書き下ろしSS
理不尽な理由で追放された王宮魔道師の私ですが、隣国の王子様とご一緒しています!?
自由奔放な公爵閣下とかくれんぼ
カルア平原でのゴタゴタから早、数週間ほど経過したある日の事。
今日はやけに王城が騒がしくあった。
それも、私の周りが特に。
原因は何を隠そう、今まさに私の側で身を屈めながら立てた人差し指を口元に当てている男性。
自由奔放で知られるシグレア公爵家の当主である、レヴィ・シグレアさんのせいであった。
偶々通りがかった際に、どうにも隠れているようだったから、何をしてるのかと尋ねようとしたところでシー、シー!! と私は何故か静かに怒られる羽目になっていた。
「……ところで、何をなさってるんですか」
「見たら分かるでしょ。隠れてるんだよ。無理矢理に面倒臭い仕事を僕に押し付けてくる鬼ノーヴァスから」
どうにも、先生から見つからないようにと隠れているらしい。
道理で、今日は朝から先生の姿が見えないと思った。でも。
「…………」
私は数秒程の黙考を挟み、今の状況を冷静に分析してゆく。
そして、この状況なら、レヴィさんに多少恨まれようと、先生への助けになるなら大声でも出して場所を知らせた方が良いんじゃないかな?
って思ったところで、レヴィさんの言葉が私の思考に割り込んでくる。
「ま、待った! 待った待った!! 今、完っ全に僕を売ろうとしてたでしょ!? 早まらないでくれ。一応、これでも公爵家の当主だからね、ここで見逃してくれるなら、相応の見返りを渡すと約束しようじゃないか」
ダラダラと額に汗を浮かべながら、レヴィさんが言う。彼が言うに、私はレヴィさんを先生に売り渡しそうな顔をしていたらしい。
そして、レヴィさんは悩む素振りを見せる。
きっと、私の気を惹ける見返りを考えているのだろう。何がなんでも先生に捕まる訳にはいかないのか。その表情はかつて無い程に真剣であった。
「……んん。君の場合は物や金で動きそうにないし、かと言って、君とノーヴァスの関係を考えると魅力的な提案しないと今すぐにでも僕の事売られそうだし……」
先生が絡んでなかったら、多少の事は見なかった振りをしても良かったんだけれど、レヴィさんの言う通り、先生が困ってるのなら、私の中に見なかった振りという選択肢はない。
やがて、レヴィさんが悩む事、十数秒。
「……よし分かった。これはあまり切りたくない手札だったんだけど、背に腹は変えられないとも言うしね。僕の事を見逃してくれるのなら、君には特別に、ノーヴァスの秘密を教えてあげよう」
「先生の秘密、ですか?」
興味を惹かれてしまう。
「ああ、そうとも。僕とノーヴァスは腐れ縁みたいなもんだからさ。人様に言えないアレコレも知ってるって事だよ」
確かに、言われてもみれば、レヴィさんが先生と他愛ない雑談をする光景はよく見るような気もする。
ただ、であるなら、逆も然りで先生もレヴィさんのアレコレを知ってるんじゃ……?
あれ、それって本当に言っても大丈夫?
後々レヴィさん自身も大変な事にならない?
なんて思ってしまうが、膨れ上がる好奇心がその言葉を封殺する。
「勿論、ノーヴァスには秘密にしておいてくれよ? じゃないと僕が……」
「僕が?」
「僕が、ぶっ殺されるから」
その発言に、冗談めいたものはなく。
比喩抜きに、ぶっ殺されるんだろうなあって、いつになく真面目な様子で口にするレヴィさんの様子から、他人事でしかない感想を抱いた。
「いやいや、他人事じゃないからね。この秘密を知ってしまった君も口封じにきっと、記憶くらい消されちゃうから」
ま、まぁ、もし仮にバレても怒られるのはどうせレヴィさんだけだから。
なんて考えを見抜いてか。
そんな指摘を突き付けられた。
「でもま、ノーヴァスに話さなきゃいいだけの話だからそこまで重く受け止める必要はないさ」
「わ、分かりました」
そう、話さなければいいだけ。
本当に、ぽろっと話したらとんでも無いことになるのだろう。何度も念押しをされる。
しかし、先生の秘密に興味があるのもまた事実。故に、その条件をのむのもやぶさかではないと思った瞬間。
「ところで、アレってなんなんだろ?」
私の後ろを指さしたレヴィさんに釣られるように、肩越しに振り向く。
しかし、その先には特に何も見当たらない。
「ぇと、何も見当たらないんですけど……って」
だから、その旨を伝えようと再びレヴィさんの方へ向き直ろうとした時、既にそこに彼の姿はなく、忽然と消え失せていた。
「あああああぁぁあああ!!!!」
我ながら、古臭い手に引っ掛かってしまった。
自分自身を責め立てつつ、周囲を見回すけれど、毎度の如く先生達の目を盗んで政務をサボる手管は恐るべきもの。
気配ごとまるっと消えていた。
しかし。
「悪いね! 今は時間が無いんだ! ノーヴァスの秘密なら、その時にゆっくりと、」
いつの間に移動したのか。
十数メートルは離れているであろう場所で、私に向かって声を出すレヴィさんであったが、その言葉が最後まで紡がれる事はなかった。
「私の秘密が、何ですか?」
器用に後ろ向きダッシュを決めていたレヴィさんの肩に手を置き、声を掛ける人影が一つ。
その手には力が込められていたのか。
走っていた筈のレヴィさんの動きは静止してゆく。
「……や、やだなあ。な、何の話だろ?」
声の主が誰であるのか、気付いたのだろう。
声には焦燥感がこれでもかと言わんばかりに、詰め込まれていた。
「そうですか。では、政務をしながらゆっくりと聞かせてもらいましょう。幸い、時間はありますから。寝溜めもあるでしょうし、三徹くらい余裕でしょう?」
「し、しぬ。それは死ぬから!!」
声の主である先生に捕まったレヴィさんのその姿はさながら、判決を受ける罪人のようで。
情状酌量の余地はないかと、必死に言い訳を探すも、頭をフル回転させても見つからなかったのか。
「根性で何とかなる筈です。では、行きましょうか」
「ぃ、嫌だあぁぁぁぁぁぁあ!!! 誰か助けてー!! 王城で今まさに殺人が行われようとしてるううぅー!! 誰かぁぁぁあ!!!」
恥も外聞もかなぐり捨てて、叫び散らすという選択肢を掴み取ったレヴィさんの断末魔が、王城中に響き渡る事となった。