SQEXノベル一周年記念SS

役令嬢は溺愛ルートに入りました!?

ルチアーナ、兄からのカードに頭を悩ます

「うーん?」
私はカードを見つめながら、大きく首を傾げていた。
はっきり言って、今日は散々な1日だった。
午前中に行われた魔術理論の小テストでは、不正解の数の方が正解の数より多かったし、午後に行われた火魔術の授業では、誰よりも小さい炎しか出せなかったからだ。
ああ、今日は何もかも上手くいかない日だわと考えながら、金の曜日だからとダイアンサス侯爵邸へ戻ってきたところ、執事から「サフィア様からお預かりしております」とカードを手渡された。
一体何かしらとカードを開いたところで、たった1文字だけ書かれた文字が目に入る。

『 1 』

間違いなく兄の字で署名がしてある。
けれど、『1』というのはどういう意味だろう? カードを裏返しても、宛名である私の名前しか書いてなく、疑問は深まるばかりだ。
「1……、1……、1番兄を大事にしろとか、そういうことなのかしら?」
いや、私は既に1番兄を大事にしていると思うけれど。
なぜなら悪役令嬢な私には学園に友達がいないし、何かの間違いで攻略対象者と接触してはいけないからと、いつだって週末は速やかに侯爵邸に戻っているからだ。
どう考えても、兄と過ごす時間が1番長いのだ。
「ああ、そういえば明日は新しい月の初日よね? つまり1日だわ。日本にも『一年の計は元旦にあり』ってことわざがあったし、1日に新しい気持ちで何か大切なことをやり始めなさいってことなのかしら?」
具体的には魔術理論の勉強か、火魔術の実地訓練を始めなさいってことなのかしら。
確かに学習は大事だからやぶさかでないけれど、……兄が伝えたいことを正しく理解できているのかと不安になる。
その後も色々考えてみたけれど、結局のところどれも外れている気がして、兄が私に何を伝えたいのか全く分からなかった。
そのため、仕方がないわ、だって私は小テストで過半数も取れない、学園一火魔術が下手な本物の劣等生だから、やる気がないだけで実際には何だってできるお兄様の気持ちが分かるはずないわと、いじけた気持ちになってしまう。
そのままこてりとベッドに横になっていると、しばらくして扉をノックする音が響いた。
誰かしらと思いながら入室の許可を出すと、入ってきたのは他ならぬサフィアお兄様だった。
「え、お兄様?」
相変わらずキラキラしい派手な外見の兄が、笑顔で近付いてくる。
「こんな夜更けにどうしました?」
通常ならばとっくに眠っている時間だ。
「やあ、外出する用事があって遅くなったが、お前がまだ起きているようだったからな。気分が浮上するのは、少しでも早い方がいいだろう」
そう言いながら、兄は可愛らしくラッピングされた白い箱を差し出してきた。
「えっ!? このリボンはもしかして、ぽんぽんプディングのお店ですか?」
眠ろうとしていたはずだけれど、特徴的なピンクと金色のリボンを目にして気分が高揚する。
しかも、装飾に茶色のリボンが混じっているのは、秋限定商品の印だ。
「お兄様、この秋限定の紅葉プディングは、開店3時間前から並ばないと購入できない人気商品なんですよ! えっ、今日は学園がありましたよね。どうやって入手したんですか?」
「うむ、それは明日発売の分だ。ご苦労なことに、菓子職人たちは前夜から翌日販売分を作っているからな。少し早めに手に入れたのだ」
「まあ」
兄に促されて開けてみると、箱の中から出てきたプディングは芸術的なまでに可愛らしかった。砂糖やチョコレートで葉っぱや花、どんぐりなどが模してある。
「か、可愛いです!」
「そうか。では明日これを食べることを楽しみに、今日はぐっすり眠りなさい」
兄は羽織っていたコートを椅子の背に掛けると、私の枕元に座り込み、ゆっくりと頭を撫でてくれた。
たったそれだけの仕草で心地よくなり、眠り込みそうになったけれど、はっと思い出して、この半日疑問に思っていたことを質問する。
「お兄様、カードをありがとうございました。でも、『1』ってどういう意味ですか?」
兄はおやっといった様子で片方の眉を上げた。
「小さい頃からのお前との遊びだったはずだが、最近やっていないので忘れてしまったか」
「え?」
「『0』が『何もない』を表すのに対して、『1』は『全てある』という2人だけの暗号だ。今日の夕方、学園でたまたまお前を見かけたが、気落ちしている様子だったため、流行りの菓子を買って帰ろうと思いついた。だが、私が購入している間、お前を落ち込ませたままにしておくのも忍びないと考え、『お前には全てが揃っている』と伝えたつもりだったが、上手く伝わらなかったようだな」
「い、いえ! 伝わりました。物凄く嬉しいです!!」
私の言葉に嘘はなく、兄の思いやりが体に染み込んできたのか、一瞬にして体中がぽかぽかと幸せな気持ちになってくる。
途端ににこにことし始めた私を見て、兄は甘やかすように微笑むと、もう1度頭を撫でてくれた。
「それはよかった。ルチアーナ、ゆっくり眠りなさい」
私を見つめてくれる兄がいて、私のために心を砕いてくれている。
そう考えると、確かに私に必要なものは全て揃っていて、今日は素敵な1日だったと思えるのだった。

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