの子もマイナススキル持ちだったはずよ」
「えっ」
「深層へ挑むくらいだし、たぶんレベル【30】は超えていたんじゃないかしら」
私は、ちょっと驚きました。
レベル【30】もあるなら、十分ベテラン冒険者を名乗れます。マイナススキルを持っている冒険者で、そんな人がいるなんて……。
「それと、滅多にギルドへ顔は見せないんだけど……十五歳くらいで黒髪の、盗賊の女の子がいてね。その子もマイナススキル持ちだって言ってたわ。ソロ専門で、前に五十層で拾ったアイテムを換金に持ってきてた」
「ごっ……?」
すごいです。
盗賊はソロに向いていて、レベルも上げやすいと言われていますが、それでも五十層まで潜れる人なんてそうはいません。
マイナススキル以外のスキルに、よほど恵まれていたんでしょうか……?
「他に有名なのが……黒柱暗宮の中ボスを倒した大パーティー、そこで臨時のメイン回復職ヒーラーをやってた子が、マイナススキル持ちだったわね」
「大パーティーの、メイン回復職ヒーラーがマイナススキル持ちだったんですか?」
「ええ。噂では、レベルは【80】もあるそうよ」
「はっ……はちじゅう?」
「そういうマイナススキルなんだって」
意味がわかりません。どういうことなんでしょう……?
「それはもう、マイナススキルとは言えないんじゃ……。他の二人も、そこまで強くなれるのなら、大したことのないマイナススキルだったのかもしれないですね」
「うーん、でもね……彼女たちはみんな、今はどこのパーティーにも入っていないのよ」
「えっ」
「やっぱり……他のメンバーとギクシャクしてしまうんじゃないかしら」
そういう話は、少しだけ聞いたことがありました。
マイナススキルのせいで、否応なく足を引っ張ってしまうのであれば、そうなるのも仕方ないことなのかもしれません。
先輩は、どこか悲しそうな顔で言います。
「実は、最近もそういうことがあったらしくてね。駆け出しのパーティーの……」
「すまない、ちょっといいか?」
その時、カウンターの向こうから声をかけられました。
立っていたのは、背の高い赤毛の冒険者。剣士のようです。私たちの雑談を遮ってしまったせいか、少し申し訳なさそうな顔をしています。
私はあわてて応じます。
「はいっ、すみません! どういたしましたか?」
「ちょっと書き物をしたいんだ。少しの間でいいから、ペンを貸してくれないか?」
「あ、はい、どうぞ」
私が羽ペンとインク壺を渡すと、その冒険者は口元に笑みを浮かべて言いました。
「ありがとう」
去って行く彼の背を眺めていると、隣で先輩が言います。
「彼もマイナススキル持ちなのよ」
「えっ」
「名前はアルヴィン。レベルは【43】で、最近入っていたパーティーを追い出されたそうよ」
「そうなんですか。レベル、そんなに高いのに……ん? というか先輩、なんであの人のことそんなに詳しいんですか?」
「彼、顔がいいから」
しれっと言う先輩に、私は呆れたような視線を向けます。
でも、確かにかわいそうです。
レベルが高いからといって、苦労していないわけではないんでしょう。
その時……私はふと思いつきました。
「あっ、それなら……マイナススキルを持っている人たち同士で、パーティーを組めばいいんじゃないですか?」
「え?」
「お互いの苦労がわかっているから、誰かを追い出したりしないでしょうし、それにスキルをたくさん使えるパーティーになりますよ!」
私は自分のアイデアに自信がありましたが……先輩は苦笑して言います。
「そううまくいくかしら? マイナススキルが四つ分になるのよ? その分苦労は増えるし、喧嘩だって起こると思うわ」
「そうですか……いいアイデアだと思ったんですけど……」
「でも」
先輩は、顎に指を添えて言います。
「もしマイナススキル同士でシナジーを発揮して、効果が相殺されるようなことがあれば……すごく強いパーティーができるかもしれないわね」
「シナジーですか? マイナススキル同士で? そんなことってあるんですか?」
「さあ?」
「ええ……」
「でも、可能性はあるんじゃない? スキルは無限にあるんだから」
おどけたように言う先輩。私は考え込みます。
本当だったら、そんなことまずありえないでしょう。
スキルの種類はたくさんあっても、マイナススキルを持っている人はごくわずか。そのうえ冒険者になっている人となると、さらに一握りです。
そんな人たちが、たまたま出会い、たまたま相乗効果シナジーを発揮して、パーティーを結成する……そんな偶然、起こるわけがありません。
でも――――落日洞穴でなら。
マイナススキル持ちの冒険者たちが集まるであろうあのダンジョンでなら、ひょっとするとそんなことだって……。
「……なーんて、あるわけないか」
ようやく目が覚めてきました。
今日も、一日が始まります。

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